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高齢者の脳を保護する因子

Nature ダイジェスト Vol. 11 No. 6 | doi : 10.1038/ndigest.2014.140625

原文:Nature (2014-03-27) | doi: 10.1038/nature13214 | A protective factor for the ageing brain

Li-Huei Tsai & Ram Madabhushi

RESTと呼ばれるタンパク質が、加齢脳でのニューロンの細胞死の抑制と、高齢者の認知能力の維持に中心的な役割を果たしていることが明らかになった。

アルツハイマー病は認知症の主な原因である。米国では、65歳以上の人のおよそ13%、そして85歳以上の高齢者の約3人に1人がアルツハイマー病にかかっている1。現状ではアルツハイマー病に対する効果的な治療法がないため、人口の高齢化に伴ってその患者数は急増すると予想される。しかし、解剖学的にも分子レベルでもアルツハイマー病の特徴を示しているにもかかわらず、認知能力が衰えない人々もいる。これはなぜなのか。今回、ハーバード大学医学系大学院(米国マサチューセッツ州ボストン)のTao Luら2は、この重要な疑問への答えの可能性となる研究成果をNature 2014年3月27日号に報告した。

Luらは、若い人の脳のニューロンでは通常ほとんど発現していないREST(repressor element 1 silencing transcription factor)と呼ばれるタンパク質が、高齢者の脳では非常に高レベルに発現していること、そして、軽度認知障害(しばしば認知症に先行する症状)がある人とアルツハイマー病患者のニューロンの核ではRESTの発現レベルが著しく低下していることを明らかにした。Luらはさらに、以前に神経精神病学的評価を受けた人々の前頭前皮質の死後サンプル3を分析し、ニューロンの核でのRESTレベルと認知機能との間に正の相関が見られることを発見した。こうした知見を総合すると、認知機能低下とアルツハイマー病の予防には、加齢脳でRESTタンパク質の発現レベルを維持することが重要と考えられるのである。

健康な人とアルツハイマー病患者の加齢脳に起こる変化については、これまで遺伝子発現に注目した研究が行われており4-6、以下のような特徴が明らかにされている。一般に、健康な人でもアルツハイマー病患者でも、シナプス伝達(神経接合部でのシグナル伝達)、カルシウムシグナル伝達および抑制ニューロンの機能に関係する遺伝子はニューロンでの発現が低下している一方で、ストレス応答、DNA損傷応答、免疫応答、およびアポトーシス性細胞死に関連する遺伝子は、ニューロンでの発現が上昇していることが知られている。しかし、両者の間で重要な違いもある。例えば、アルツハイマー病のマウスモデルとアルツハイマー病患者の脳では、アルツハイマー病に関連する神経変性に特徴的に見られる神経毒性刺激によって、神経可塑性(神経の経路および接合の変化)に関係する遺伝子の発現が遮断されやすくなる7

図1:健康な高齢者の脳とアルツハイマー病患者の脳では、REST の活性化状態は異なっている。
a:健康な高齢者の脳では、神経毒性刺激によってRESTタンパク質の発現が増加する。この作用は部分的にはWntシグナル伝達経路に依存している。RESTの誘導により神経保護的ストレス応答経路が活性化され、また、ニューロンのアポトーシス性細胞死、およびアミロイドβ(Aβ)の蓄積と酸化ストレスの上昇による毒性の影響が抑えられる。
b:アルツハイマー病患者の脳では、Wntシグナル伝達とREST誘導の両方が抑制されて、神経変性につながる。

今回Luらは、さまざまな実験手法を駆使して、RESTの神経保護機能の低下がアルツハイマー病患者の脳におけるニューロンの脆弱性の原因になっていることを証明した。著者らは、健康な高齢者の脳のニューロンでは、核のRESTが、複数のアポトーシス促進遺伝子とアルツハイマー病の発症に関わる酵素をコードする遺伝子を標的としており、それらを抑制していることを見いだした。一方で、アルツハイマー病に罹患した脳では、RESTによるそれらの抑制が失われており、結果として、それがニューロンの喪失と神経変性を引き起こす遺伝子群の誘導につながることが分かったのだ(図1)。

さらに著者らは、RESTが欠失しているマウスでは、1カ月齢の段階ではニューロン喪失が見られないものの、8カ月齢になるとニューロン喪失が見られるようになったとも報告している。この知見と合致して、spr-1spr-3、およびspr-4(RESTと同じ先祖遺伝子から進化した遺伝子)に変異を持つCaenorhabditis elegans(線虫の一種)は、酸化ストレスに対する感受性が高く、野生型のC. elegansよりも短命であることが分かった。つまり、RESTが仲介する転写抑制は、さまざまな状況において神経毒性ストレスに対する抵抗性をニューロンに付与しているのである。

