Editorial

クラウドソーシングによる数学研究から学ぶべきこと

Nature ダイジェスト Vol. 11 No. 5 | doi : 10.1038/ndigest.2014.140529

原文:Nature (2014-02-27) | doi: 10.1038/506407b | Parallel lines

数学分野でのオンライン共同研究プロジェクト「Polymath」には、大いに参考にすべき特徴がある。

Credit: THINKSTOCK

数学の分野で、クラウドソーシングの手法を初めて導入したPolymathというプロジェクトが進められている。このプロジェクトでは、コーディネーターが設定した問いに対し、解を得るのに役立つと思われる発想や結果を誰でも投稿できる。一見すると、他の科学分野で何年も前から行われていたことを数学でもようやく採用しただけのことに思える。だがPolymathには、時代の先を行く側面がある。Polymathではこれまで9つの課題が提起され、全てに解が得られたわけではないが、「失敗」からも新たな成果が生み出されてきた。つまり、Polymathの参加者全員の努力は最高レベルの技術を集めた真の共同研究といえ、この点が大半のクラウドソーシング活動と異なる。

商業的なクラウドソーシング活動の場合、大部分は競争的で、賞金が設定されていることも多く、参加者はそこで「勝利」を競う。多くの場合、優勝者の発想はすぐに実用化できるものではないため、クラウドソーシングで真に有益な解を得られるとは限らないとの感想を漏らす利用者もいる。参加者は、実用化を目指す動機や時間がある人たちばかりではないのだ。

一方、Galaxy Zoo(銀河の形態的分類)、Foldit(タンパク質構造の予測)などのクラウドソーシング活動の場合、専門知識は必要としないが人手を要する。この手法は便利だが、科学を前進させる新たな概念は導き出せない。

大勢の人々の「英知」(単なる労働かもしれないが)を利用する活動にはそれぞれ果たすべき役割があるが、Polymathには、他の研究分野が学べる特徴が確かにある。その1つが、公開性が生み出す価値だ。Polymathのシステムは完全に民主主義的で、誰もがプロジェクトの提案や調整を行うことができる。Polymathの創始者Timothy Gowersは、「設定された課題について言いたいことがあれば、誰でも投稿できます。たとえ未完成の考えであっても、誤っている可能性のある発想であっても投稿できるのです」と説明する。これまでにPolymathで扱った課題はシニア研究者が提起したものだが、経験の浅い若い人々でも参加しやすい気風がある。

何より、Polymathで課題解決に用いられるのは対話であり、競争ではない。つまり、単なる問題解決活動でも、問題解決を中心とした活動でもない。むしろ、発想を分かち合う活動なのだ。「他の研究分野とのつながりや文献を集積できることが1つの強みです。従来の小規模な共同研究では偶然に頼るしかありませんでした」と、Polymathのもう1人のコーディネーターであるTerence Taoは話す。一方、この活動の限界に言及する参加者もいる。ヘブライ大学(イスラエル・エルサレム)のGil Kalaiは、「真に新しい発想が必要なプロジェクトでは、まだ大きな成功がありません。それを考慮すると、Polymathは具体的な問題を解くのではなく、理論の構築に的を絞った方がよいのかもしれません」と話す。

クラウドソーシングを対話のために最初に利用したのが数学者だったことは意外ではない。数学という研究分野は比較的小さく、連帯感が強い上、それほど競争が激しい分野ではなく、以前から活発なブログのコミュニティーもあった。それに、デジタルなペンと紙さえあれば、オンラインで課題に取り組むことができる。では、この手法で、例えば、実験室での作業を必要とする化学の課題を解決できる可能性はあるのだろうか?

Polymathで解の見つかった課題の一部は、小さく分割でき、個々の研究者が独力で取り組めるものだった。これと似ているのが、段階的に化学反応を組み合わせてより複雑な化合物を生成する有機化学合成だ。1944年、ロバート・バーンズ・ウッドワードとウィリアム・デーリングによりキニーネの全合成法が発表された。当時、複数段階からなるキニーネの合成プロセスは、すでに多くの研究者によってほとんど完成されており、彼らの報告は、実際は、最後の空白部分の合成プロセスの解明に基づいた主張であった(化合物自体の生成に基づいたものではなかったため、その後論争が巻き起こった)。こうした全合成では、Polymath的手法の方が効率的かもしれない。しかしそのためには、コミュニティーに浸透している「競争」「勝利」といった意識を変える必要がある。例えば、1994年に発表されたタキソールの全合成の場合では、そうした意識が強く表れていた。

Polymathは、百花繚乱の意見の中で最も香しいものだけを選択する活動ではないし、参加者が一致団結して課題に取り組む活動でもない。市場の力ではなく、助け合いによって高い効率を達成した、クラウドソーシングの一例なのだ。

(翻訳:菊川要、要約:編集部)

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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