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オープンアクセス化の履行強化に乗り出した研究助成機関

世界最大級の研究助成機関である米国の国立衛生研究所(NIH;メリーランド州ベセスダ)と英国のウェルカムトラスト財団(WT;ロンドン)は、長年にわたって、研究者によるオープンアクセス規定遵守を徹底させるための奨励策を着実に打ち出してきていた。

これまでは「飴」だけだったが、両機関は、「鞭」を取り出してきた。論文の一般公開をしない研究者に対する断固たる措置を、周到かつ慎重に実施し始めたのだ。

いずれの機関もこうした措置を受けた研究者の氏名を公表してはいないが、WTはこの1年間に、同機関の研究助成によって作成された論文がオープンアクセスになっていないことを理由に、助成金の付与を63回保留した。一方、NIHは、2013年7月以降、NIHのオープンアクセス規定の違反を理由に、一部の助成金の継続付与を延期した。ただし、NIHは、その正確な数を把握していない。

その結果、NIHのオープンアクセス規定を遵守する研究者の数が著しく増えた、とNIHの職員は話す。NIHの規定によれば、助成を受けた研究者は、論文発表から1年以内にPMC(旧PubMed Central;米国医学図書館が運営する無料の論文アーカイブ)のデータベースに論文を寄託しなければならないことになっている。2014年に入り、この規定を遵守する論文が、全体の82%に達した(「論文の一般公開」参照)。かつて、この遵守率が約75%で伸び悩んだ時期が2年以上続いた、とNIHの外部研究局の政策責任者であるNeil Thakurは話す。一方のWTの遵守率は、2012年3月に55%だったものが69%に上昇した、と話すのは、WTのデジタル事業の責任者Robert Kileyだ。

SOURCE: NIH

WTが規則の施行強化に着手したのは2012年6月のことである。当時の理事長Mark Walport(現・英国政府最高科学顧問)は、WTの助成を受けて発表に至った研究論文の約半数が有料コンテンツなのは「とても受け入れ難い」と語った。WTは、助成した研究成果の一般公開を2006年から義務付けていたが、その遵守を強制することはなかった。他方のNIHがWTと同様の強硬な方針を発表したのは、2012年11月のことである。NIH は、2008年から一般公開を法定要件としていたが、やはり遵守の強制をすることはなかった。

これまでのところ、オープンアクセス規定の違反を理由に助成金交付を保留した研究助成機関は、世界中でWTとNIHだけだ。英国、米国以外にもドイツ、フランス、オーストラリアなどの研究助成機関もオープンアクセス規定を定めているが、原則として、遵守率の追跡調査は行っていない。しかし、これらの機関もWTとNIHの強硬な姿勢を踏襲し始める可能性がある、とハーバード・オープン・アクセス・プロジェクト(米国マサチューセッツ州ケンブリッジ)のディレクターPeter Suberは指摘する。

規則の遵守を強制するために研究助成機関が繰り出す手段は、助成金交付の保留だけではない。2014年3月31日、英国の4つの高等教育助成機関が、新しい評価制度REF(Research Excellence Framework)の対象を、2016年からはオンラインの機関アーカイブに掲載されたオープンアクセス論文に限ると発表した。REFとは、学術研究の格付けを行い、英国の大学に対する資金配分の指針とすることを目的として定期的に行われる研究監査のことだ。各大学はREFによる格付けをとても気にしていることから、この新しい方針が「試合の流れを変える」だろうと、ロンドン大学ユニバーシティカレッジの図書館業務担当ディレクターPaul Ayrisは話す。

オープンアクセス規定遵守のボトムアップ活動を通じて、研究論文の一般公開を確実なものにしていく上で、研究機関には、強制ではなく手助けできる余地もある、とリエージュ大学(ベルギー)のBernard Rentier学長は言う。リエージュ大学では、昇給や昇進などの内部評価の対象を地元のリポジトリに寄託された論文に限定している。Rentierの話では、リエージュ大学から発表された論文の約50%が無償で閲覧可能とのことだ。これに対して、遵守の強制を伴わないオープンアクセス規定を設けているマサチューセッツ工科大学(米国ケンブリッジ)では、2009年以降に発表された論文のうち地元のリポジトリで公開されているのは、わずか37%にすぎない。

どんなに鞭を振るっても、研究者自身が積極的に取り組まないかぎり事態が改善しないことを研究助成機関は知っている、とKileyは話す。その一方で、自分が不利益を受ける可能性に気付いていない研究者もいる。Natureニュースチームは、数百編の論文を発表しているシェフィールド大学(英国)の組織工学者Sheila MacNeilに取材を行った。WTから助成を受けた角膜治療に用いる幹細胞の三次元培養の研究に関する彼女の2013年3月の論文について、オープンアクセスにすべきなのにそうなっていないとNatureが指摘したところ、MacNeilは、この論文をオープンアクセスにしたいと思っていると答え、こう続けた。「私はオープンアクセス自体に不慣れなのです。オープンアクセスに同意するのは簡単ですが、実際にオープンアクセスにするのは簡単なことではありません」。

翻訳:菊川要

Nature ダイジェスト Vol. 11 No. 7

DOI: 10.1038/ndigest.2014.140722

原文

Funders punish open-access dodgers
  • Nature (2014-04-10) | DOI: 10.1038/508161a
  • Richard Van Noorden