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宇宙急速膨張の証拠、検出される

南極点近くに設置されたBICEP2電波望遠鏡(手前)。後方は南極点望遠鏡。日没時に撮影。

Credit: STEFFEN RICHTER/HARVARD UNIVERSITY

宇宙は、その誕生直後のごくわずかな時間のうちに、インフレーションと呼ばれるすさまじい膨張を起こしたとする説が有力視されている。ハーバード・スミソニアン宇宙物理学センター(米国マサチューセッツ州ケンブリッジ)の研究者ら米国を中心とした国際共同研究グループはこのほど、宇宙が生まれて間もない時代から地球に届く「宇宙マイクロ波背景放射」を、南極点近くに設置した電波望遠鏡で観測し、宇宙マイクロ波背景放射の中に重力波が残した痕跡を初めて検出したことを報告した。その痕跡は、インフレーションが起こったことを裏付ける確かな証拠になる。

宇宙は138億年前に極微の大きさで生まれ、直後にインフレーション、続いてビッグバン(火の玉宇宙)になり、インフレーションに伴って重力波が生じたと考えられている。今回観測されたのは、宇宙をさざ波のように広がり続けている重力波が、宇宙誕生から約38万年後に残した痕跡だ。

宇宙誕生から38万年後の時点では星はまだ誕生していなかった。この頃、物質は宇宙に薄いプラズマ(水素やヘリウムの原子核と電子などの電離気体)として広がっていたが、宇宙が冷えるにつれて原子核と電子が結合して中性の原子になったため、光はプラズマに妨げられずに遠くまで進めるようになった。こうして、白熱したプラズマから光が放出された。ビッグバンの残光といえるこの光は、その後138億年にわたって宇宙を旅する間に宇宙の膨張によってマイクロ波にまで波長が伸び、現在、宇宙マイクロ波背景放射として地球で観測される。今回、この宇宙マイクロ波背景放射の中に重力波が残した痕跡が見つかった。

量子現象であるインフレーションが重力波を作ったという事実は、重力が他の自然界の基本的な力と同様に量子的性質を持っていることを示している、と専門家は指摘する。さらに、重力波を捉えることは、地球上でのあらゆる実験装置で到達可能なエネルギーよりもはるかに高いエネルギーでの相互作用を調べる窓になる。また、研究チームがインフレーションを確認した方法は、それ自体に大きな意義がある。重力波は、アインシュタインの一般相対性理論によって予言されていた重要な現象だが、その検出は難しいからだ。今回の成果は、重力波が存在することを証明する、現時点で最も直接的な証拠でもある。

マサチューセッツ工科大学(MIT;米国ケンブリッジ)の理論物理学者で、1980年頃にインフレーション理論を提案した1人であるAlan Guthは、「今回の成果は、宇宙の始まりにインフレーションが起こったという描像が間違っていないことを示す、全く新しい、独立な証拠です。今回の成果は、間違いなくノーベル賞に値します」と評価した。

重力波が残した渦

Guthのアイデアは、宇宙はその誕生後、10-35秒ほどの間に指数関数的な速度で拡大し、原子よりもはるかに小さな大きさからサッカーボール大にまで、数十桁も膨張したというものだ。この理論により、観測可能な宇宙はなぜ端から端まで一様なのかなど、長年にわたって未解決だった複数の宇宙論の難問が解決する。インフレーション理論は、宇宙論に関わるこれまでに得られた全てのデータと矛盾しないものの、この理論を裏付ける決定的な証拠は見つかっていなかった。

SOURCE: MARKUS PÖSSEL/EINSTEIN-ONLINE.INFO

しかし、インフレーションが起こったのであれば、特徴的な痕跡を残しているはずだということが分かっていた。初期宇宙の時空の量子揺らぎがインフレーションで引き伸ばされて重力波が生じていたはずで、この重力波は特に原始重力波と呼ばれている。重力波は、空間を一方向には圧縮し、その垂直方向には引き伸ばす(上図「重力波の効果」参照)。原始重力波は、今でも宇宙空間を伝播しているはずだが、弱過ぎて直接検出することはできない。しかし、原始重力波は、宇宙マイクロ波背景放射に特徴的なしるしを残していると考えられた。放射の偏光(電磁場の振動方向の偏り)に、Bモードと呼ばれる、渦状のパターンを示す成分を生じさせたはずなのだ(下図「見えた重力波」参照)。

SOURCE: BICEP2 COLLABORATION

2013年7月、南極点近くに設置されたもう1つの望遠鏡、南極点望遠鏡(SPT)が、宇宙マイクロ波背景放射の中のBモード偏光を初めて検出した(NatureのNewsを参照。http://doi.org/rwt; 2013)。しかし、見つかったBモード偏光の角度スケール(現象の特徴的な大きさ)は1度(月の見かけの大きさの約2倍)未満と小さく、手前にある銀河が空間を曲げて起こる重力レンズ効果によるものだとされた(D. Hanson et al. Phys. Rev. Lett. 111, 141301; 2013)。原始重力波によるBモード偏光の角度スケールはもっと大きく、1度から5度と予想されていた。

ハーバード・スミソニアン宇宙物理学センターのJohn Kovacらは今回、BICEP2と呼ばれる電波望遠鏡(口径26cm、主要部分の全長1.2m)を使って、まさしくこの角度スケールを持つBモード偏光を検出した。この観測は2010年から2012年にかけて行われた。BICEP2電波望遠鏡は、南極点から800m、競争相手の南極点望遠鏡からわずか20mほどの場所に設置されている。

