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体内で溶ける生分解性電池

生分解性材料でできた4セル電池は、3週間後、完全に水に溶ける。

Credit: UNIV. ILLINOIS

イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校の材料科学者John Rogersらによって、体内に埋め込むことのできる生分解性電池が開発された1。こうした電池は、組織のモニタリングや治療を行った後に体内で溶けて吸収される生体医用機器の開発に役立つだろう。

「本当に大きな進歩ですね」。ドレイパー研究所(米国マサチューセッツ州ケンブリッジ)の生物医学エンジニアJeffrey Borensteinはこう話す。「最近まで、この分野には大きな進展が見られなかったのです」。

2012年、Rogersは、温度や機械的ひずみをモニタリングし、結果を外部装置に無線で送信し、組織を加熱して感染を防ぐこともできるさまざまな生分解性シリコンチップ2を発表した(Nature 2012年9月27日オンライン掲載、http://nature.asia/nd1406-n1参照)。このチップのうちの一部は、誘導コイルを利用して外部電源からワイヤレスで電力を得ていた。

しかし、そうした機器を組織の深部や骨の下に埋め込む場合、ワイヤレス電力伝送技術を利用するのは難しい。電力を受ける部品がかなり複雑になり、「何を埋め込んでも場所を取ることになるのです」とBorensteinは言う。この問題をすっきり解決する方法として、Rogersらは完全生分解性電池の開発を目指した。

溶けるデバイス

Rogersらのデバイス2は、アノード(負極)にマグネシウム箔を、カソード(正極)に鉄、モリブデン、タングステンのいずれかを用いている。これらの金属は全て体内でゆっくり溶解し、イオン化したそれらの金属は、低濃度なら生体適合性がある。また、2つの電極間を満たす電解質はリン酸緩衝生理食塩水溶液であり、系全体を包み込むのはポリ酸無水物という生分解性ポリマーである。

電流と電圧は、カソードの金属によって変わる。例えば、厚さ50µmのマグネシウムアノードと厚さ8µmのモリブデンカソードを持つ1cm2のセルは、2.4mAの定常電流を発生させる。電池が溶解すると9mg未満のマグネシウムが放出される。これは臨床試験で長期にわたる安全性が確認された冠動脈用マグネシウムステント3の放出量の約2倍程度であり、体内では問題にならない濃度だ、とRogersは言う。電源内蔵型生分解性インプラント機器の作製に必要な「主要部品がこれでほとんどそろったことになります」と彼は話す。

今回作製された電池は全て、1日以上定常的出力を維持できるが、それではあまり長持ちするとはいえない。そこで研究チームは、マグネシウム箔の表面にパターンを形成して表面積を増やすことによって反応性を高め、電池の電力密度(単位重量当たりの電力)を高めたいと考えている。Rogersらの推定によれば、面積0.25cm2、厚さわずか1µmの大きさで、埋め込み型ワイヤレスセンサーに一日中電力を供給できるようになるという。

野外で利用

生分解性デバイスは環境分野にも応用できる可能性があるとBorensteinは言う。例えば、海上で流出した石油の浄化作業に役立たせるべく、環境当局が油膜に何十万個もの微小ワイヤレス化学センサーを投下するなどの使い方も考えられる。投下された化学センサーは海に溶けるため、回収の必要がない。こうした応用では、空間的制約があまりないので、例えば、セルを数個重ねて1.6Vまで電圧を高めることができる。この電圧なら、発光ダイオードの動作や無線信号の発生に十分である。

マグネシウム電池は有望であるが、唯一の解決策というわけではない。2013年にカーネギー・メロン大学(米国ペンシルベニア州ピッツバーグ)の生体材料科学者Christopher Bettingerは、電極がメラニン色素で作られており、食べることができるナトリウムイオン電池を発表したのだ4。これに対してRogersらは、マグネシウム電池の方が電流と電力密度が高く、寿命が長いと報告している。

いずれのタイプの電池も今後の研究が進み、最終的には無線信号で制御できたり、てんかん発作などの急性症状に応答して投薬できたりするなどのさまざまな機能を持つ「埋め込み型薬物送達装置」が実現されることを、Borensteinは期待している。

翻訳:藤野正美

Nature ダイジェスト Vol. 11 No. 6

DOI: 10.1038/ndigest.2014.140602

原文

Biodegradable battery could melt inside the body
  • Nature (2014-03-24) | DOI: 10.1038/nature.2014.14919
  • Mark Peplow

参考文献

  1. Yin, L. et al. Adv. Mater. http://dx.doi.org/10.1002/adma.201306304 (2014).
  2. Hwang, S.-W. et al. Science 337, 1640–1644 (2012).
  3. Erbel, R. et al. Lancet 369, 1869–1875 (2007).
  4. Kim, Y. J. et al. Proc. Natl Acad. Sci. USA 110, 20912–20917 (2013).