News Feature

長い低迷期を抜けた免疫療法

免疫系はがんと闘うための強力な武器となり得る。これを利用する免疫療法の世界に「免疫チェックポイント阻害剤」という新機軸が登場したことで、免疫療法が盛り返してきた。

拡大する

THINKSTOCK

Nature ダイジェスト Vol. 11 No. 7 | doi : 10.1038/ndigest.2014.140718

原文:Nature (2014-04-03) | doi: 10.1038/508024a | The killer within

Heidi Ledford

弁護士Mark Gormanの体に最初に現れた黒色腫は、首の左側の小さな腫瘍だった。医師らはそれを切除し、「がんはもうなくなった」と彼にはっきり告げた。ところがその8年後の1998年に受けた定期検診で、腹部を触診していた医師が突然驚いた表情になり、「酒を飲み過ぎていないか」とGormanに尋ねてきた。診断の結果、Gormanの肝臓には黒色腫が広がっており、心臓に血液を送る下大静脈の周囲にも播種して、手術不能の状態であることが分かった。

進行した黒色腫と診断された患者の余命は、通常、わずか6〜10カ月であり、Gormanも、医師から「身辺整理をするように」と言われた。このまま死を待つわけにはいかないと思ったGormanは、妹から米国コロラド州の病院で黒色腫の化学療法薬とインターロイキン2(IL-2)と呼ばれる薬剤が併用されていることを聞き、その治療法を試してみようと、当時住んでいたメリーランド州シルバースプリングからはるばる出掛けていった。

IL-2は、免疫応答が起こる際に、白血球の一種であるT細胞から産生されるタンパク質である。これを大量に投与すると、T細胞を強く活性化させて、がん細胞を認識・攻撃する可能性を高める。Gormanはこの療法を受け、それから15年経った今も、無がん状態を維持している。「医師の話では、私の免疫系は実によくやっているらしい。もちろん、自分が幸運だということはよく分かっていますよ」と彼は話す。

Gormanの命を救った薬剤は、がんに対する免疫系の応答を活性化させるものとして米国食品医薬品局(FDA)が承認した最初の治療薬だ。この治療法は「免疫療法」と呼ばれる。1992年にこれが承認された後、研究者や製薬企業はGormanのような成功例が見込める新しい免疫療法を開発しようと何年も費やしてきた。しかし、そうした試みは、臨床試験で期待された成果を挙げることができず、失望のうちに年月が過ぎた。

ところが、ここにきて風向きが変わりつつある。新世代の免疫療法の臨床試験がここ5年ほどの間にいくつか成功し、この療法が、従来型の治療法に抵抗性を示す数種類のがんに対して有効な可能性が示唆されているからだ。一部の分析からは、今後10年間で、進行がん患者の60%に免疫療法が使われるようになり、市場規模は350億ドル(約3兆5000億円)に達すると予想されてもいる。この現状に、がん免疫療法に特化した事業展開を行うジャウンス・セラピューティクス社(Jounce Therapeutics;米国マサチューセッツ州ケンブリッジ)の最高責任者Cary Pfefferは、「ちょっとした狂乱状態です。研究者や企業がこの分野に殺到しているのです」と話す。

しかし、この業界は旧来の免疫療法で厳しく低迷した状況を経験したため、関係する多くの研究者や医師は用心深くなっている。IL-2には確かに驚異的な効果が見られるが、これで完全寛解(がんが完全になくなること)が得られるのは黒色腫患者のわずか約6%にすぎない。また、この療法を受けた患者のうち2%が死亡している。そのため研究者らは競い合うように、免疫療法が効く患者の数を増やす方法や、危険な副作用を減らす方法を探っている。「うれしいことに、そして困ったことに、免疫系は信じられないほどの威力を持っているのです」と、ジャウンス・セラピューティクス社の医務部長であるRobert Tepperは言う。

チェックメイト

がん化学療法の歴史は1891年に始まる。「細菌感染に対する免疫応答は腫瘍も攻撃するのではないか」と考えたニューヨークの外科医William Coleyが、患者の腫瘍内に細菌を注入したのである。当時すでに、確率はかなり低いものの細菌感染後にがんが消えるという不思議な現象が知られており、Coleyはそのパワーを何とか活用できないものかと考えたのだ。

しかし、事はそう簡単には進まなかった。免疫系の最も強力な「対がん兵器」であるT細胞に対して、腫瘍はさまざまな防衛策をとってくる。T細胞は、問題のある細胞を捜し出して排除しようとするが、がん細胞はT細胞に見つからないように正体を隠してしまう。また、腫瘍は免疫系の攻撃を回避するために、周辺のT細胞の働きを抑制するタンパク質も発現する。