微弱なBモード偏光を検出するためには、1000万分の1ケルビンの精度で宇宙マイクロ波背景放射を測定し、銀河の塵など、他のマイクロ波源と原始重力波の効果とを見分ける必要がある。

同センターの宇宙物理学者Daniel Eisensteinは、「重要な問題は、原始重力波のBモード偏光のように見えるものが前景にないかということです。しかし、私たちは今回のBモード偏光が、他のマイクロ波源によるものである可能性をほぼ除外することができました」と話す。研究チームは、512個の超伝導マイクロ波検出器のアレイであるBICEP2電波望遠鏡を、サザン・ホールと呼ばれる空の領域に注意深く向けた。サザン・ホールでは、観測のじゃまになる銀河などからの偏光がとても少ないからだ。彼らはまた、得られたデータを、以前行ったBICEP1観測で得られたデータと比較し、塵が出すマイクロ波は異なる色とスペクトルを持つはずだということも示した。

さらに同研究チームは、新たに開発した、より高感度な偏光観測用電波望遠鏡ケックアレイでも観測を始めており、ケックアレイで得られた偏光データもBICEP2のデータと同じ特徴を示しているという。ケックアレイは2012年に南極に設置され、今後さらに2年間観測を続ける予定だ。「他の2つの望遠鏡で同種の偏光が観測されたことから、今回の結果は信頼性が高いと考えています」とKovacは話す。

南極点望遠鏡の研究チームのリーダーである、シカゴ大学(米国イリノイ州)の天文学者John Carlstromは、「今後細かい点を詰める必要がありますが、私が把握している範囲で判断すれば、今回の成果は私たちが探していたものである可能性が極めて高いと思います。つまり、インフレーションが起こした重力波の発見です」と話す。

宇宙の始まりに迫る

ジョンズホプキンス大学(米国メリーランド州ボルティモア)の宇宙論研究者で、原始重力波の痕跡が宇宙マイクロ波背景放射にどのように現れるかを初めて計算した研究者の1人であるMarc Kamionkowskiも、「私には、今回の発見はどうみても真に確実な結果に思えます。ダークエネルギーの存在や宇宙マイクロ波背景放射の発見と同じくらい価値のあるもので、数十年に一度の発見といえるでしょう」と話す。

BICEP2電波望遠鏡が観測した偏光は、インフレーションによって生じた重力波によるものとみて全く矛盾はないが、研究者たちは当初、その強度に驚いた。偏光の強度に対応する量が、以前の観測から見積もられた値の2倍近かったからだ。この量は、原始重力波の強度でもある。理論研究によると、原始重力波の強度から、宇宙がインフレーションの間にどれほど速く膨張したかや、インフレーションのエネルギースケールが分かる。シカゴ大学の宇宙論研究者Michael Turnerは「原始重力波の強度からインフレーションがいつ起こったかを正確に知ることができます」と話す。今回の結果に照らせば、インフレーションが起こったのは宇宙が始まってから約10-37秒後で、そのときの温度はエネルギーにして約1016ギガ電子ボルト(GeV)に相当する、と彼は説明する。これは、素粒子の大統一理論において、自然界の4つの基本的な力のうち3つ(弱い力、強い力、電磁気力)が互いに区別がつかなくなると予想されているエネルギーと同じだ。

MITの宇宙論研究者Max Tegmarkは、「インフレーションは量子力学の支配下で起こったものであり、今回、その時代に重力波が発生したという証拠を捉えたことは、量子重力理論の最初の実験的証拠になります」と指摘する。つまり、他の3つの基本的な力と同様に、重力も本質的には量子力学的現象だということを示している。しかし、一般相対性理論と量子力学をどのようにして理論的に統一すればいいのかは、まだ分かっていない。

研究チームは、2014年3月17日にハーバード・スミソニアン宇宙物理学センターで記者会見を開き、今回の発見を報告した。また、その直前には、科学者を対象に専門的な報告を行い、研究結果についての複数の論文も発表している。インフレーションの痕跡を見つけようと競っていた研究グループには、南極点望遠鏡の他、気球で運ぶ観測機器を使うグループ、地上の観測機器を使うグループ、欧州宇宙機関(ESA)の宇宙背景放射観測衛星プランクを使うグループなど、数多くの研究グループがあった。BICEP2チームは、そうした他の研究グループに先んじた。

今後、Bモード偏光のより大規模な分布図(特にプランクを使ったチームが2014年のうちに発表するとみられている全天サーベイ結果)が得られれば、インフレーションがどのように進み、何がそれを駆動したかについて、さらに手掛かりとなるはずだ。今回の発見は、かつてなかったほど宇宙の始まりに近い時間に迫り、その状況を明らかにするものだ。さらに、同センターの宇宙論研究者でBICEP2チームには加わっていないAvi Loebは、「今回の成果は、世界で最も巨大な加速器である大型ハドロン衝突型加速器(LHC)で到達できるエネルギーの1兆倍のエネルギーの世界をのぞく窓になるものです」と指摘する。

翻訳:新庄直樹

Nature ダイジェスト Vol. 11 No. 5

DOI: 10.1038/ndigest.2014.140504

原文

Telescope captures view of gravitational waves
  • Nature (2014-03-20) | DOI: 10.1038/507281a
  • Ron Cowen