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遺伝子の調節で老いた筋肉を若返らせる

高齢になると体に表れる変化の1つ、それが、骨格筋量の減少と筋力の低下を主な特徴とするサルコペニアと呼ばれる現象だ。高齢者では、筋力は死亡率と逆相関しており1,2、筋力の衰えは「筋衛星細胞」と呼ばれる筋幹細胞の再生能力の低下に起因している。だが、これが、筋幹細胞自身の変化によるものか、あるいは筋幹細胞を取り巻く環境の変化によるものかは分かっていない。今回、Pedro Sousa-Victorらの研究チーム3が、この解明に役立つ結果をNature 2014年2月20日号に報告した。彼らは、筋肉の維持(恒常性)および再生能の低下は、加齢に関連して起こる筋衛星細胞の機能異常という内因的側面によって説明できることを示したのである。また、この研究では、筋衛星細胞を若返らせる戦略も示唆されており、これを臨床に応用できれば高齢者や早老症患者にとって朗報となるだろう。

図1:加齢によって筋肉の再生が損なわれる。
a:筋肉幹細胞の一種である筋衛星細胞は、正常な状況では静止状態を維持している。筋肉が損傷を受けると、筋衛星細胞は活性化されて細胞周期を再開し、筋芽細胞を作り出して筋繊維を再生させる。また、筋衛星細胞は自己複製も行って幹細胞集団を補給する。
b:Sousa-Victorら3は、老化した筋衛星細胞では、細胞老化の調節因子であるp16INK4aをコードする遺伝子が加齢に伴って抑制解除されるために可逆的な静止状態が失われ、その結果、筋衛星細胞が老化に似た状態(前老化細胞)になり再生過程が損なわれることを示した。

筋衛星細胞は、筋繊維と呼ばれる大きな筋肉細胞を取り囲むように存在していて、生後の筋肉の発達や損傷した筋肉の再生を担っている。通常の条件下では骨格筋のターンオーバー率は低いため、筋衛星細胞は可逆的な静止状態を維持している。しかし、恒常性による要求または損傷によって刺激を受けると、筋衛星細胞は活性化して細胞周期を再開し、筋芽細胞(筋繊維の前駆細胞。単核だが、分化後に融合して多核の筋繊維となる)を生み出すか、または自己複製して幹細胞集団を補給する(図1a)。

筋衛星細胞は、転写機構、転写後機構、翻訳後機構を介して能動的に静止状態を維持している4,5。そのため、静止状態の調節異常はしばしば幹細胞枯渇や再生不全を引き起こす6。また、加齢に伴って筋衛星細胞が衰退していくこともよく知られている。これは、筋衛星細胞を取り巻く環境における外因性の変化が原因であるため、若い環境に露出させればこの過程を逆行できることが、これまでの研究から示唆されている7。特に加齢環境では、隣接する細胞が作り出す繊維芽細胞増殖因子(FGF)-2が、筋衛星細胞の静止状態と自己再生を阻害することが示されている8。しかし現時点では、加齢に伴う筋衛星細胞自身の変化や5,9、筋衛星細胞自身の変化が再生能低下にどう関わっているかについては、ほとんど調べられていない。

こうした疑問を明らかにしようと、Sousa-Victorらはまず、さまざまな月齢のマウスで筋肉の特性を比較し、サルコペニアの特徴が高齢(28カ月齢以上)のマウスまたは早老症のマウスモデルに現れることを確認した。その際、高齢だがサルコペニアが見られないマウスと、サルコペニアが見られる老化したマウスに対し、毒素を使って筋肉損傷を誘導することで筋衛星細胞の再生能力を比較したところ、後者の方が再生能力の低下が著しいという重要な結果が得られた。筋衛星細胞数はどちらもほとんど同じであったことから、この現象は筋衛星細胞集団の減少では説明がつかないのだ。

次に著者らは、老化したマウスおよび高齢だがサルコペニアが見られないマウスの筋衛星細胞をそれぞれ若いマウスに移植した。その結果、老化したマウスで見られる再生能力の低下は宿主環境とは関係なく、筋衛星細胞自身の本質的な変化によるものであることがはっきりと示された。興味深いことに、老化した筋衛星細胞では、in situでも移植後でも、細胞周期が停止しており、また、損傷に反応して活性化する能力が欠けていた。これは、可逆的な静止状態を維持できなくなっていることを示している。

では、静止状態を維持できなくなる要因は一体何だろうか。Sousa-Victorらは異なる月齢の静止した筋衛星細胞の遺伝子発現プログラムについて比較分析を行い、その結果、腫瘍抑制因子タンパク質p16INK4aが細胞静止の主要な調節因子である可能性が高いことを突き止めた。一連の実験を進めた彼らは、p16INK4aの抑制解除と筋衛星細胞活性化異常との間に関連があることを示す証拠を見つけた。

