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Y染色体の進化学

哺乳類の性を決定するX染色体とY染色体は、1対の常染色体から進化した。そしてY染色体は、祖先染色体から遺伝子が急速に失われたことで進化したと考えられている。Y染色体が急速に退化したという考え方1は、ショウジョウバエでの観察結果により支持されている。ショウジョウバエでは、ネオY染色体(常染色体と性染色体との融合によって作られた染色体)、または新たなY染色体断片が出現する際にこうした退化が観察されているのだ2Nature 2014年4月24日号では、Daniel W. Bellottら3494ページ)とDiego Cortezら4488ページ)が、Y染色体上の遺伝子の進化について詳しく説明している。彼らは、Y染色体の進化の初期には急速な退化と遺伝子喪失の時期があったものの、現存する哺乳動物のY染色体および鳥類の性を決定するW染色体に保存されている遺伝子は、遺伝子喪失以後、著しく安定していたことを示した。彼らはさらに、性染色体に影響を与える進化の推進力についても詳細に示しており、彼らが比較に用いた動物種全体にわたってY染色体連鎖遺伝子に機能的な一貫性が見られる理由についても、妥当な説明を提供している。

Y染色体は、遺伝学的にも分子生物学的にも研究が非常に難しいことがよく知られている。実際、雄のゲノムは、全ゲノム塩基配列解析プロジェクトの初期段階で解析の対象に含まれていたにもかかわらず、Y染色体には反復配列やパリンドローム(回文)配列が多いために有益なデータを得るのが難しく、ほとんど研究されてこなかった。

図1:小さいが、安定しているY染色体
ヒトのY染色体(右)は、X染色体(左)よりもはるかに小さい。これは、Y染色体の進化の初期に起こった大規模な退化の結果である。今回、Bellottら3とCortezら4が他の哺乳類のY染色体と比較したところ、この初期の遺伝子喪失後Y染色体に残った遺伝子は、著しく安定していたことが分かった。

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今回Bellottらは、以前報告された手法5、すなわち研究対象となるDNA領域を細菌の人工染色体に挿入してクローニングするという方法を用い、4種の有胎盤哺乳類(ラット、マウス、雄ウシ、マーモセット)および有袋類のオポッサムについて、Y染色体由来のDNA塩基配列を採取し、再構成した。彼らはこの再構成した塩基配列を、別の3種の有胎盤哺乳類(アカゲザル、チンパンジー、およびヒト)の既存の塩基配列と比較した。すると、約3億年前に祖先性染色体上に存在していたとBellottが推定している184個の遺伝子のうち、こうした哺乳動物の少なくとも1種のY染色体に残存しているのはわずか3%ということが分かった(図1)。

これは以前の研究報告と一致する結果であり、哺乳類のY染色体の進化史の早期に、大規模な退化と遺伝子喪失が確かに起こったことを意味している。しかし、この試練を受けた後に残った遺伝子は、Y染色体上で際立った安定性を示していた。さらにBellottらは、調べた8つの動物種全てに共通し、かつXとYの両方の染色体に存在する36個の遺伝子が、過去2500万年の間、安定した状態で存在し続けてきたことも発見した。また、ダマヤブワラビー、タスマニアデビル、およびオポッサムのY染色体に共通する遺伝子が10個見つかり、これらの遺伝子は有袋類系列で7800万年間、安定してY染色体に存在し続けてきたことが示された。Y染色体特有の遺伝子群に見られる能動的機能が自然選択のどのような作用によって保持されてきたかを深く理解する上で、こうした研究結果は、重要な意味を持つ。

一方Cortezらは、Y染色体特有の遺伝子をもとに、より迅速な方法で性染色体の進化を探査した。雄にだけ発現するRNA分子を探し、そうしたRNAをコードする遺伝子が、雄のゲノムDNAにだけ見られることを確かめたのである。この手法により、Cortezは10種類の哺乳動物でY染色体から転写される134個の遺伝子を特定し、それらのY染色体遺伝子の進化的運命を追跡することができた。Cortezらは、これらのデータにニワトリ(雄は2つのZ染色体を、雌は1つのZ染色体と1つのW染色体を持つ)とカモノハシ(X染色体とY染色体を5個ずつという奇妙な組み合わせを持つ単孔類)を含めることで、性染色体進化についてより広い全体像を描いた。最も注目すべき点は、有胎盤哺乳類、鳥類、および単孔類の性染色体が本質的に独立した起源を持つという彼らの考察である。つまり、それらの動物のYまたはW染色体における喪失した遺伝子と保持された特定の遺伝子の種類について、パターンを比較できるということだ。

