News

米国の大麻研究を妨害する連邦政府の官僚主義

マンハッタン島の南端部に位置するニューヨーク大学(米国)のキャンパスには、大麻から抽出した「エピディオレックス」という薬物が入ったガラス瓶が何百本も保管されている。このガラス瓶は、カギのかかった部屋にある重さ0.5tの鋼鉄製の金庫にしまわれ厳重に管理されている。エピディオレックスは、米国連邦政府にとって、「乱用の恐れが極めて高い、世界で最も危険な物質の1つ」である。しかし、同大学の神経学者Orrin Devinskyにとっては、難治性てんかんに苦しむ小児の発作を抑える可能性のある薬物である。

SOURCE: MARIJUANA POLICY PROJECT

GWファーマシューティカルズ社(英国ソールズベリー)が開発したエピディオレックスは、精神機能には影響を及ぼさない。それにもかかわらず、エピディオレックスを使った臨床試験を国と地元の規制当局に申請していたDevinskyは、その認可を得るのにたっぷり半年も待たされ、試験は2014年1月にようやく開始となった。「勘違いしたティーンエイジャーが盗んでいったとしても、期待するような効果は一切得られないのに」と彼は言う。エピディオレックスを包囲する物理的・法律的な制限は、大麻とその誘導体に押された烙印が消えていないことの証拠であり、こうした物質の研究を妨害する壁となり続けている。米国のコロラド州やワシントン州など、大麻の販売と使用の合法化に舵をきった州でさえ、大麻の研究は自由に行えないままだ(「規制と合法化のジレンマ」参照)。

コロラド州の合法的な大麻販売は2014年1月から始まり、その売れゆきは好調という。同州の州議会議員は、エピディオレックスの治療薬としての可能性を検証するための研究に700万ドル(約7億円)を提供する法案の提出を検討している。しかし、その法案が成立したとしても、コロラド州の研究者が地元で栽培された大麻を研究に用いることが許されない現状は変わらないままで、臨床試験の実施に必要な何段階もの行政機関の認可が不要になることはないだろう。連邦麻薬法に従う米国麻薬取締局(DEA)は、大麻をいまだにヘロインやLSDとともに、「現時点で医療目的での使用は認められておらず、乱用の可能性が高い物質」に分類しているからだ。

「全くひどい矛盾です。連邦政府は、私たちが実施できるはずの研究を厳しく制限しているのです」とDevinskyは言う。

ミシシッピ大学(米国オックスフォード)は米国内で大麻の栽培を認可されている唯一の施設であり、米国内での研究に用いられる大麻を育てている。

Credit: UNIV. MISSISSIPPI COMMUNICATIONS

現在、米国連邦政府の認可を受けている大麻農場は米国内ではただ1つで、米国立薬物乱用研究所(NIDA)が運営している。ここで生産された大麻は、契約により研究用としてミシシッピ大学(オックスフォード)に提供される。研究者が大麻株を入手するためには、その研究資金の出所が民間や地方自治体であっても、米国保健社会福祉省(DHHS)もしくは米国立衛生研究所(NIH)の認可に加え、米国食品医薬品局(FDA)の認可を受けねばならない。認可が必要なのは研究者だけではない。研究を行う施設も、DEAと地元の麻薬規制当局から大麻の安全な保管と取り扱いに関する認可を受けねばならない。この認可プロセスには何年もかかることがある。

アリゾナ医科大学(フェニックス)の臨床精神科医Suzanne Sisleyは、そのことをよく知っている。彼女は2011年に、米国退役軍人の心的外傷後ストレス障害(PTSD)の治療に大麻を用いる臨床試験を行う認可をFDAから取得した。けれども、DHHSからこの臨床試験の認可を得られたのは、FDAの認可取得から3年近くが経過した2014年3月のことだった。Sisleyが計画している臨床試験の規模は70人程度で、すでに十分なボランティアが集まっている。それにもかかわらず、連邦政府が唯一認可する大麻株をほんの少し受け取るために、彼女の研究室はこれから、薬物規制当局による視察を受けて合格しなければならないのだ。

NIDAの農場で栽培している大麻株は、大麻の主要な精神作用活性成分であるテトラヒドロカンナビノール(THC)を比較的豊富に含む他、カンナビジオール(CBD)という物質も少量含んでいる。前者はすでに向精神薬などに用いられている一方、後者も治療薬として使える可能性があり、前述のエピディオレックスの主成分でもある。ミシシッピ大学でNIDAの大麻プロジェクトチームを率いるMahmoud ElSohlyは、徹底的な管理下で研究用大麻を栽培することは、その化学的性質を一定に保つのに役立つと説明する。

