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急増するオーファンドラッグ

リンパ腫は、がん化する免疫細胞の種類に基づいて数十種類に細かく分類されている。

Gettyimages

リンパ腫の分類は、がん細胞が分裂するのと同じように、次々と細分化してきた。米国には約70万人のリンパ腫患者がいるが、リンパ腫はここ数十年の間に、がん化する免疫細胞の型に基づいて数十種類もの細かい小群に分けられるようになった。製薬業界はこうした小群に目を付け、それらを「希少疾病(orphan disease)」と見なすよう求めてきた。というのも、米国の場合、薬が希少疾病を対象とするもの、つまり米国食品医薬品局(FDA)の指定基準である「罹患患者数が20万人未満で、治療法がない疾患のみを対象とする」医薬品であれば、オーファンドラッグ指定を受けることができ、その指定を受けた薬にはさまざまな優遇措置が設けられているのだ。

2013年にFDAは、オーファンドラッグ開発支援として特定のリンパ腫用医薬品の臨床試験を指定し、その助成の回数は少なくとも21回に及んだ。また、同年にオーファンドラッグの申請があった医薬品のうち、FDAの希少疾病用医薬品開発室(OOPD)が進めるプログラムで希少疾病用として指定されたものの数は、2012年の指定件数より38%も多く、史上最多の260件に上った。

しかし、精密医療(precision medicine;厳密に絞り込んだ患者群を対象とするきめ細かな医療)を目指す流れは依然として続いており、このペースで進めば、OOPDの指定プログラムが自らの驚異的成功に食われてしまうと危惧する関係者もいる。事実、オーファンドラッグがとんでもなく高額なのは、このプログラムが開発企業に対し市場独占権などの優遇措置を設けていることが一因である。また、ありふれた疾患を対象とする医薬品の申請件数がこのところ低迷しているため、FDAの大きな財源の1つは危うい状況になっている。

「言うなれば、希少疾病がFDAを乗っ取りつつあるのです」と、OOPDの前室長で現在はCotéオーファンコンサルティング社(米国メリーランド州シルバースプリング)を営むTimothy Cotéは話す。2013年の1年間でFDAが承認した新薬のうち、3分の1以上がオーファンドラッグだったのだ。

1983年に米国で制定されたオーファンドラッグ法は、製薬会社にとって投資価値の低い希少疾病用の製品開発を促進するために、手厚い優遇措置を設けることを目的としたものだ。通常、企業は薬剤開発プロセスの早期にオーファンドラッグの指定申請をする。その申請が受理されオーファンドラッグ指定を受けた医薬品が、最終段階である製造販売の承認を受けた場合、企業はFDAに新薬審査費用として支払うべき217万ドル(約2億1700万円)の「受益者負担金」を免除される。さらに企業は、臨床試験で発生した費用に対する税金控除に加え、7年間の市場独占権も付与され、その期間中は類似薬の申請がシャットアウトされる。

SOURCE: FDA/EMA

欧州でも米国と似たような政策がとられている。欧州医薬品庁(EMA)は1999年に、欧州での発生率が1万人に5人未満の疾患を希少疾病として指定し、それを対象とする医薬品の開発促進を狙ったオーファンドラッグ規制を制定した。このプログラムでは、際立った特権として10年という長期の市場独占権を企業に与えており、それが功を奏し、ここ数年のオーファンドラッグ指定件数には着実な増加が見られる(「オーファンドラッグの指定件数はうなぎ上り」参照)。

現在、製薬企業はオーファンドラッグに群がっている状態である。その原因の一部は、ありふれた疾患を対象とする医薬品がすでに十分供給されている上に、既存のもの以上に著しく優れた治療薬を見つけることが難しくなっている点にある。例えば、糖尿病についてはすでに数十種類の治療薬があり、その多くは有効性が高いことが分かっている。「ブロックバスター(画期的な薬効と莫大な利益を生み出す大ヒット新薬)の時代はどうやら終わったようです」とCotéは話す。

その一方で、薬剤開発企業は、一部のオーファンドラッグ市場が一般に考えられているより大きいことにも気付き始めた。例えばファイザー社(米国ニューヨーク)は、鎌状赤血球症のオーファン治療薬を開発中である。この遺伝性疾患は米国では希少(患者は10万人未満)だがアフリカでは広く見られ、その点をファイザー社は考慮に入れているのだと、同社の希少疾病研究部門(米国マサチューセッツ州ケンブリッジ)の最高執行責任者であるAlvin Shihは話す。彼によれば、ファイザー社は、希少疾病が良い投資対象になると判断して2010年にこの部門を立ち上げたのだという。

