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健常者10万人を調べるプロジェクト

Nature ダイジェスト Vol. 11 No. 5 | doi : 10.1038/ndigest.2014.140512

原文:Nature (2014-02-13) | doi: 10.1038/506144a | Medicine gets up close and personal

W. Wayt Gibbs

長期的な試験により健常者を詳細にモニタリングし、その結果に対処するよう頻繁に働きかけることで、究極の個別化医療を実現しようという取り組みが始まった。

HPWPは、病気を初期のうちにたたく、究極の個別化医療につながる可能性を秘めている。

Credit: ISTOCK/THINKSTOCK

非営利団体であるシステムズ生物学研究所(ISB;米国ワシントン州シアトル)の創設者で所長を務めるLeroy Hoodは、自らがP4医療と呼ぶものの話が好きだ。それは、predictive(予測的)、 preventive(予防的)、personalized(個別化)、participatory(参加型)のヘルスケアのことだ。今日の医療では、基本的に病気の症状に促されて医療介入が行われるため、医療介入は低頻度で病気に関連のあるもののみになっている。それに対してHoodは、全ゲノム配列解読とバイオマーカーをフル活用した連続的な健康管理によって、病気が足場を固める前にそれを治すことを提案している。

SOURCE: INSTITUTE FOR SYSTEMS BIOLOGY

2014年3月、Hoodはその構想に関する最初の大きな検証に乗り出す。それはハンドレッド・パーソン・ウェルネス・プロジェクト(Hundred Person Wellness Project;HPWP)と名付けられた9カ月間にわたる予備的な試験で、100人の健常者を集中的にモニタリングし(「命を調べる」参照)、定期的なフィードバックを行って、食事や睡眠の習慣などの生活様式に改善を促すカウンセリングを行うものだ。そして、カウンセリングなどの介入による行動の変化が健康に与える影響を、一連の診断検査によって追跡する。

HPWPの試験では、一般的な治験デザインで定められる盲検化や無作為化を行うこともなければ、対照群も用意しない。しかしHoodは、HPWPには医療の古いしきたりを破るだけの威力があることを確信している。「対処可能な段階での介入が個人の健全性をどのように変化させたのか、あるいは病気を避ける方法をどのように意識させたのかについて、ストーリーの全容が明らかになることを期待しています」とHoodは話す。

100人を調べる予備的な試験が期待どおりに行われれば、試験をさらに拡張し、25年をかけて、モニタリングする被験者が10万人に達するまで、数段階に分けて実施する予定である。ISBは最初の100人について、非公的な寄付によって費用を負担することにしており、1人当たり約1万ドル(約100万円)の予算を組んでいる。Hoodは、大型の試験であれば、スケールメリットと診断技術の急発展により、そのコストが劇的に下がるはずだと考えている。しかし、一世代にわたる試験にかかる数億ドルの資金調達が容易でないことは承知している。

予備的な試験の段階でさえ、このプロジェクトはとてつもなく徹底的なものだ。最初にISBは、参加者1人1人の全ゲノム配列を解読する。Hoodによれば、その後の段階では、エピジェネティクス的な検査を行い、メチル化などのDNA修飾(環境への暴露を反映するものもある)も調べるという。しかし、そのデータですら、それまでに収集されるデータ量に比べれば、ごく小さなものだ。

参加者には、運動や心拍数、睡眠パターンを連続的に記録するデジタル機器を装着してもらい、そのデータを定期的にISBのシステムにアップロードしてもらうことになっている。また研究者は、参加者から3カ月ごとに血液、尿、唾液、便の検体を収集し、唾液と尿については5種類の生化学的物質を分析し、便検体についてはDNA配列の解読を行って腸内の主要な微生物種の生態を追跡する。さらに、血液化学的スクリーニングは通常のコレステロールやグルコースの検査よりもはるかに細かく行い、C反応性タンパク質(高レベルの炎症を示す)など、普通はあまりモニタリングされない値も20項目検査する。また、マウスや細胞のモデルによって健康から病気への移行を高感度に検出可能なことが示されている臓器特異的なタンパク質についても、約100種類をモニタリングする。

