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米国ソフトウエア特許の今後を占う訴訟の口頭弁論が始まった

Credit: THINKSTOCK

米国の最高裁判所が、30年以上の空白を経て、ソフトウエアの特許性という特許法上の最も厄介な問題の1つに再び取り組んでいる。最高裁の判決は、今後の個別化医療に影響を及ぼす可能性がある。

2014年3月31日、米国最高裁で、金融取引上のリスク軽減を目的としたソフトウエアに関する4件の特許をめぐり、Alice Corporation(以下、アリス社)対CLS Bank International(以下、CLS銀行)の訴訟の口頭弁論が開かれる。

米国特許商標庁は、発明に対する商業的保護を安易に認めることで悪名高い。これに対して最高裁は、ここ数年それを抑制する判決を下しており、この訴訟に対する判決はその最新事例となるかもしれない。最高裁は、2012年に医療診断検査法を保護する特許を無効とし、2013年には、自然に存在する遺伝子に対する特許付与という30年来の実務に終止符を打たせているのだ。

今回の訴訟では、最高裁はソフトウエア特許に制限を加える可能性があり、その影響はハイテク業界のみならず医療診断企業にも再び及ぶ、とシカゴ大学法科大学院(米国イリノイ州)の副学部長で知的財産権法を専門とするJonathan Masurは話す。「その重要性は甚大です」。

ソフトウエア特許をめぐっては論争がある。ソフトウエア特許に批判的な論者は、この種の特許は曖昧で、自明な発明(先行技術に基づいてその技術分野の専門家が容易にできる発明)であっても認められる傾向があり、これがイノベーションを妨げていると主張する。それにこうした特許は、パテントトロール(特許を幅広く収集して、それをもとにライセンス料の支払いを強要する事業活動)の誘因にもなっているのだ。また、批判派の中には、コンピュータープログラムは数式の表現にすぎないため、抽象的な観念と見なすことができ、自然法則と同様に特許性がないと主張する者もいる。

一方、最高裁は、1981年の判決で一部のソフトウエアに特許性を認めたため、それ以降、ソフトウエアの特許件数は急増した。

今回のアリス訴訟では、CLS銀行(米国ニューヨーク)が、アリス社(オーストラリア・メルボルン)が所有する4件の特許の無効を主張し、2007年に同社を提訴した。これに対して、アリス社はCLS銀行を相手取り、この4件の特許の侵害を理由とする反訴を提起した。ただし、近年、最高裁が特許性の範囲を狭めることに関心を示していることを思えば(「もっともな懸念」参照)、CLS銀行が有利かもしれない。

また、一部の論者は、この事件を機に最高裁がソフトウエア特許の有効性を判断する際の具体的な基準を提示してくれることを期待する。「これまで、その判断が非常に主観的になされていたことが問題でした。つまり、裁判官が各々の考えで、特許請求の対象となるかどうかを決定していたのです」。こう話すのは、Fenwick and West法律事務所(米国カリフォルニア州サンフランシスコ)のパートナーであるRobert Sachsだ。

CLS銀行は、その主張を補強するため、2012年のMayo Collaborative Services(以下、メイヨ社)対Prometheus Laboratories(以下、プロメテウス社)事件を引用している。この事件では、プロメテウス社が所有する2件の医療診断技術の特許を無効とする判決が下され、医療診断業界に激震が走った。これらの特許は、自己免疫疾患の治療に用いる特定の医薬品の適切な用量を決定するのに欠かせない代謝産物の測定技術を対象としていた。最高裁の9人の裁判官は、全員一致で、この2件の特許が体内での医薬品の分解に関する自然法則に対する権利を主張したものにすぎないとし、特許を無効とした。