Luらは、培養ヒトニューロンを酸化剤である過酸化水素で処理した後、その培養液の一部を未処理のニューロンの培養液に添加すると、RESTのメッセンジャーRNAの発現が明確に増加することを示した。このことから、ニューロンは酸化ストレスを受けると、可溶性のREST誘導因子を産生するようになることが示唆される。さらに著者らは、高齢者の前頭前皮質からの抽出物はin vitroで神経細胞でのRESTの発現を顕著に誘導するが、若年者の前頭前皮質からの抽出物ではこうした現象は見られないことも明らかにした。逆に、アルツハイマー患者の皮質からの抽出物は、年齢のマッチした対照群のものと比べてREST誘導活性が低いことが分かった。

RESTは、Wnt/β-カテニンシグナル伝達経路の標的である8。Luらは、Wntファミリーに属する2つのタンパク質Wnt-3aとWnt-7aによってRESTが誘導されること、そしてWnt受容体アンタゴニストがRESTの誘導を部分的に抑制することを示した。つまり、ストレスによってWntシグナル伝達が増強され、それによってRESTの発現が誘導される可能性が示唆されるのだ。ただ、Wntレベルが脳の特定部位でだけで上昇してRESTに影響を及ぼすかについては今後はっきりさせる必要がある。というのも、Wntシグナル伝達は、海馬と前頭皮質では見られるものの、小脳では見られないことを著者らが示したからだ。また、観察されたWntシグナル伝達の変化がニューロンに由来するものなのか、脳内の他の細胞に由来するものなのかについても詳しく調べる必要があるだろう。

Luらはさらに、軽度のアルツハイマー病(AD1)患者でも重度のアルツハイマー病(AD2)患者でも、ニューロン核のRESTの喪失が、アポトーシス関連遺伝子とアルツハイマーの病理に関係する遺伝子の大幅な発現上昇に関連していることも示した。しかし、意外にも、RESTが標的とする別の遺伝子群(シナプス伝達などの神経接合部機能に関係する遺伝子群)は、初期のAD1患者では発現が上昇するが、AD2患者では発現が低下することが分かった。AD1患者でこうした遺伝子の発現が上昇しているのは、神経の恒常性を維持するための代償機構である可能性が高い。神経細胞の特定のサブタイプでの遺伝子発現をさらに詳しく分析すれば、今回観察された遺伝子発現パターンが、どのような経緯で起こるかを明確にする助けになるだろう。

また、著者らが得た知見から、AD1患者とAD2患者とでなぜ遺伝子発現プロフィールが異なるのか、という新たな疑問も生まれる。発現プロフィールが異なる遺伝子群のクロマチン(DNAとタンパク質の複合体)の状況、そして若年者、高齢者、AD1患者またはAD2患者の脳において、そうした遺伝子の調節領域での他の転写因子の結合についてさらに詳しく調べることで、この疑問に対してさらに踏み込んだ洞察が得られるはずだ。

今回の研究では、若年者、高齢者、およびアルツハイマー病患者の集団を区別する脳内の分子マーカーが初めて詳細に調べられた点が特に興味深い。また、脳では、加齢に伴って特定のストレス応答プログラムが活性化される可能性が明らかになったことで、このプログラムを維持し続ければ、神経変性を防げるのではないかという期待も持てる。実際、今回の研究で解析された100歳以上の健康な高齢者のサンプルは全て、一様にRESTのレベルが高かったのである。

では、脳のニューロン核のRESTの活性化を誘導すれば、アルツハイマー病などの変性疾患を予防できるのだろうか?Luらの研究結果を踏まえれば、高齢者でWntシグナル伝達を活性化することが1つの戦略となるだろう。しかし、Wntシグナル伝達の活性化はがんの発生に関係すると考えられているため9、この戦略をとる場合には、脳に限定したWntの活性化が必要となるはずだ。その他の戦略としては、Wntとは別のREST活性化物質や、ニューロン核からのRESTの排除を防ぐ小分子を見つけることなどが挙げられる。加齢脳におけるRESTの活性化を支配する分子機構の詳細が明らかになれば、このような試みを成功に導くカギとなるだろう。

(翻訳:古川奈々子)

Li-Huei TsaiとRam Madabhushiは、マサチューセッツ工科大学(米国)の脳・認知科学科、ピコワー学習記憶研究所に所属。

参考文献

  1. Alzheimer’s Association Alzheimer’s Dement. 8, 131-168 (2012).
  2. Lu, T. et. al. Nature 507, 448-454 (2014).
  3. Bennett, D. A. et al. Neurology 66, 1837-1844 (2006).
  4. Lu, T. et al. Nature 429, 883-891 (2004).
  5. Loerch, P. M. et al. PLoS ONE 3, e3329 (2008).
  6. Cooper-Knock, J. et al. Nature Rev. Neurol. 8, 518-530 (2012).
  7. Graff, J. et al. Nature 483, 222-226 (2012).
  8. Willert, J., Epping, M., Pollack, J. R., Brown, P. O. & Nusse, R. BMC Dev. Biol. 2, 8 (2002).
  9. Anastas, J. N. & Moon, R. T. Nature Rev. Cancer 13, 11-26 (2013).

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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