ワクチンによって免疫系にがん細胞への警戒態勢をとらせる方法も、数十年前から可能性が検討されているが、この種の研究はほとんどが失敗に終わっている。FDAが承認した唯一の治療用がんワクチンに前立腺がん用のものがあるが、これは複雑でコストも高い。何より、このワクチンが患者に十分有効かどうかすら、今も議論が続いている状態だ。

この分野が新しい局面を迎えたのは2011年のことだ。FDAが、エルボイ(Yervoy;一般名はイピリムマブ)という新しい種類の免疫療法薬を承認したのである。ブリストル・マイヤーズ スクイブ社(米国ニューヨーク)が開発したエルボイは、免疫応答の進行を制御するCTLA-4と呼ばれるT細胞上の「免疫チェックポイント」タンパク質に結合する。免疫チェックポイントタンパク質は、免疫細胞が正常な組織を攻撃しないように抑えているが、エルボイがCTLA-4に結合して「ブレーキ」が解除されると、T細胞は腫瘍を破壊できるようになる。

エルボイもIL-2と同様に、患者に対して長期の免疫応答をもたらすことができる。最初の臨床試験では、寛解状態が13年間も続いた被験者がいたと、テキサス大学M.D.アンダーソンがんセンター(米国ヒューストン)のがん免疫学者James Allisonは話す。しかし、そうした臨床的な治癒が見られるのは患者の約8%と、ごく一部である。また、エルボイはT細胞をがんと闘わせるが、そうしたT細胞が健康な組織も攻撃してしまう場合がある。最大規模の臨床試験でエルボイを投与された540人のうち、15%もの人々が深刻な副作用を経験し、7人が免疫関連の事象で死亡している。がん専門医の中には、この薬剤を使いたがらない人もいるのだと、ジョンズホプキンス大学医学系大学院(メリーランド州ボルティモア)で黒色腫を研究するSuzanne Topalianは話す。

それを鑑みても、エルボイの性質は有望であった。また、免疫チェックポイント阻害剤ががんに有効と分かったことから、他の標的タンパク質候補の探索が始まった。そして、エルボイが承認された頃に注目され始めたのが、PD-1だ。これも免疫チェックポイントタンパク質の一種で、一部のがんはこれを使って、周囲に集まってきたT細胞の活動を抑制している。

PD-1はCTLA-4と違って、がん細胞と直接相互作用するので、その阻害剤はエルボイよりも強力で毒性が少ない可能性がある。初期の臨床試験からは、実際にそうであることが示唆されている。主要なPD-1阻害剤であるニボルマブ(ブリストル・マイヤーズ スクイブ社)を投与後、進行性黒色腫患者の28%で腫瘍の縮小が見られたのだ。FDAは、遅くとも2015年前半までにニボルマブを承認するかどうかの判断を下す見通しである。(※編集部註:ニボルマブの開発・商業化は、北米ではブリストル・マイヤーズ スクイブ社が担っているが、日本では共同創製企業である小野薬品工業が担っている。)

PD-1阻害剤への期待は大きい。ある程度の副作用はあるが、エルボイよりも毒性は少なく、一部の被験者は何も問題を感じずに済んでしまう。「先生、私が投与されているのは本当に薬なんですか、と多くの患者さんに言われるんですよ」と、PD-1阻害剤の臨床試験に関わったカリフォルニア大学ロサンゼルス校の黒色腫専門医Antoni Ribasは話す。「でも、そのうち腫瘍が消え始めて、患者さんにも効果が分かるようになります」。

研究者らは免疫療法をさらに推し進めたいと考えている。スローン・ケタリング記念がんセンター(ニューヨーク州)のがん専門医でがん研究者でもあるMichael Postowは、「治療への反応率を現状よりも高めたい」と話す。現在、これら2つとは別の免疫チェックポイントタンパク質阻害剤が臨床試験に入ろうとしており、そのうち患者は、自分のがん細胞が発現するタンパク質に最も効果がありそうな阻害剤を選べるようになる日が来るかもしれない。

中には、この種の薬に反応しない患者もおり、そうした患者の場合はまず、腫瘍にT細胞を引き寄せることが課題なのかもしれない。PD-1阻害剤は単に、腫瘍のそばに集まってきたT細胞の「ブレーキ」を外すだけで、T細胞を引き寄せる働きはないのだと、ジェネンテック社(米国カリフォルニア州サウスサンフランシスコ;スイスの大手製薬会社ロシュの子会社)の免疫療法開発部の部長であるDaniel Chenは話す。「一部の患者では、そもそも阻害剤が効果を発揮する前提となる免疫応答が起こっていないようなのです。そこで、免疫応答を引き出すものを加える必要があります」と彼は説明する。

