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ロイヤル島からオオカミが消える日

米国ミシガン州スペリオル湖のロイヤル島に生息するオオカミ集団とヘラジカ集団は、閉鎖環境の生態系の研究材料として長年観察されてきた。調査開始は1958年で、それぞれの個体数が、お互いの個体数や病気の蔓延、気候に反応して増減する様子の記録は、捕食者と被食者の研究としては世界最長である。けれども今、ロイヤル島のオオカミ集団は危機的状況にある。10年前には30頭いたオオカミが、2014年に入って10頭しか確認できていないのだ。この原因は同系交配により弱い個体が多くなったことにあり、米国立公園局は、「遺伝的救済」のために島の外から新しい個体を連れてくることを考え始めているという。

2014年1月時点では、人間の代わりに自然が「介入」している。厳しい寒さによりスペリオル湖が6年ぶりに凍結し、ロイヤル島とカナダ本土が長さ24kmの氷の橋でつながったのだ。カナダのオオカミが米国のロイヤル島に渡ってくる可能性があり、新しい遺伝子がもたらされれば、ロイヤル島のオオカミ個体群は麻酔銃や運搬用木箱の使用なしに救われる可能性がある(「オオカミの島」参照)。一方で、数世代にわたって生態学のお手本のような知見を提供してきたこのプロジェクトが終わってしまう可能性もある。つまり、ロイヤル島の最後のオオカミたちが、異性を求めて島から出ていってしまうかもしれないのだ。

SOURCE: JOHN VUCETICH/ROLF PETERSON

ロイヤル島のオオカミ個体群の研究からは、オオカミの個体数が急激に減少すると、ヘラジカの個体数が急激に増加する傾向があることが示された(「生態系の変遷」参照)。だが、捕食関係が被食者集団を形作る仕組みが明らかになっただけではない。オオカミの行動、ヘラジカの生理学、ヘラジカに寄生するダニのライフサイクルの他、オオカミの群れ形成の理由が狩りを有利にするためではなくカラスのような清掃動物を寄せつけなくするためであることなども分かったのだ。

研究プロジェクトの開始から数十年の間に、ロイヤル島は本土の人間や動物集団から隔離され、生態系における因果関係の探究は格段に容易になった。けれども、スペリオル湖は時々凍結する。ロイヤル島に居着いた最初のオオカミは、実は1940年代初頭に形成された氷の橋を渡って島にやって来た。最初のヘラジカも、その約30年前に同じようにしてやって来た。研究が始まった当初は、スペリオル湖はほとんど毎年凍結していたが、徐々に凍結しにくくなっていった。氷の橋が前回形成されたのは2008年である。その前は1997年で、このとき、生物学者が親しみを込めて「灰色のやつ」と呼ぶ1頭の雄オオカミがロイヤル島に渡ってきた。2000年代中頃までにオオカミの個体数が2倍に増えたのは、この灰色のオオカミが34頭の仔を産ませて群れの遺伝子に勢いを与えたためだ。

今年の氷の橋を渡ってきたオオカミがいるかどうかは、すぐには分からない。毎年、オオカミ集団の個体数を調査するためにプロペラ軽飛行機で週に2、3回は島の海岸沿いを飛行するが、オオカミの足跡はすぐに雪に覆い隠されてしまい、橋を渡った形跡を見つけるのは難しい。その存在の確認は、糞便サンプルから抽出されたDNAによって行われるため、判明するのは数カ月後だ。

この研究プロジェクトのリーダーの1人であるミシガン工科大学(米国ホートン)の生態学者John Vucetichは、ロイヤル島のオオカミ集団には、緊急に新しい遺伝子を入れる必要があると主張する。20年前から、このオオカミたちの骨格に脊柱の変形が見られるようになったためだ。脊柱の変形によって神経が圧迫されると痛みを生じるため、オオカミの歩行に影響を及ぼして適応度を低下させる恐れがある。Vucetichと、同じくミシガン工科大学の生態学者であるRolf Petersonが中心となって行った研究によると、任意の頭数のオオカミが生きていくのに必要なヘラジカの頭数が増加していることは、これにより説明がつくかもしれない。つまり、島内のヘラジカの分布密度が高くなければ補食できないということであり、脊柱の変形によりオオカミの攻撃能力が低下している可能性があるのだ(J. Raikkonen et al. Biol. Conserv. 142, 1025–1031; 2009)。