さらに著者らは、連続的に損傷を与えたマウスモデルでは、時間経過とともに老化した筋衛星細胞が徐々に自己複製しなくなっていく一方で、正常な筋衛星細胞は自己複製し続けることを観察した。損傷に応答して増殖しなければならないという圧力がかかると、老化した筋衛星細胞は完全な老化状態に変わるのである。このことは数個の古典的な老化マーカーの発現により証明された。老化状態がリン酸化された網膜芽細胞腫(Rb)タンパク質レベルの低下、およびRbと転写因子E2Fにより調節されている遺伝子群の発現低下と相関していたことから、明確に定義されているp16INK4a/Rb/E2Fのシグナル伝達軸が老化状態への変換を駆動していることが示唆されたのだ。

また、著者らが、p16INK4aの発現を遺伝学的にサイレンシングしたところ、老化した筋衛星細胞で自己複製と増殖が回復することが分かった。この結果は、老化した筋衛星細胞と早老性の筋衛星細胞では、p16INK4a抑制解除によって、可逆的な静止状態が失われて老化に似た状態(前老化細胞)に変換され、再生能が損なわれていることを示している(図1b)。彼らはさらに、ヒトの老化した筋衛星細胞でもマウスの場合と同様に p16INK4a/Rb/E2F軸が異常を引き起こすことを発見しており、今回の成果はヒトの健康にとっても重要な意味を持つといえる。

以前にも、血液や神経、膵臓の組織で、加齢に伴うp16INK4aの発現が再生を妨げることが示されており6、また、遺伝子プロファイリング研究4も行われてきた。それにもかかわらず、加齢筋衛星細胞を用いて確かめた研究結果はこれまで一度も報告されていなかった。今回の発見をもたらしたカギは、明確にサルコペニアが見られる老化筋衛星細胞集団を使ったことにあるかもしれない。加齢に伴いp16INK4aが誘発する老化によって幹細胞の再生能が制限され、それが加齢に関連する疾患の原因になっているという証拠が増えつつあるが10,11、今回の結果は、その説の新たな重要な証拠となる。また、p16INK4aの発現は幹細胞の再プログラム化を妨げる要素の1つであるため12,13、再生医療においてp16INK4aの一時的不活性化が役立つ可能性が高まった。

Sousa-Victorらの研究結果から、必然的にさらなる疑問が湧いてくる。例えば、加齢に伴ってp16INK4a/Rb/E2Fの老化経路が誘発されるが、その引き金となるのは何だろうか? 最近の研究9によれば、加齢筋衛星細胞におけるDNA損傷の蓄積レベルが若い筋衛星細胞と比べて顕著であることを示す証拠は見つからなかったという。また、p16INK4aの抑制解除は、軽度の全身性炎症や活性酸素種レベルの増加などの、隣接している老化細胞からのシグナルによって起こるのだろうか?

筋衛星細胞は均一な集団ではないので、集団の中に、静止状態から老化状態へと敏感に変換するものと、なかなか変換しにくいものが存在する可能性も考えられる。この線に沿って、損傷によって活性化された老化筋衛星細胞が、完全な「幹細胞性」を維持するかどうかを調べるのも興味深い。他にも、まだ突き止められていない加齢に関連する「環境要因」を中和すれば、サルコペニアの筋衛星細胞中でのp16INK4aの誘導を遅延させられるのか、また、もしそうであれば、p16INK4a誘導を遅らせるのに運動は有効なのかなど、興味は尽きない。

今回、加齢組織の再生能を改善する戦略として新たな可能性が示された11,14,15。加齢に関連した再生能の衰退を防ぐ観点からは、幹細胞で腫瘍抑制因子の発現レベルを一時的に低下させることには、検討の価値があるかもしれない。ただし、再生能を回復させることによる恩恵が、腫瘍抑制因子の発現を低下させることで生じるリスクの増加よりも大きいかどうかを見極める必要があるだろう。また、診療所で行うことのできる「人間の健康寿命を延ばすための方法」としてこれらの戦略が安全かどうかについては、今後、周到な研究が必要となるだろう。

翻訳:古川奈々子

Nature ダイジェスト Vol. 11 No. 5

DOI: 10.1038/ndigest.2014.140525

原文

Genetic rejuvenation of old muscle
  • Nature (2014-02-20) | DOI: 10.1038/nature13058
  • Mo Li & Juan Carlos Izpisua Belmonte
  • Mo Li & Juan Carlos Izpisua Belmonteは、ソーク生物学研究所(米国カリフォルニア州ラホヤ)に所属。

参考文献

  1. Ruiz, J. R. et al. Br. Med. J. 337, a439 (2008).
  2. de Brito, L. B. B. et al. Eur. J. Prev. Cardiol. http://dx.doi.org/10.1177/2047487312471759 (2012).
  3. Sousa-Victor, P. et al. Nature 506, 316-321 (2014).
  4. Cheung, T. H. & Rando, T. A. Nature Rev. Mol. Cell Biol. 14, 329-340 (2013).
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