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海洋発電が波に乗る日

マリン・カレント・タービンズ社が開発した潮力発電システム。

SIEMENS AG

西オーストラリア州パース近郊では、沖合数kmの海底に係留された3個の巨大なブイが、インド洋の波のリズムにのって発電を開始しようとしている。オレンジ色のずんぐりしたブイは、巨大なカボチャのようだ。その直径は11m、高さは5mもあるが、全体が波の下に隠れているので、海面を見つめる船乗りの目に留まることもない。ブイが波にもまれるたびに、ブイにつながっている海底のポンプが稼働し、高圧の水を陸上の発電機に向かって送り出す。こうして、波の動きは720kWの電力へと変換され、近くの海軍基地に供給される。

これは、カーネギーウェーブエナジー社(オーストラリア・ノースフリマントル)の最新の海洋発電システムであり、同社はこの波力発電装置について、2014年6月頃の稼働を目指している。マスコミはこの試験プロジェクトについて大々的に報道するだろうが、海洋発電の専門家は慎重に見守ることだろう。というのも、海洋エネルギー開発は進歩が遅い。これまでに無数のシステムが開発されてきたが、過酷な海洋環境で長期間持ちこたえられたものはほとんどなく、競争の激しいエネルギー市場で価値を認められたものは1つもない。この10年間、10社以上の大手企業が潮力発電と波力発電に総額約7億3500万ドル(約735億円)もの投資をしてきたにもかかわらず、どちらの研究開発も順調であるとは言い難い。海洋発電は、いまだに地球上で最も高くつく発電方法のままである。

けれどもここにきて、海洋発電の見通しが少し明るくなってきた。近年、複数の大手企業が、潮力発電分野の新設企業を買収したのだ。潮力発電は、海洋エネルギーを利用する発電方法の中では最も容易なものである。この3月には、潮の干満差が非常に大きいことで知られるカナダのファンディ湾で3つの潮力発電プロジェクトが承認された。一方、波力は潮力よりもはるかに大きなエネルギーを持っているが、利用しにくいという難点がある。こちらはいくつかの挫折も経験していて、2014年3月には、米国オレゴン州沖の波力発電アレイの建設計画の縮小が決まっている。けれども、潮力発電も波力発電も、今後、成長していくことは確実だ。コンサルタント会社のブルームバーグ・ニュー・エナジー・ファイナンス社(英国ロンドン)が2013年に発表した予測によると、2020年までに22の潮力発電プロジェクトと17の波力発電プロジェクトが実施され、その発電量の合計は1メガワット以上になるという。これは約250世帯に電力を供給できる発電量だ。

理論的には、海洋エネルギーは、大気中に汚染物質を放出することなく、全世界が必要とするエネルギーを供給することができる。海洋発電は、風力発電や太陽光発電に比べて発電量が安定している上、地理的にも都合が良い。世界人口の約44%が、海岸線から150km以内のところに住んでいるからだ。

一部の国々は、何十年も前から入り江を封鎖する巨大なダムのような構造物を建造し、潮流を利用して発電を行っているが、最近のアプローチでは、これほど邪魔にならない構造になっている。こうした発電施設が環境に及ぼす影響についてはまだ調査中であるものの、多くの研究者は、海は風よりもさらに環境に優しいエネルギー源であることが明らかになるだろうと予想している。

エネルギーの専門家は、将来的には、世界中の島々や急成長する臨海都市に、かなりの量のカーボンフリー(二酸化炭素を排出することなく作られた)電力が海から安定供給されるようになるだろうと期待している。世界有数の波力・潮力発電実験施設である欧州海洋エネルギーセンター(英国オークニー諸島)の所長Neil Kermodeは、「当初の予想よりも困難であることが分かりましたが、不可能でないことも分かりました。私たちは海水の動きを利用して発電できることを示しただけですが、それだけでも大きな前進なのです」と言う。