Vucetichが遺伝的救済の必要性を主張するのは、研究の連続性維持のためではなく、生態系の保全のためである。ヘラジカはモミの木を食べる。オオカミに捕食されなくなればヘラジカの個体数は増え、モミの若木はヘラジカが届かない高さに成長する前に食べられるため、モミの木は子孫を増やせなくなる。実はすでに、ロイヤル島のモミの木は、ヘラジカが島にやって来た1910年頃からオオカミがやって来る1940年頃までの世代が失われている。そのため、この島に生えているモミの木の大半は、樹齢が100年を超えて一生を終えようとしている老木か、ヘラジカに食い荒らされる高さの若木である。モミの若木が今後10年程度でヘラジカに食べられない高さまで成長することができなければ、「北方針葉樹林帯であるロイヤル島の生態系の大部分から、基本構成要素の針葉樹が失われるでしょう」とVucetichは言う。

ロイヤル島をよく知る科学者の多くがオオカミの遺伝的救済に賛成している。彼らが介入を指示するのは、オオカミが激減した原因が人間の活動にあるからだ。例えば、氷の橋の形成頻度が低下したのは、人間の活動による気候変動が原因である。また、1980年代初頭には、イエイヌからもたらされたと考えられるイヌパルボウイルス感染症により、約50頭いたオオカミは14頭まで減少した。さらに2012年には、廃坑の立て坑で3頭のオオカミの死体が発見された。

一方、米国地質調査所(バージニア州レストン)とミネソタ大学(米国セントポール)に所属するオオカミの専門家である生物学者David Mechは、「注意深く見守る」べきだと主張する。彼は、ロイヤル島のオオカミの観察を通じて、同系交配が集団の持続性に及ぼす影響について多くの知識が得られれば、それを絶滅危機種の同系交配集団の回復に役に立てられると言う。また、ロイヤル島のオオカミは前にも激減したことがあるが、その後、増加に転じたとも指摘し、絶滅した場合に外から新しいオオカミを連れてくればよいと提案している。

Vucetichは、それでは手遅れになると考えている。最後のオオカミが死亡した場合、その確認にまず5年、次に連邦政府の役人が遺伝的救済を承認し新しいオオカミの群れがヘラジカを捕食するようになるまでさらに5年かかるだろうと言う。ヘラジカを10年間も放置したら、島のモミの木は壊滅的な被害を受けると彼は考えている。

ロイヤル島国立公園の管理者であるPhyllis Greenの頭には、3つの選択肢がある。第一の選択肢は何もしないこと、第二の選択肢は、個体群を注意深く見守り、絶滅してしまった場合には外から新たにオオカミを連れてくること、第三の選択肢は遺伝的救済である。彼女はまだ正式な方針を決定していないが、「選択の余地がなくなる前」に、地域と国の責任者との協議を通じて方針を決定したいと考えている。

彼女の決定は重大な影響を及ぼすことになるだろう。米国立公園局は1916年の議会制定法により、「景観、自然、史跡、および、そこに生息する野生生物を保存し、将来の世代がこれらを享受できるような方法と手段で保全すること」を命じられている。これは、基本的には不介入を意味している。だが、ロイヤル島のオオカミに遺伝的救済が行われることになれば、気候変動の被害を受けている他の国立公園が介入を行う際の先例となり得るのだ。「非常に難しい問題なのです」と彼女は言う。

翻訳:三枝小夜子、要約:編集部

Nature ダイジェスト Vol. 11 No. 5

DOI: 10.1038/ndigest.2014.140510

原文

Iconic island study on its last legs
  • Nature (2014-02-13) | DOI: 10.1038/506140a
  • Emma Marris