もっともな懸念

米国の最高裁判所は、特許を付与できる発明の種類を絞り込んできている。

1972年11月

Gottschalk対Benson事件
コンピュータープログラムは、数学の計算を行うためだけのものならば、特許は与えられない、とされた。

1981年3月

Diamond対Diehr事件
コンピュータープログラムによって制御されたデバイスの特許性が認められた。ソフトウエア特許への道が再び開かれた。

2007年4月

KSR International対Teleflex事件
調節可能なアクセルペダルの特許について、自明すぎるとして無効とされた。

2010年6月

Bilski対Kappos事件
ビジネスモデル特許について、抽象的観念に基づくとして無効とされた。

2012年3月

メイヨ社対プロメテウス社事件
2件の医療診断特許について、自然法則に基づくものとして無効とされた。

2013年6月

米国分子病理学協会対ミリアド社事件
自然に存在する遺伝子は特許の対象にならない、という判断が示された。

2014年

アリス社対CLS銀行事件
ソフトウエア特許に関して口頭弁論が開かれた。

このメイヨ判決が「大きな転機となった」と話すのは、医療診断会社を顧客に持つBarnes & Thornburg法律事務所(ミネソタ州ミネアポリス)に所属する特許弁護士のBrian Dornだ。「動きにくくなりました。この判例を根拠とした出願却下処分を次々と受けているのです」とDornは話す。メイヨ判決の結果、米国での医療診断会社に対するベンチャーキャピタルの投資額が減ったと非難する者もいる。ロンドンを本拠とするコンサルタント会社PricewaterhouseCoopersによれば、2011年に3億9500万ドル(約395億円)だった投資額が2013年には2億7800万ドル(約278億円)に減ったという。

メイヨ判決は、下級審にとっての先例にもなっている。2013年10月に、カリフォルニア州の地方裁判所が、医療診断会社シーケノム(Sequenom;カリフォルニア州サンディエゴ)が保有するダウン症候群の非侵襲的出生前診断に関する著名な特許を無効とする判決を下した際、メイヨ事件の判例および遺伝子に関する特許を無効とした2013年の米国分子病理学協会(Association for Molecular Pathology)対Myriad Genetics(以下、ミリアド社)の判例(Nature 2013年6月20日号281~282ページ参照)を引用した。この地裁判決は、メイヨ判決を厳格に解釈したもので、「今後、裁判所がメイヨ判決をこのように利用していくのであれば、業界の風向きは非常に悪くなると言える」とミズーリ大学カンザスシティー校法科大学院教授で法律学を専門とするChristopher Holmanは話す。

今回のアリス訴訟は、最高裁にとっては、メイヨ判決をどのように解釈すべきかを明確に示すチャンスかもしれない、とMasurは話す。メイヨ事件のような自然法則への特許付与に関する主張には、抽象的な観念に関する判決が適用されることが多い(アリス訴訟でも、そうした判決が下される可能性が高い)。もし最高裁が、例えば、数々の種類のソフトウエア特許を無効とするようなことになれば、医療診断会社はもっと深刻な事態に直面する可能性がある、とMasurは説明する。

コロラド州立大学(フォートコリンズ)で知的財産を研究する農業経済学者Gregory Graffは、最高裁が特許付与を制限する傾向を示していることを懸念する。彼は、米国の特許制度の改革は、一連の極端な判決によってなされるべきではなく、むしろ、さまざまな技術分野の進化に応じた法整備と特許商標庁の手続規定の手直しによることが望ましい、と主張している。「特許性の範囲を狭めるために核兵器を使う必要はないのです」とGraffは話す。

翻訳:菊川要

Nature ダイジェスト Vol. 11 No. 6

DOI: 10.1038/ndigest.2014.140616

原文

Software patents await legal fate
  • Nature (2014-03-27) | DOI: 10.1038/507410a
  • Heidi Ledford
  • 編集部註:ソフトウエア特許の扱いは各国で異なる。日本では、2002年の特許法改正で明確に認められた一方で、欧州では特許性除外の対象であることが明示されている(ただし、コンピューターを作動させる以外に技術的効果や技術的寄与があれば、その対象から外れる)。