変わる潮流

ベルファスト(英国北アイルランド)の南東部にあるストラングフォードという小さな入り江には、1日に2回、約3億5000万m3の潮水が海峡から流れ込んできては、外海に出ていく。その際潮水は、水路の底に固定された塔に取り付けられた長さ16mの一対のプロペラの周りを流れていく。このときの水の力は、風速に換算すると秒速150m以上の強さになり、最大でプロペラを1分間に15回転させ、1.2MWの電力を生成することができる。

潮力発電システムの研究開発を行う企業は、伝統的なプロペラに加えて、らせん形の装置や水中翼や水中凧なども試してきた。けれども、最も高性能なのはストラングフォードで使われている装置である。この装置を建造したマリン・カレント・タービンズ社(英国ブリストル)によると、これまでに潮力発電で生成した電力の90%以上が、このデザインの装置で発電されたものであるという。

マリン・カレント・タービンズ社のこの業績が、エンジニアリング系コングロマリットであるシーメンス社(ドイツ・ミュンヘン)の興味を引き、マリン・カレント・タービンズ社は2012年にその傘下に入った。同社は現在、2016年までにウェールズ沖に2MW級の発電装置を5基設置する準備をしている。ちなみに、1基当たりのコストは約900万ポンド(約150億円)である。同社社長のKai Kolmelは、装置を大型化するのと同時に第3のブレードを追加することで、振動を軽減して耐久性を高めていると説明する。けれども彼は、潮力発電の進歩は緩やかなものにしかならないだろうとくぎを刺すのを忘れない。「一部のベンチャー投資家は幻滅するでしょうが、潮力発電はあぶく銭を期待できるような分野ではないのです。風力発電がすぐには軌道に乗らなかったのと同じです」。

オーシャン・リニューワブル・パワー・カンパニー社(米国メイン州ポートランド)社長のChristopher Sauerは、シーメンス社のような大企業が参入してきた今も、技術開発と試作品の製作に必要な資金を集めることが最大の問題であることに変わりはないと言う。Sauerの会社は、コンバインの回転ブレードのようなユニークな発電装置を開発して、短期間ではあるがメーン州沖に設置したことがある。同社は現在、第2世代の装置を製作していて、早ければ2015年にも設置の準備が整うという。「私たちは、今ある資金でできるだけのことをやっています」と彼は言う。

波力発電が直面する問題

波の力は途方もなく大きいが、そのエネルギーを安定的に取り出すことと、時に過酷なものとなる環境に耐えられる装置を開発することとは、全く別の話である。企業は、ぱたぱたと開閉するフラップから、船の揺れを円運動に変換して船上の発電機を駆動するジャイロスコープのような装置まで、さまざまなデザインを試してきた。どのデザインにも長所と短所があるが、カーネギーウェーブエナジー社がオーストラリアで実験しているシステムは、ブイが海中にあるため、海面の荒波にさらされずに済むという長所がある。また、海中のブイは人目につくこともないため、風力発電施設のように美観を損ねる心配もない。

NIK SPENCER/NATURE

波がブイを上下に動かすと、海底に設置されたポンプが、陸上の発電施設までつながる長さ約3kmに及ぶ閉ループ循環路内の液体を循環させる。(「最新の海洋発電システム」参照)。このシステムの仕組みはバグパイプに似ていて、圧力を蓄え、それを徐々に放出することにより、安定した電流を作り出す。3基の装置のそれぞれが最大240kWの電力を発電することができる。

カーネギー社の最高経営執行者であるGreg Allenは、「これが商用発電プロジェクトでないことは明らかですが、現時点では、商用波力発電施設は世界のどこにも存在していないのです」と言い、自社の装置が着実に進歩していることを強調する。彼によると、現在の装置の1基当たりの発電量は、2011年に同じ海域で試験した装置の3倍になっていて、2018年にも最初の商用プロジェクトに着手する予定であるという。市場参入の足掛かりをつかむため、同社は離島で利用されることの多いディーゼル発電装置と競争できるシステムの開発を目標にしている。

