News

海に広がる地震観測網

設立から四半世紀を経て、米国の研究機関が主導するグローバル地震観測網(Global Seismographic Network;GSN)が、ついにその名にふさわしい存在になる希望が見えてきた。現在、GSNには150カ所以上の観測ステーションがあり、地震や核実験による震動を記録したり、地球物理学者が地球の内部を想像する役に立ったりしているが、全ての観測ステーションは陸上にしかないため、観測できる範囲は限られている。新しい方式の地震観測システムが完成すれば、近い将来、海という巨大な盲点を解消してくれると期待が高まっているのだ。

新しい観測システムは比較的安価で、2014年4月から6月にかけて実地試験が行われることになっている。スクリプス海洋研究所(米国カリフォルニア州ラホヤ)の地球物理学者John Orcuttは、本当の意味で「地球規模の観測」が可能になる日を待ちわびている。「陸地は地球表面の30%を占めているにすぎません。この部分しかカバーしていない観測網で、地球内部の仕組みを解明するのは非常に困難です」と彼は言う。

地震学研究連合(IRIS;米国ワシントンD.C.)と米国地質調査所(USGS;バージニア州レストン)が共同で運営するGSNは、当初は地球全体をカバーできるように観測ステーションを設置する予定だった。けれどもその後、海底に永久的に地震計を設置するには膨大な費用がかかることが判明した。海底の地震計から海面のブイまでリアルタイムにデータを送信するには数千mのケーブルが必要であり、大型の観測装置を海底に設置するには高価な調査船を使わなければならない。GSNの設立当初からプロジェクトに関わっているスクリプス研究所(米国カリフォルニア州ラホヤ)の地球物理学者Jonathan Bergerは、「調査船の運航時間はとんでもないことになります」と言う。ニース=ソフィア・アンチポリス大学(フランス)の地球物理学者Guust Noletによると、海底に約400km間隔で2250カ所の地震観測ステーションを設置し、それらを維持するには、5年間で7億~10億ドル(約700億~1000億円)の費用がかかるというのだ。

法外な値札を突きつけられた研究者らは、妥協せざるを得なかった。彼らは、ケーブルでリアルタイムにデータを送信することを諦め、代わりに、船を使って観測地点まで装置を運び、それを海底に置いて一定期間データを蓄えさせる方式にした。データの取得は通常は1年に1回で、船で観測地点を訪れて海底の装置を回収する。現在は、数百カ所のステーションが常時観測を行っている。最も多くのステーションを監督しているのが、全米科学財団(NSF)から資金提供を受けている海底地震計共同管理機関(OBSIP)である。海底の装置に一時的にデータを蓄えるこうした地震観測ステーションは、地震が地球の隅々に反響する過程を追跡するなどの過去にさかのぼって経時的変化を追う「遡及的(retrospective)」分析に便利であり、マントル内部の溶融したプルームの位置を計算するのに役立っているが、地震のモニタリングなど、リアルタイムのデータを必要とする研究には利用できない。

地震のモニタリングに関しては、日本やカナダなどの数カ国が、多数の観測ステーションを沖合に並べた高価な観測システムを敷設している。そうした観測装置は、光ファイバーケーブルで電力を受け取ったり、データを送信したりするようになっている。米国も間もなく、NSFの海洋観測イニシアチブの一環として、独自の観測ステーションアレイを設置する予定である(Nature 2013年9月26日号480~482ページ)。けれども地球全体のモニタリングのためには、より実用的で経済的な方法が求められていた。

Bergerは近年、自律展開式深海地震観測システム(Autonomously Deployed Deep-Ocean Seismic System;ADDOSS)の実地試験を広い範囲で開始した。ADDOSSは、波の動きを推進力に変換する「グライダー」を使用する。グライダーは、水中に沈んでいる部分と海面に浮かぶサーフボード大のフロートからなり、フロートはソーラーパネルとGPSを搭載していて、海底の地震計からのデータを無線で取得することができる(「海中の地震観測システム」参照)。このシステムはリキッド・ロボティクス社(米国カリフォルニア州サニーベール)が開発したもので、その重量は特殊な調査船でなくても設置・管理が可能な程度である。グライダーには、問題が発生したら岸に向かって「泳いで」くるようにプログラミングを施すことができる。Bergerによると、観測地点までグライダーで引っ張っていくことが可能な滑らかな形の海底地震計についても、まだ製作していないものの設計済みという。

カリフォルニア大学サンタクルーズ校(米国)の地震学者Thorne Layは、このプロジェクトには参加していないが、「ADDOSSの技術は、基礎科学研究と地震災害研究の両方において、長年夢見てきたことをついに可能にしてくれるものです」と期待する。沖合で発生する小さな地震は、陸上の観測装置では検出できない。海の観測ステーションは、こうした地震の検出を可能にし、地球のマントルについて多くの発見をもたらすだろうと彼は言う。

Bergerは、ADDOSSの最初の長期試験を2013年10月から行っていたが、グライダーに問題が生じて中断している。再挑戦は2014年5月か6月の予定だ。順調に進めば、世界中の海の20カ所に約2000km間隔で観測ステーションを設置したいと考えている。各観測ステーションの設置・管理費用は20万ドル(約2000万円)未満であり、GSNの陸上に設置済みの観測ステーションと同程度だ。

一方のNoletは、MERMAID(Mobile Earthquake Recorder in Marine Areas by Independent Divers)というシステムによって、さらに安価に海をカバーしようと試みている。MERMAIDでは、水中聴音機を搭載したフロートを海に浮かべる。フロートは海底の動きを検出する装置ではなく、海流に乗って浮動しながら、大きな地震や近くの地震からの圧力波を検出する。Noletは、こうした装置が300台あれば、2400万ドルで地球全体をカバーできると見積もっている。彼は2013年12月、インド洋で4台のフロートの試験を行い、荒れた海のノイズを通して地震の「音を聞く」ことに成功した。

Noletは2014年4月に、さらに10台の装置を配備し、ガラパゴス諸島の地下にあるマントルプルームのイメージングを行う予定である。プルームをマッピングするこれまでの試みには、OBSIPが用いられていた。USGSの地震学者Cecily Wolfeは、「OBSIPは素晴らしいプログラムですが、莫大な費用がかかる上、何でもできるわけではありません」と指摘する。彼女はこの観測網を利用して、ハワイの地下にあるプルームの研究を行った。将来的には、NoletのMERMAIDやBergerのADDOSSのような技術によって、同じような研究をもっと安価に実施できるようになるかもしれない。さらに、これらの観測データをOBSIPの観測データとあわせて解析することで、研究者は観測範囲の外からくる地震信号による「汚染」を認識して除去することもできるだろうとWolfeは説明する。

Orcuttは、新しい技術がうまくいけば、地球科学は大きく変貌すると予想している。けれども、新しい観測システムがその能力を十分に発揮できるようになるまでには、しばらく時間がかかるだろう。「いろいろなことが明瞭になってくるまでには、20年は観測を続ける必要があるでしょう」と彼は言う。

翻訳:三枝小夜子

Nature ダイジェスト Vol. 11 No. 6

DOI: 10.1038/ndigest.2014.140608

原文

Global seismic network takes to the seas
  • Nature (2014-03-13) | DOI: 10.1038/507151a
  • Nicola Jones