一緒ならもっと良い

T細胞を誘引するカギは、複数の薬剤や手法を組み合わせて腫瘍を「炎症状態」にすることだとPostowは言う。エルボイとPD-1阻害剤についてはすでに、互いの併用や他のさまざまな手段との併用によってT細胞に黒色腫の存在を気付かせる方法が開発され、臨床試験に入っている。例えば、放射線照射によってがん細胞を物理的に破壊してがん抗原を放出させることで、免疫応答を引き起こすことができる。また、腫瘍細胞のみが過剰に発現するタンパク質を含む実験的「がんワクチン」を使って、患者の免疫系ががんに対して攻撃態勢をとるように仕向けるという方法もある。「今後は間違いなく併用療法が主流になるでしょう」と、セルデックス・セラピューティクス社(Celldex Therapeutics;米国ニュージャージー州ハンプトン)の最高責任者Anthony Marucciは話す。

究極的には、免疫チェックポイント阻害剤を、「養子T細胞移入法」と呼ばれる免疫療法と組み合わせることも可能だろう。これは個別化療法の1つで、患者からT細胞を分離し、その中から、がんに応答するものを選別する。次に選別したT細胞を増殖させて、IL-2などの分子で刺激を与えた後、患者の血中へ戻す。国立がん研究所(メリーランド州ベセスダ)の腫瘍免疫学者Steven Rosenbergが率いたこの療法の臨床試験では、治療を受けた進行性黒色腫患者の半数以上に腫瘍の縮小が見られ、20%が完全寛解に至った。

THINKSTOCK

さらに新しい養子T細胞移入法には、抽出したT細胞の遺伝子を操作して、「キメラ抗原受容体」と呼ばれる人工の腫瘍標的受容体を発現させるものがあり、これは黒色腫以外のがんにも広く利用できるのではないかと期待されている(「免疫機能を後押し」参照)。実際、B細胞(T細胞とは別の白血球)を標的にするよう遺伝子操作したT細胞を、B細胞性の急性白血病患者16人に投与する臨床試験が実施され、14人でがんが一掃された(M. L. Davila et al. Sci. Transl. Med. 6, 224ra25; 2014)。

しかし、技術的な難しさから、養子T細胞移入法はまだあまり広まっていない。そのため、この治療法はいまだに、いくつかの学術系医療機関でしか行われていないのが現状だ。「我々が最初の研究結果を報告した後、黒色腫の患者さんから問い合わせが殺到しましたが、問い合わせてきた患者さん全員を私のところで治療することはおそらくできないでしょう」とRosenbergは言う。

この治療法は、開発の初期段階から研究者らによるプロトコルの簡略化と標準化が行われてきた。そうした点と、白血病での目覚ましい成果は、企業投資家たちを引きつけた。ノバルティス社(スイス・バーゼル)は、米国各地の患者から抽出したT細胞の処理操作用に、ニュージャージー州のとある施設を買い取った。同社はこの施設を拠点として、2014年内にも臨床試験を拡大し、もっと多くの場所で行う計画である。それより小規模な企業も後に続く動きを見せており、カイト・ファーマ社(Kite Pharma;カリフォルニア州サンタモニカ)は、ある種のリンパ腫について養子T細胞移入法の多施設臨床試験を2015年初めに開始させたいとしている。このリンパ腫は、診断後5年以内に患者の約37%が死亡する深刻なものだ。

真の標的

養子T細胞移入法には取り組むべき大きな課題がもう1つある。それは、応用範囲を広げるために、特定の種類の腫瘍へT細胞を誘導しつつ、健康な細胞には危害が及ばないようにする新たな分子標的を見つけることだ。こうした取り組みは、B細胞の関わる白血病などのがんではうまくいっている。B細胞だけが発現するCD19というタンパク質を標的とするよう、T細胞を遺伝子操作することで達成できるからだ。この療法では、がん化したB細胞だけでなく健康なB細胞も一掃してしまうが、これは患者にとって割と耐えられる副作用である。しかし、白血病などの液性腫瘍に比べて構造的に均一性に乏しい固形腫瘍に関しては、同様の標的をなかなか見つけられずにいる。「この点が研究の律速要因となっています。CD19については大いに期待できますが、それに次ぐ優れた標的が何になるか、まだ分かりません」とRibasは言う。

研究者らは現在、最善の候補分子を見つけ出そうと、日々拡大する遺伝子発現データベースを探索している。ただし、「特定のタンパク質に対する免疫応答の誘導」というやり方は危険性もはらむ。数年前、MAGE-A3というタンパク質を発現する細胞を攻撃するよう遺伝子改変したT細胞を移入する臨床試験が行われ、4人の患者が死亡した。このタンパク質を発現するのは胚細胞と成人の一部のがん細胞のみであるため(つまり、成人の正常細胞には発現しない)、理想的な標的とみられていた。ところがその後、この遺伝子改変T細胞が心臓や脳に存在する類似タンパク質を攻撃することが明らかになった。カイト・ファーマ社の最高責任者であるArie Belldegrunは、「これらのT細胞は、容赦ないプロの殺し屋みたいなものです。もし正常細胞に標的分子が少しでも発現していれば、この殺し屋はその細胞を見つけて破壊しようとするでしょう」と話す。