たとえ疾患が極めてまれな場合でも、オーファンドラッグが利益を生み出せる場合がある。例えば、2012年にFDAは、バーテックス・ファーマシューティカルズ社(米国マサチューセッツ州南ボストン)のカライデコ(一般名:イバカフトール)という商品名の薬剤を承認した。これは、嚢胞性繊維症という米国に約3万人の患者がいる疾患の原因となる、ある特定の遺伝子変異を標的とする薬剤だ。カライデコが効くのは嚢胞性繊維症患者の約4%にすぎず、患者はこの薬に年間37万3000ドル(約3730万円)も支払っている。

一部の批判的な人々は、企業が意図的に疾患を「細分化」しかねないとして懸念を示している。そういった事態を防ぐため、FDAは2013年6月にある規則を発令し、その姿勢を明確にした。その規制は、指定申請者は対象疾患の唯一性を示す科学的な説得力のある証拠を提供しなければならないというものだ。しかし、科学が発展すれば、そうした指定申請を正当化できるチャンスは増していく。今日では、遺伝学者らは小さな変異とまれな症候群を結び付け、ウイルス学者らはインフルエンザウイルスの表面にある受容体の進化を追跡し、生化学者らはアルツハイマー病などの疾患に見られる折りたたみ異常タンパク質を発見しているのだ。

「1999年の時点で発症機序が分かっていた疾患は1000種類に満たなかったのだが」と話すのは、国立先端トランスレーショナル科学センター(米国メリーランド州ロックビル)の所長を務めるChristopher Austinだ。ところが現在では、5000種類を超える疾患の発症機序が明らかになっている。「ありふれた疾患として扱われていたものが希少疾病となり、その一方で希少疾病はより明確に定義されるようになってきているのです」とAustin。

FDAのオーファンドラッグの定義は、非常に特異な疾患の治療薬という狭い枠組みにとどまらない。ありふれた疾患の一部の患者集団(うつ病治療を以前受けたが症状が改善しなかった人々など)に対しても、希少疾病の指定が可能なのだと、OOPDの現室長であるGayatri Raoは話す。特殊な抗生物質耐性を持つ細菌による感染症でも、希少疾病の指定を受けられる可能性がある。

これらの例や、がんのさまざまなサブタイプは、希少疾病プログラムが設立されるきっかけとなった、ごくまれな各種の遺伝病とは性質が大きく異なるものだ。当初想定された対象疾患は、早老症の一種であるプロジェリアなどで、これは全世界で患者が250人に満たない疾患だ。「当時は、腫瘍学が現在のような細分化の方向に進むとは予想していなかったのです」と、英国の製薬企業団体であるバイオ産業協会(ロンドンに本部)の会長のSteven Batesは言う。

Cotéによれば、希少疾病がいずれFDAの薬剤承認件数の大半を占めるようになり、最終的にFDAから大きな収入源を奪ってしまうという展開は、十分にあり得ることだという。FDAが運営の財源の1つとしている「217万ドルの受益者負担金」は、10年前の57万3500ドル(約5800万円)からすでに大幅に増額されていることを、Cotéは指摘する。彼は、受益者負担金の増額について、いかなる負担金も必要としないオーファンドラッグの数が増えていることが原因の1つだと考えている。

欧州では、一部のオーファンドラッグの法外なコストが、保険業者や国の医療制度にとって心配のタネとなりつつある、とBatesは話す。英国の国立医療技術評価機構(NICE)は対処方法を検討中であり、その中には、こうした高価な薬に対して価格の上限を定めたり、企業に薬の価格が正当なことを証明させたりすることなどを盛り込むことを考えている。

医薬品の監督官庁は最終的に、戦略を練り直す必要が出てくるだろうとRaoは話す。だが現在のところFDAは、希少疾病プログラムが十分浸透したことに満足している。「これらの問題は時間をかけて考えていく必要がありますが、我々はまだそこに至っていません。当面は、さらに多くのオーファンドラッグを登場させることが優先されるでしょう」と彼女は言う。

翻訳:船田晶子

Nature ダイジェスト Vol. 11 No. 7

DOI: 10.1038/ndigest.2014.140706

原文

Regulators adopt more orphan drugs
  • Nature (2014-04-03) | DOI: 10.1038/508016a
  • Sara Reardon