HPWPの試験、およびP4医療全般で重要なのは、そうした変化を捉えて症状の発現前に対処することだ。そのために参加者(多くはソーシャル・メディアで募集した米国シアトル地区の居住者)は、全てのデータポイントを自分の個人的「クラウド」で閲覧することができる。十分な科学的訓練を受けてその中に飛び込み、自分のデータを自分で解釈する人もいるだろう。しかしHoodは、結果の解釈と医学的治療や食事・行動の変化のアドバイスについて、ISBが紹介する健康管理指導者や参加者それぞれのかかりつけ医に頼る人が多いだろうと予想する。

ワシントン大学医学系大学院(米国ミズーリ州セントルイス)の公衆衛生科学部門を率いるGraham Colditzは、「HPWPの試験で最も驚くことは、そうしたマーカーの一部について、3カ月ごとに繰り返し評価を行うことです」と語る。Colditzは、看護師衛生試験の主任研究者を務めていた。この試験では、37年にわたり、2年に1回のアンケートによって米国の約12万人の看護師を追跡し、部分集団からは、足指の爪の収集を1回と採血を2回行った。

一方で、参加者全員にフィードバックを行い、試験の最中に変化を促すISBの試験では、何が有効で何が有効でなかったかについての結論が得られなくなるのではないか、と懸念する研究者もいる。またColditzも、個別的な指導を受けない対照被験者がいない上、分析すべきデータの流れが大量かつ複雑であることから、データ中の真のシグナルをノイズから分離するのは困難なのではないかと考えている。

Hoodは、その問題が実際に起こる可能性を承知している。しかし彼は、既存の臨床試験システムについて、被験者の遺伝的背景と環境の違いを考慮に入れることができないため「完全に破綻している」と反論する。さらにHoodは、HPWPがそうした違いの重大さを認識しており、各参加者に対しその人自身の実験として取り扱うのだと付言する。「私たちは、参加者ごとに極めて注意深く追跡を行いますから、参加者がどう対処するかを把握することができるのです」とHoodは言う。

スタンフォード大学医学系大学院(米国カリフォルニア州)のシステム医療の責任者であるAtul Butteは、Hoodを温かく見守りたいと考えている。この種の革新的な試験は、病気の最初の手掛かりを実際に拾い上げるかもしれない、とButteは言う。「HPWPは、試験終了後に、試験から得られた知見を1つの特定の形に集約して参加者全員に提供する一般的な治験とは異なります。参加者全員がそれぞれ個別的な形で利益を享受できることを示せるかもしれないのです」とButteは説明する。

しかし、試験参加者の一部は、自分の活動や状態をつぶさに記録する「クオンティファイド・セルフ(自己定量化)」運動の先駆けであるカリフォルニア大学サンディエゴ校(米国)のコンピューター科学者Larry Smarrのような経験をする可能性もあり得る。Smarrは、血液、DNA、それにごく最近では便の検体を採取することにより、14年間にわたって自分の生物統計学的指標を定期的に測定してきた。そしてその結果を受けて、運動量を増やしたり大胆に食事を見直したりした。体を詳しく調べて生活を変化させることで、11kgの減量という大きな成果が得られたのである。

しかしそのおかげで、ギョッとするような免疫活性のスパイクと、腸内の異常な微生物環境が発見されることにもなったという。「10%ほどが大腸菌だったのです。健常者の平均は0.06%です」。医師からは遅発性のクローン病(大腸や小腸の粘膜に慢性的な炎症や潰瘍を生じる疾患)と告げられた。それについてSmarr自身は、食事の変化によって生じた可能性を疑っている。何としても自分の消化器系を回復させたい彼は、ISBのHPWP試験への参加を熱望している。

Hoodによれば試験には若干の残席があり、Smarrの参加を歓迎するという。「私は65歳ですから、(その長期の試験が終わりを迎えるまで)あと25年生きていられるかどうか定かではありません。しかし、私の状態が悪化するのを観察してデータをとるのは有意義かもしれませんよ」とSmarrは話している。

(翻訳:小林盛方)

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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