ペラミス・ウェーブ・パワー社(英国エディンバラ)は別のアプローチをとっている。同社の波力発電装置は5個のブイがつながった形をしていて、海面に浮かんで波を受け、ヘビのように身をくねらせる。各セグメントは独立に動き、接合部の油圧ポンプが、この動きを利用して装置に搭載されている発電機に液体を送り込む。同社は現在、オークニー諸島の試験海域で2基の750kW級の装置の試験中である。そのうちの1基の試験は、スコティッシュ・パワー・リニューワブルズというグラスゴーの公益事業体と提携して進められている。彼らは、新たな要素を追加することにより油圧システム内部の摩耗を軽減することに成功し、現在は、装置の16個の油圧ポンプを独立に調節して、波の上での発電量を最大にするためのアルゴリズムを開発している。

ペラミス社は去年、大きな危機を経験した。同社がオークニー諸島で試験を行っているもう1基の装置は、E.ON社というドイツの大手エネルギー企業と提携していたが、3年間のプロジェクトの終了を機にE.ON社が協力関係を解消したのだ。ペラミス社の設立者で社長のRichard Yemmは楽天的で、この装置はまだ海にあって発電を続けていると言うものの、自分の会社がエネルギー産業との結び付きを強める必要があることは認めている。「私たちには、大企業が持つ大規模スキルが必要なのです」とYemmは説明する。

民間調査会社ブルームバーグ・ニュー・エナジー・ファイナンス社で編集長を務めるAngus McCroneは、電力会社が波力エネルギーにあまり興味を持たない理由の1つに、長期にわたって海の荒波に耐え、昼夜を分かたず電力を生成し続けることのできる機械を誰一人として製作できていないことが挙げられると言う。「電力会社は波力発電システムの開発に多額の資金を投じてきましたが、これを商用化するためには、さらに多くの資金を投じなければならないことを知ったのです」とMcCrone。

環境に優しい発電装置

近年、風力発電所のタービンに巻き込まれた鳥の死が大きな問題となっていることで、規制当局は、海洋発電にも海洋動物への配慮を求めるようになった。マリン・カレント・タービンズ社は、試験開始の許可を得る前に、アザラシが近づいたら緊急停止ボタンを押す「アザラシ監視員」をタービンの上に配置しなければならなかった(幸い、そのような事態は一度も起こらなかった)。また、オープンハイドロ社(アイルランド・ダブリン)が設計した海底設置型タービンは、シャチをタタキにしてしまうかもしれないという懸念を理由に、ピュージェット湾(米国ワシントン州シアトル近郊)での試験の申請を却下されそうになった。

メイン大学(米国オロノ)の魚類生物学者Gayle Zydlewskiは、オーシャン・リニューワブル・パワー社の潮力発電ユニットの周囲を泳いだり、これを擦り抜けたりする魚については、わずかなデータしか得られなかったと言う。たいていの魚はタービンを避けて泳ぐように見えたが、「隣にもう1つタービンがあったらどうなるかは分かりません」と彼女は言う。Zydlewskiのチームは、基準となるデータの収集を現在も続けており、それを基にモデルを改良して、装置が及ぼす影響を突き止めるのにどの程度の野外調査が必要なのかを明らかにしたいと考えている。

安全性の確認は、海だけでなく研究室でも行われている。米国エネルギー省の生物学者たちは、タービンの近くに魚を放って間を擦り抜けさせたり、電力を海から陸に送る送電ケーブルの周囲に発生する電磁場と同じ程度の電磁場にさらしたりして影響を調べてきたが、どちらも永続的なダメージは及ぼさないようである。ピュージェット湾のシャチについては、同省のパシフィックノースウェスト国立研究所(米国ワシントン州リッチランド)とサンディア国立研究所(米国ニューメキシコ州アルバカーキ)の研究者たちが、好奇心に富むシャチがタービンに頭を突っ込んだらどうなるか、という最悪のシナリオを検討した。研究チームは文献を調べ、各種のゴムがシャチの皮膚の代わりになるかどうかテストしてモデルを製作し、シャチがブレードに衝突した場合の影響を調べた(go.nature.com/aaptn2参照)。2013年、シアトルに近い海岸に死んだシャチが打ち上げられたときには、科学者たちは頭蓋骨のCT撮影を行って皮膚と脂肪層の厚みを調べ、その情報を利用してモデルを改良した。シャチの皮膚も採取して、研究室で強度を調べた。

