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コオロギの「沈黙」という選択

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「鳴く昆虫」の代表ともいえるコオロギの中に、寄生バエの脅威から逃れるため、翅を進化させて鳴くのをやめた個体群がいる。米国ハワイ州の2つの島に生息する雄コオロギの個体群が、わずか20世代という短期間に、それぞれ別々に翅の形状を適応進化させ鳴く能力を失った、という研究報告が発表されたのである1。この発見は、収斂進化(別々の集団や個体群が、自然選択の作用を受けてそれぞれ独立して類似の適応を進化させること)の最初期段階の理解に役立つ可能性がある。

ナンヨウエンマコオロギ(Teleogryllus oceanicus)の雄は、両翅をこすり合わせることで、筋状の脈(翅脈)からなる構造を振動させ、その特徴的な鳴き声を発生させている。今回の研究を主導したセントアンドリュース大学(英国)の進化生物学者Nathan Baileyは、「くしの歯を爪で弾いて音を出すのに似ています」と説明する。

雄コオロギは、雌を誘い生殖を促進するために夜な夜なこのセレナーデを奏でているが、ハワイに生息するナンヨウエンマコオロギの雄にとって、それは命懸けの歌でもある。死をもたらす寄生バエOrmia ochraceaの雌をも引き寄せてしまうからだ。O. ochraceaの雌は雄コオロギの鳴き声を聞きつけると、接近してその体表面もしくは付近に幼虫を産みつける。幼虫はその後コオロギの体内に潜り込んで成長し、約1週間後、宿主であるコオロギの命を奪って羽化する。

ナンヨウエンマコオロギもO. ochraceaもハワイでは外来種であり、共に20世紀末に到来したと考えられている。ナンヨウエンマコオロギはオセアニア、O. ochraceaは北米が由来だ。こうして新天地で新たな敵に直面したナンヨウエンマコオロギの雄は、その多くが身を守るために突然鳴くのをやめた。

「沈黙」を競う

ナンヨウエンマコオロギの雄は、翅の形状が翅脈の構造をほぼ完全に消失して平らに変わったことで、鳴く能力を失ったと考えられる。この変化は20世代足らずの間に成し遂げられたが、ナンヨウエンマコオロギの成体の寿命がわずか数週間であることを考えると、それがいかに急速な変化であるかが分かるだろう。ちなみに、この翅の形状変化は飛ぶ能力には影響していない。

ナンヨウエンマコオロギの雄の「沈黙」は、まずカウアイ島で確認された。そして2003年には、同島の雄コオロギの95%で鳴く能力が失われていることが判明する2。そのわずか2年後の2005年、今度はカウアイ島から101km離れたオアフ島でも、鳴かない雄コオロギが出現し始めた。Baileyによると、現在オアフ島の雄の約半数が鳴かなくなっているという。

研究チームは当初、カウアイ島の変異個体が船か飛行機に運ばれてオアフ島へ移動しただけだろうと考えていた。ところが、2島の変異個体の翅は、共に平らになってはいるものの、人間の肉眼でも識別が可能なほど形状が大きく異なっていたのだ(カウアイ島の変異個体の方が翅脈構造が少ない)。

この2島の雄コオロギ個体群のゲノムについて、DNAを断片化して数十万個に及ぶ遺伝子マーカー(ゲノム中の特徴的な小領域)を検出する技術を用い分析した結果、平らな翅に関連する遺伝子マーカーは、カウアイ島とオアフ島の個体群でかなり異なっていることが判明した。これは、これらの変異が別々の過程を経て起きたことを意味する。

進化の真っただ中

2つの個体群で独立した変異が起きたことを示唆する今回の結果について、コーネル大学(米国ニューヨーク州イサカ)の進化生物学者Richard Harrisonは、ハワイの鳴かないコオロギは「収斂進化の好例」になると話す。

今回の研究は、音に集まる寄生生物の攻撃に対する見かけ上似通った収斂的な解決策が「全く異なる方式で進展する場合がある」ことを示している、と語るのは、エクセター大学(英国)の進化生態学者Tom Tregenzaだ。「ゲノムは、全く異なる遺伝子の組み合わせを利用して同じような結果を生み出すことがあるのです」。

Baileyの研究チームは現在、この変異の関連遺伝子を特定するとともに、それがゲノムの他の部分とどう相互作用しているか解明を試みている。

Tregenzaは、この他にも、雄の沈黙が雌の配偶者選択能力にどのような影響を及ぼすのか、また、この変化が個体群全体の進化にどうつながっていくのかを調べることが、今後の研究にとって「興味深い道筋」になるだろうと話している。

翻訳:小林盛方

Nature ダイジェスト Vol. 11 No. 8

DOI: 10.1038/ndigest.2014.140804

原文

Evolution sparks silence of the crickets
  • Nature (2014-05-29) | DOI: 10.1038/nature.2014.15323
  • Katia Moskvitch

参考文献

  1. Pascoal, S. et al. Curr. Biol. http://dx.doi.org/10.1016/j.cub.2014.04.053 (2014).
  2. Zuk, M., Rotenberry, J. T. & Tinghitella, R. M. Biol. Lett. 2, 521–524 (2006).