けれども彼は、そう遠くないうちに、他の種類の大麻、特にCBDの含有量が高いものについても「研究したいので栽培してほしい」という要請が出てくると予想する。近年のデータから、CBDが鎮痙作用、抗炎症作用、疼痛緩和作用を有する半面、THCのように精神機能に作用することはなく、むしろ、それとは逆の作用をもたらす可能性があることが示唆されている1-3。それに加え、小児の難治性てんかんの治療に大麻産物を用いた少数の事例が世に喧伝されたこともあり、CBD含有量の高い大麻株に対する市民の関心は非常に強い。Devinskyらは、子どもの治療のためにとCBDを求めてコロラド州に移住する家族もあるという報告を根拠に、CBDの科学的研究をもっと速く進める必要があると主張する。

ElSholyはすでに、CBCとTHCを同量ずつ含有する種類の大麻を用意している他、2014年中に、CBD含有量が高くTHC含有量が低い種類の大麻の栽培に取りかかりたいと考えている。「これだけ話題になっているのですから、研究者からその栽培を求める声が上がるのは確実です」と彼は言う。

コロラド州の市場には、嗜好品の大麻株(「レモンスカンク」「ゴールデンゴート」「ババクシュ」など)がどっと流れ込んできた。けれどもこれらは、研究用大麻の空白を埋める役には立たないだろう。というのも、コロラド大学は2014年3月、NIDAの大麻株だけでは州内の人々が入手・利用する多種類の大麻株が有する薬理作用は研究できない可能性があるとの認識を持ちながらも、連邦政府が認可したルートでのみ研究を行うようにと教職員に指示したからだ。同大学のスポークスマンKen McConnellogueはその理由を、「連邦政府から財政援助と研究助成金を受ける大学として、私たちは連邦法を遵守しなければならないからです」と説明する。

そんなコロラド州とワシントン州で今後盛んになりそうな研究分野は、公衆衛生学である。大麻の入手が容易になることで、社会が大麻に対して寛容になり、どちらの州当局も大麻に関する大規模データを入手できるようになる。彼らは現在、大麻の使用率がどのように変化するかを長期的に追跡する調査・研究を行う準備をしている。コロラド大学(米国オーロラ)の臨床薬理学者Laura Borgeltは、「大麻の使用者が増えるにつれ、人々は大麻を使用していることを打ち明けやすくなります」と言う。彼女は、妊娠中の女性による大麻の使用が子どもの発育にどのような影響を及ぼすかを調べたいと考えている。

その他の興味深い研究テーマとしては、アルコールや他の薬物の使用、自動車事故や危険行動の傾向、学校の成績などが、大麻の使用によって変化するかどうかを調べるものがある。コロラド州とワシントン州による大麻の合法化は、自然の疫学的実験であるとも言える。NIDAは去年、この2つの州で上に列挙したような問題のいくつかを調べるため、5つの研究グループに100万ドル(約1億円)以上の追加助成金を提供した。

大麻の使用と販売が合法化されたことによる影響は、予測したくても利用できるデータがほとんどない。カリフォルニア大学バークレー校(米国)の社会心理学者Robert MacCounによるオランダの「寛容政策」の研究からは、同国における大麻の消費量が、大麻を販売する「コーヒーショップ」が広まった1980年代に増加したことが示唆されている4。けれども全体としては、オランダにおける大麻使用者の割合は、他の欧州諸国と同程度にとどまっている。

MacCounによると、オランダと米国では文化が異なるため、オランダでの知見を米国にそのまま当てはめることはできないという。彼の研究グループは、すでにワシントン州における薬物使用のパターンの分析に着手している。彼は、コロラド州の研究者のデータを見るのを楽しみにしている。「こうした研究から何が明らかになるのか、非常に興味深いです」とMacCounは話す。

翻訳:三枝小夜子

Nature ダイジェスト Vol. 11 No. 6

DOI: 10.1038/ndigest.2014.140614

原文

Federal red tape ties up marijuana research
  • Nature (2014-03-27) | DOI: 10.1038/507407a
  • Helen Shen

参考文献

  1. Izzo, A. A., Borrelli, F., Capasso, R., Di Marzo, V. & Mechoulam, R.Trends Pharmacol. Sci. 30, 515-527 (2009).
  2. Hill, A. J., Williams, C. M., Whalley, B. J. & Stephens, G. J. Pharmacol. Ther. 133, 79-97 (2012).
  3. Niesink, R. J. & van Laar, M. W. Front. Psychiatry 4, 130 (2013).
  4. MacCoun, R. J. Addiction 106, 1899-1910 (2011).