彼らの研究結果は2014年1月に発表された。研究チームを率いたパシフィックノースウェスト国立研究所の生物海洋学者Andrea Coppingによると、タービンのブレードに頭をぶつけたシャチは、おそらく打撲傷を負う程度で泳ぎ去っていくだろうとのことだった。「シャチが船に衝突した際、致命傷になるのは顎の骨折です。タービンのブレードに衝突しても、顎の骨を折るほどの力は生じません」と彼女は言う。米国連邦エネルギー規制委員会は、この研究結果を受けて、ピュージェット湾でのタービンの試験を3月20日に承認した。

Coppingは、潮力・波力エネルギー開発に関する全ての環境研究をまとめる国際協力チームも率いている。その目標は、どのような影響が生じやすいかを特定して、集中的に研究を行うことにある。

2013年1月には、海洋発電について①動物との相互作用、②タービンの騒音、③海洋システムからのエネルギー抽出が水の流れに及ぼす影響、という3つの領域に注目して調査した最初の報告書が発表された。研究チームによると、これまでのところ、海洋発電が海洋動物や水の流れに重大な影響を及ぼすことを示唆する証拠はないが、大規模発電アレイが及ぼす影響を予測するのは難しいという。

騒音の問題は、さらに厄介だ。研究者は、個々の装置について詳細な測定を行ったり、何らかの理由でタービンのそばから離れられない状況に陥った魚が24時間に経験するレベルの騒音に魚をさらしてみたりした。Coppingによると、魚の組織にわずかな損傷(おそらく、ティーンエイジャーがロックコンサートで経験する程度の組織損傷)が見られた以外は、大丈夫そうであったという。けれども、水が動く音や船の大きなエンジン音でいっぱいの海域に複数の発電装置を設置した場合に、広い範囲にどのような影響が及ぶかを予測するのは難しい。わずかな騒音ならば、動物が装置を回避するのに役立つかもしれないが、大き過ぎる騒音は、コミュニケーションに音を利用するクジラなどの動物に悪影響を及ぼすだろう。「こうしたプロジェクトのほとんどに、十分な監視が必要になるでしょう。海は全ての生き物の庭なのですから」とCoppingは言う。

海洋発電が経済と環境に及ぼす影響を理解するには、もっと多くの装置を海中に設置する必要があるという点について、開発者も研究者も、そして環境問題専門家も同意見である。ブルームバーグ社のMcCroneは、波力発電に対する産業界の関心が低下し一部のプロジェクトが中止されたことを受けて、同社の次の報告書では、波力発電の展望はやや暗いものになるだろうと言う。けれども彼は、潮力発電も波力発電も、いつかは成熟してくるはずだと信じている。

現在、海洋発電のホットスポットの1つになっているカナダのファンディ湾では、3つのプロジェクトが進められる予定である。その1つは、オープンハイドロ社の2基の装置を設置して行う4MW規模の実験で、2015年までに1000世帯に電力を供給できるだけの発電を行うことになっている。順調にいけば、同社はアレイを拡張し、ゆくゆくは300MW級の発電施設とする予定である。これは小規模な石炭火力発電所並みの発電量にすぎないが、海洋発電にとっては大きな一歩となるはずだ。

「海洋発電は、いつかは波に乗るはずです」とMcCroneは言う。「海には膨大なエネルギーがあるのですから」。

翻訳:三枝小夜子

Nature ダイジェスト Vol. 11 No. 7

DOI: 10.1038/ndigest.2014.140710

原文

Blue energy
  • Nature (2014-04-17) | DOI: 10.1038/508302a
  • Jeff Tollefson
  • Jeff Tollefsonは、エネルギーと環境に関する記事をNatureに寄稿している。