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需要が高まる生物資源リポジトリ

論文を仕上げようとする大学院生のもどかしさから生まれたリポジトリ(資源を保管し、必要に応じて提供する仕組み)がある。2002年、当時ハーバード大学医学系大学院(米国マサチューセッツ州ボストン)に在籍していたMelina Fanは、取り組んでいた代謝研究に必要な遺伝子が他の研究者の冷凍庫に存在することを知った。そこで、10カ所を超える実験室に連絡し、その遺伝子が入ったプラスミドの提供を求めた。しかし、提供するという返事をくれたのは半分ほどで、中には到着に数カ月かかったものもあった。また、せっかく届いても、欲しい遺伝子とは違うこともあった。「先方が提供を渋ったわけではありません。単なる物流上の問題だったのです」とFanは振り返る。

そこで2004年1月、Fanは夫と兄弟を巻き込み、アドジーンという名のリポジトリを設立した。アドジーン社(Addgene;米国マサチューセッツ州ケンブリッジ)へのプラスミドの寄託は無料で、発注は1個につき65ドル(約6500円。註:日本では住商ファーマインターナショナルを介して入手可能。ただし、価格は数量により1個当たり1万2600~2万600円)だ。

設立1年目に出荷したのは、Fanが大学院生のときに研究していた遺伝子を組み込んだプラスミドただ1種類であった。2013年には、9万個を超えるプラスミドを出荷した。現在アドジーン社が保管するプラスミドは、タンパク質標識ツールに始まり特定の遺伝子を詰め込むことができる空の環状DNAまで3万種類以上に及ぶ。これらは1700もの研究室から寄託されたものだ。

この10年間におけるアドジーン社の成長からは、生物資源施設(BRC)の存在が、研究者が提供したくてもうまくいかないことが多い「ツールの頒布」を可能にする仲介者として、重要性を増していることが分かる。かつて、モデル動物の細胞株や遺伝系統の提供が、当てにならない場当たり的なネットワークによって行われていた世界が、BRCの登場によって、オンラインで簡単に生物学ツールの調達ができるように変わったのだ。

細胞株や微生物系統などをBRCに寄託することで、その材料に関連する論文の被引用率は57~135%上がる、と2011年に論じたボストン大学(米国マサチューセッツ州)の経済学者Jeffrey Furmanは、「BRCは公共物のサプライヤーであり、科学の急速な進歩を支えるのにとても重要なものです」と話す。その一方で、存続に必要な資金の確保に苦労しているBRCもある。

最初のBRCには、長く素晴らしい歴史がある。1925年に設立されたATCC(American Type Culture Collection;米国バージニア州マナサス)は、遺伝子構築物や微生物、細胞株を100万点以上保有している。また、1929年設立のジャクソン研究所(米国メイン州バーハーバー)は、7000系統もの近交系および遺伝子組換えマウスを維持管理している。

Credit: ADDGENE

アドジーン社はBRCとしては比較的新しいが、分子生物学者はそのサービスに殺到している。アドジーン社の発送品からは、最新科学のトレンドが読み取れる。2013年、アドジーン社は、遺伝子編集ツールCRISPRが組み込まれたプラスミドを1万2000個以上出荷した(「受注、梱包、そして配送」を参照)。

しかし、ミズーリ大学カンザスシティー校(米国)が運営する真菌遺伝学系統センター(FGSC;Fungal Genetics Stock Center)の管理人であるKevin McCluskeyは、リポジトリは重宝されるがその維持管理は容易ではなく、ほとんど研究されていない高コストの材料を抱えているならなお厳しいと考えている。FGSCが収集した2万5000株を超える真菌は、米国立科学財団の助成金に支えられているが、それらは更新されていない。

「財団は我々に自立を求めていますが、そのためには価格を大幅に上げねばならず、ユーザーは資源を利用しづらくなります」とMcCluskeyは漏らす。McCluskeyによれば、FGSCでの売価が学術研究用なら1株当たりわずか30ドル(約3000円)なのに対し、ATCCではその10倍するものもある(ATCCの広報担当者はその価格差について、収集品の品ぞろえと品質を考えれば妥当という)。

技術の変化でもくろみが崩れる場合もある。オークランド小児病院研究所(米国カリフォルニア州)のBACPAC資源センター所長であるPieter de Jongは、外部の配列解読プロジェクト用に、大量の高品質DNAを保存・複製する目的で、多様な人工染色体のコレクションを作り上げた。ひところ、そのコレクションは「ヒトゲノムプロジェクト」で利用されていた。

しかし、高速で低コストの配列解読機が出現したことで、人工染色体の需要が減少し、料金収入だけでは維持費を賄えなくなくなったという。de Jongは2013年に予備の材料を廃棄して貯蔵用冷凍庫を半分に減らしたが、現在もコストの削減を続けている。次は、カモノハシDNAのコレクションなどのほとんど注文が来ない特殊な材料を切り捨てなければならないかもしれない。

しかし、今日はほとんど注文が来ないものが、明日には大きな価値を持つこともあり得る。例えば、ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)と呼ばれる重要なDNA複製法の開発で1980年代に利用された耐熱性酵素は、1960年代にATCCに寄託された細菌によってもたらされた。寄託されたときはまだ、この細菌に具体的な用途などなかった。

Fanによれば、アドジーン社が所有するプラスミドの約3分の1には注文が入ったことがなく、他の注文で得た料金でその維持管理コストを賄っているという。「未来の科学者が利用できるように保存しているのです」とFanは語る。

翻訳:小林盛方

Nature ダイジェスト Vol. 11 No. 4

DOI: 10.1038/ndigest.2014.140410

原文

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  • Nature (2014-01-16) | DOI: 10.1038/505272a
  • Monya Baker