Editorial

研究データを共有する際の礼儀作法

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登山経験者なら、ようやく頂上にたどり着いたと思ったら、その先に本当の頂上が見えてガックリしたことがあるだろう。オープンアクセスという方法で研究成果を発表しようとしている科学者も似た経験があるのではないだろうか。研究論文を公開し共有するという大目的を達成した後に、オープンデータ、つまり研究データの一般公開というさらなる高みと向かい合わねばならないからだ。

研究データのオンラインでの一般公開は、多くの研究分野では研究論文のオープンアクセス化のもう一段上の話である。ただ、生物学者は日常的に、DNA塩基配列データを公開リポジトリ(例えば、GenBank)に登録して、科学者全員のためのコモンズ(共有地)を作り出している。研究テーマ別のリポジトリは今や600以上存在し、それぞれコミュニティーの基準に従って運営されている。

それでも、Public Library of Science(PLoS)が2014年3月に発表したデータ共有強化の方針に対する反応からは、オープンアクセスを熱烈に支持する研究者ですら「完全なオープンデータ」に躊躇していることが見て取れる。PLoSの新方針は、論文を投稿する著者は、論文の全ての基礎データを発表時にオンラインで公開しなければならない(ただし、守秘義務のある臨床試験参加者の個人情報などは除く)というものだ(go.nature.com/rd27aa)。こうした義務はMolecular Ecologyなどでは何年も前に定められているにもかかわらず、PLoSの新方針によって激しい議論が巻き起り、オンラインでのデータ共有の実践と倫理に関する重要な未解決論点が浮き彫りになった。

数年前に実施された調査では、研究データをオンライン投稿しない理由として、科学者は時間と資金の不足や技術上の障害を挙げた(C. Tenopir et al. PLoS ONE 6, e21101; 2011)。データ作成に時間がかかるのは今も変わらないことだが、それ以外の言い訳は通用しなくなってきている。現在、汎用のデータ保管サイト(例えばDryadやfigshare)は安価な料金あるいは無料で利用でき、あらゆる種類のデータセットに対応している。一方、データジャーナルは、従来の方法を好む人々にも受け入れられつつある。そして他の研究者のデータセットを引用する際の基準も登場した(Nature 2013年8月8日号243~245ページ参照)。

だが、克服が難しいものもある。データ作成者の心に渦巻く「データ所有権者としての感情」と「出し抜かれることへの恐怖」だ。今後10年は安泰と考えていた作成者にとって、別の研究者がオンラインでデータを即座に入手できるとなれば、苦労が水の泡となるかもしれないわけだ。とりわけ、キャリアの浅い研究者、それに小規模な生態学や環境科学の研究所でユニークなデータセットを用いて研究を行う者にとって死活問題に直結する。

こうした恐怖の背景には、「自分のデータが再利用されても、自分の名はクレジット表記されないのではないか」という懸念がある。さらに、リサーチ・アドミニストレーター(企業や機関で資金獲得のための研究戦略立案を担う役職)たちは、研究論文の著者に大きな意味を見いだす。よって、著者ではない研究者の粒粒辛苦のデータセットに大きく依存し、その研究者から論文発表の機会を奪ってしまったかもしれない論文が発表された場合、たとえその研究者が引用されていたとしても、彼らには評価されない可能性が非常に高い。

これらの問題に対処するには、それぞれのコミュニティーで、データ共有に関わる倫理の問題を議論し、その際の礼儀作法について合意を形成することが必要だ。例えば、ある研究者が別の研究者のデータに依存する場合には、データ提供者を共著者として招聘することを標準的な慣行にするという考えがある。生態学者のC. DukeとJ. Porterは、そうした招聘を決定する際のガイドラインをBioScience誌上で提案した。彼らはそこで、①新たに実施された解析にとって提供者のデータが不可欠であること、②データがユニークあるいは特に新規なこと、③提供者が研究論文の草稿と最終版の承認を通じて論文原稿の作成にしっかり参加していること、などを挙げた。また、PLoS Biology誌上では生態学者D. Rocheが研究者に対し、既存データを再利用していることを開示し、データの生成者と再利用者とのコミュニケーションを改善することを呼びかけた。

現在Natureは、コミュニティーに組織化されたデータリポジトリが存在する場合は、そこにデータを登録することを義務付けている(そうでない場合は、推奨している)。世界最高峰を極めるには、適切な安全対策と、最終目的地までの明確な地図を用意することが必要なのだ。

翻訳:菊川要、要約:編集部

Nature ダイジェスト Vol. 11 No. 6

DOI: 10.1038/ndigest.2014.140629

原文

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  • Nature (2014-03-13) | DOI: 10.1038/507140a