Cortezらのデータは、X染色体とY染色体の塩基配列が組換えをやめた時期および、その後に分岐していった時期を示した、性染色体の進化的『階層』モデル6に深みと信頼性を加える。興味深いことに、有胎盤哺乳類、単孔類、および鳥類は独自の起源を持つにもかかわらず、それらの性染色体の最古の階層が生じた年代は、それぞれ1億8100万年前、1億7500万年前、1億3700万年前と、驚くほど近いことを著者らは見いだした。

性染色体の遺伝子のもう1つの重要な特徴は、遺伝子量感受性である。遺伝子量非感受性の遺伝子とは、1個だけあれば完全に機能する遺伝子のことで、XまたはY特異的な遺伝子になる可能性が特に高い。対照的に、遺伝子量感受性遺伝子の場合、体を健康的な状態に保つには同じ遺伝子が2個必要で、そのような遺伝子はX染色体とY染色体それぞれに保持されていることが多い7。転写因子をコードする遺伝子など、転写調節に関わる遺伝子は、通常1個だけでは正常に機能しない。このことから、転写調節に関わる遺伝子がなぜY染色体に残っているかを説明できそうだ。

Y染色体には転写を調節する遺伝子が豊富に存在しているため、Y染色体に備わる機能が発生初期に切り替わる雄性決定スイッチだけとは考えにくい。Y染色体はむしろ、雄のゲノム全体にわたる遺伝子調節に影響を与えており、生まれてから死ぬまで、あらゆる組織で生物学的機能に関わっている可能性がある。我々は、雌雄の分子生物学的相違の全体像を理解し始めたばかりであり、まだ解明されていない疑問がたくさん残っていると言っても差し支えないだろう。例えば、Y染色体因子との特異性相互作用によって、雌雄の違いがどの程度引き起こされるのだろうか?

ヒトの場合、Y染色体における個人差は、他の染色体よりもかなり小さい。しかし、Y染色体に連鎖した塩基配列の変化によってゲノム全体で遺伝子発現の変化が引き起こされる場合があり、その結果として男性の個体差が大きくなる可能性がある。成熟したY染色体に含まれる遺伝子量は比較的安定であるにもかかわらず、Y染色体上のDNA塩基配列はX染色体上のものよりも進化が速いことはよく知られている。一般にこれは、Y染色体では遺伝子組換えが停止しているために自然選択の影響を受けにくい8結果と考えられているが、Y染色体は著しく急速な適応性進化的変化も仲介している可能性があるように思われる。

翻訳:古川奈々子

Nature ダイジェスト Vol. 11 No. 7

DOI: 10.1038/ndigest.2014.140725

原文

The vital Y chromosome
  • Nature (2014-04-24) | DOI: 10.1038/508463a
  • Andrew G. Clark
  • Andrew G. Clarkは、コーネル大学(米国ニューヨーク州イサカ)の分子生物遺伝学部に所属。

参考文献

  1. Charlesworth, B. & Charlesworth, D. Phil. Trans. R. Soc. Lond. B 355, 1563-1572 (2000).
  2. Bachtrog, D. Nature Rev. Genet. 14, 113-124 (2013).
  3. Bellott, D. W. et al. Nature 508, 494-499 (2014).
  4. Cortez, D. et al. Nature 508, 488-493 (2014).
  5. Skaletsky, H. et al. Nature 423, 825-837 (2003).
  6. Lahn, B. T. & Page, D. C. Science 286, 964-967 (1999).
  7. Wilson Sayres, M. A. & Makova, K. D. Mol. Biol. Evol. 30, 781-787 (2013).
  8. Wilson Sayres, M. A., Lohmueller, K. E. & Nielsen, R. PLoS Genet. 10, e1004064 (2014).