こうした臨床試験での患者死亡を受けて、免疫療法を扱うイミュノコア社(ImmunoCore;英国アビンドン)は、T細胞の標的分子候補が正常組織で発現しているかどうかを知るための新しいバイオインフォーマティクス手法を開発した。同社はまた、生体内の環境をよく再現した三次元的な培養法で増やした細胞を用いて、最初の安全性試験を開始した。同社はこのやり方で、さまざまながんについて20個以上の標的分子候補をすでに得ている。一方、スローン・ケタリング記念がんセンターのがん遺伝学者Michel Sadelainは、2種類の標的タンパク質を認識できるT細胞を遺伝子操作で作り出したいと考えている。つまり、標的分子を2つそろって発現している細胞だけをT細胞に破壊させようというのだ。健康な細胞の表面に2種類の標的分子が発現する確率はかなり低いことから、このアイデアを思いついた、とSadelainは話す。

より多くの標的分子が見つかるほど、より多くの種類のがんで免疫療法を行えるようになるだろう。これまでは黒色腫や腎臓がんに免疫療法の研究が集中してきた。その理由は、初期の臨床試験で治療への反応が非常に良かったことと、免疫系にとってこれらのがんが特に「見つけやすい」と考えられることが挙げられる。

Rosenbergは今、さまざまながんに対する養子T細胞移入法の臨床試験を計11件行っているところだという。その中には、頻度は低いが致死的な中皮腫というがんも含まれている。がん免疫療法のより広い応用への道が開けたのは、2012年のことだ。免疫チェックポイント阻害剤であるニボルマブをある種の進行性肺がん患者に投与すると、18%に腫瘍の縮小が見られたのである(S. L. Topalian et al. N. Engl. J. Med. 366, 2443–2454; 2012)。肺がんは世界的に患者数の多いがんの1つであるため、この研究結果から、免疫療法によってがんによる死亡者数を大きく減らせるのではないかという期待が出てきた。「肺がんは免疫原性(免疫応答を誘導する性質)がほとんどないと考えられていました」とRibasは話し、エルボイもIL-2も肺がんの腫瘍を縮小できなかったことを指摘する。「我々は、免疫療法にはあまり見込みがないと思っていたのです」。

一方、ピッツバーグ大学(米国ペンシルベニア州)のがん研究者Lisa Butterfieldは、肝臓がんなどの一部のがんは免疫療法での取り組みがまだ難しいかもしれないと話す。肝臓は、血中の病原体や抗原を処分する場所であり、肝臓では免疫細胞は、個体内の正常細胞を標的にする免疫応答を起こさないように入念に制御されているからだ。乳がんや大腸がん、膵臓がん、卵巣がんでも、免疫細胞の抑制が巧みに行われている。複数の療法を併用することで、がんの巧妙な回避術を打破できるかもしれないと彼女は話す。

併用療法は、がんワクチンにとっても救いの神になるかもしれない。今までのところ、がんワクチンの臨床試験はうまくいっていないが、他の免疫療法と組み合わせることで相乗的に働く可能性があると、テキサス大学M.D.アンダーソンがんセンターのがん研究者Willem Overwijkは話す。

免疫療法は、長年にわたって残念な結果に終わっていた。だが、ここに来てにわかに期待感が高まっており、その変わりように、多くのがん研究者のみならず、がん患者やその家族も驚いている。冒頭に登場したGormanは、進行がんから奇跡の生還をしたものの、黒色腫患者支援団体を通じて親しくなった患者が命を落とすたびに悲しく悔しい思いをしてきた。ところが数年前、彼は新しい体験をした。近しい友人がエルボイを投与され、完全寛解に至ったのだ。

Gormanは現在も2年ごとに、黒色腫が新しくできていないかどうかを調べるためにスキャン検査を受けている。2014年2月、彼は次回のスキャン検査を予約する時期が来たことを思い出したが、予約をためらった。彼は数年前から、「黒色腫が再発するかもしれない」という恐怖を抱かなくなっていたからだ。「今はとても落ち着いた気持ちです。私の免疫系はがんを制圧しているのですから」と彼は話す。

(翻訳:船田晶子)

米国マサチューセッツ州ボストン在住のHeidi LedfordがNatureのために取材。

キーワード

Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

プライバシーマーク制度