Editorial

銅に期待される新たな役割

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2009年に発表された欧州銅研究所(ベルギー・ブリュッセル)のプロモーション用映像は、視聴者に銅のない生活を想像させておいて、銅のある生活との違いを見せないという奇妙な内容だった。銅には、それほど活発なプロモーションが必要ないということなのだろう。銅は、古代の金属細工師によってキプロス島の丘の中腹で初めて掘り出され、さまざまな道具へと加工されて以来、需要は高いままである。そのため、2014年2月に発表された研究報告では、世界の銅生産量が数十年以内にピークに達するという見通しが示された(ちなみに、銅が初めて発掘されたキプロス島の銅山は、銅の元素記号Cuを通して現代も生き続けている。というのも、Cuは、「キプロス島の金属」という意味のラテン語Cyprium aesに由来しているのだ)。

Nature 2014年4月10日号は、銅抜きでは語れない。銅が中核を占める2つの発見について報告する論文が、4月9日のNatureオンライン速報版に掲載されたのだ。

第1の論文で、スタンフォード大学(米国カリフォルニア州)の化学者Christina W. Liらは、銅本来の触媒特性を改善することに成功したと発表した。この方法を使って、エタノール生産の合理化が期待できると報告している(Nature 2014年4月24日号504~507ページ参照)。この報告で重要なのは、エタノール生産の効率を向上させたことだけではない。銅に触媒されるこの化学反応の出発物質は、温室効果ガスの二酸化炭素なのだ。理論的には、銅触媒の質を高くすることで、二酸化炭素を炭素系液体燃料に変換する効率的な方法が得られる可能性が生まれる。

質の高い銅触媒のある生活を想像してほしい。出力が不安定な再生可能エネルギー(例えば、風力エネルギーや太陽光エネルギー)を、銅に触媒される燃料生成反応の駆動に利用することも考えられるだろう。つまり、人間活動によって生じる二酸化炭素の使い道が生まれ、また再生エネルギーの貯蔵と輸送の方法にも利用できるということになれば、環境問題とエネルギー問題という2つの主要な課題に一度に取り組めると考えられるのだ。そのためのロードマップが、Nature 2014年4月24日号460~461ページのNews & Viewsで示されている。

第1の論文は、気候変動との戦いで、我々が手詰まり状態に陥ったわけではないことを明らかにした。今後、さらに研究が進んで、品質と効率の向上した技術が登場すれば、全く新しい手法を開発することや、既存の手法を改善することができると期待される。

従来の銅触媒を用いた二酸化炭素から液体燃料への変換は、一酸化炭素という中間体を介して進行する。一酸化炭素が生成されるまでの第一段階を実施できる触媒は数多く存在するが、一酸化炭素を水と混合させて燃料を生成できる触媒は銅だけだ。ただし、そうした期待は、ほとんどが理論的なもので、これまでのところ、この手法による燃料への変換反応の効率と選択性が低過ぎて実用化には至っていない。

第1の論文で、Liらは、銅を酸化させた後、銅に還元することで、銅の触媒特性が高まることを明らかにした。この改良された触媒を用いると、従来の銅触媒よりも高い効率でエタノールを生成できる。Liらは、触媒特性の変化は、銅触媒に生じた微小な割れに起因する可能性を示唆しており、亀裂が入ったことで銅触媒の作用範囲が広がったと考えている。

一方、第2の論文では、Donita C. Bradyらが、がん遺伝子BRAFに典型的な変異を有するがんにおいて、腫瘍の増殖とシグナル伝達に銅が必要なことを実験によって明らかにした(Nature 2014年5月22日号492~496ページ参照)。体内に過剰に存在する銅を除去する治療法は、すでにウィルソン病などの銅蓄積性疾患に適用されている。そのため、既存の治療薬でこうしたがん細胞の増殖も阻害できると考えられる。つまり、Bradyの今回の報告は、マウスと培養ヒト細胞を用いた実験ではあるが、BRAFの変異により引き起こされるがんに「銅キレート剤」を幅広く用いる治療法が有益である可能性を示唆しているのだ。銅の重要性をうたう欧州銅研究所には申し訳ないが、銅のない生活や少量の銅のある生活の方がよい、という人もいるのだ。

翻訳:菊川要

Nature ダイジェスト Vol. 11 No. 7

DOI: 10.1038/ndigest.2014.140729

原文

Copper rewired
  • Nature (2014-04-10) | DOI: 10.1038/508150a