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我々の内なるネアンデルタール人

Credit: THINKSTOCK

化石人類であるネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)は、がっちりした体型の狩猟採集民であり、約3万年前に絶滅した。またゲノム解析によって、ネアンデルタール人と現生人類(Homo sapiens)が交雑していたことは、すでに明らかになっている。今回、Science1Nature2に発表された2つの論文で両者のゲノムの詳細な比較がこれまでにない精度で行われ、この交雑には生存に有利に働いた面と不利に働いた面の両方があったことが明らかになった。

交雑は現生人類に、アフリカよりも寒冷な気候に対応するのに有用な遺伝子群をもたらした。一方で、交雑でできた子孫は生殖能力に少々問題を抱えていたらしい。どちらの研究チームも、現代人のゲノムの中に存在するネアンデルタール人由来の領域を解析して、これらの結論を導き出した。

現生人類とネアンデルタール人の共通祖先は、おそらく50万年以上前のアフリカに住んでいたと考えられている。ネアンデルタール人の祖先は早い時期に欧州やアジアへ移動したが、現生人類の系統はしばらくアフリカにとどまったままだった。その後、現生人類は10万年前頃からアフリカの外へと移動を始め、やがて、西欧州からシベリアまですでに広範囲に分布していたネアンデルタール人と交雑をした。

「両者は別々の道を歩み始めた後、約50万年もの間、出会わずにいたのです。これは、現代人の生活からすると考えられないことです」と、ハーバード大学医学系大学院(米国マサチューセッツ州ボストン)の集団遺伝学者David Reichは話す。Reichは、同僚のSriram Sankararamanと共にNatureの論文を主導した。

マジックナンバー

現生人類とネアンデルタール人が交雑したこと、そして現代のアフリカ系以外の人々、つまり欧州系やアジア系の人では全ゲノムの約2%がネアンデルタール人由来であることが、ネアンデルタール人の骨から得たゲノムの塩基配列解読によって確認されている3,4。ネアンデルタール人由来のゲノム領域は現生人類のゲノム中のあちこちに散らばっている。また、現生人類の集団により、受け継がれているネアンデルタール人由来の遺伝子は異なる。

またこれまでの研究から、ネアンデルタール人由来の遺伝子の一部が、現生人類の感染防御5,6や紫外線防護7などの機能に関わっていることも示唆されている。しかし、ネアンデルタール人から受け継いだゲノム領域をこれほど広範囲に明らかにしたのは、今回の2つの研究が初めてだ。

2つの研究チームはそれぞれ独自の計算手法を開発し、それを使って、「生じたのは数十万年前だがヒト遺伝子プールに加わったのはかなり最近」である可能性が高いヒトゲノム領域を洗い出した。続いて、これらのゲノム領域がネアンデルタール人の既存のゲノム塩基配列データ内に本当に存在するかどうかを調 べ、ヒトゲノム内にあるネアンデルタール人由来の遺伝子のカタログを作成したのである。

ワシントン大学(米国シアトル)の集団遺伝学者で、同僚のBenjamin VernotとともにScienceの論文を執筆したJoshua Akeyは、ネアンデルタール人のゲノムの約5分の1が、公開されている現代の欧州人と東アジア人の合計665人のゲノムの全域にわたって散在していることが分かったと話す。一方、Reichのチームは、調べた現代人1004人のゲノム塩基配列から、ネアンデルタール人ゲノムの約40%を組み立てることができたと見積もっている。

2つのチームはさらに、現代人に特に広く存在するネアンデルタール人由来の遺伝子も探した。広く存在するということは、その遺伝子が現生人類にとって有用だったことを意味するからだ。探索の結果、「角化細胞」と呼ばれる細胞の内部構造に関わる遺伝子群が見つかった。角化細胞は、ヒトの皮膚表層の大部分を構成しており、毛髪の形成にも関わる細胞だ。

「ネアンデルタール人は当時すでに、ユーラシアの寒冷な環境に対して適応していたと考えられます。従って、アフリカからユーラシアへやってきた現生人類が寒冷な環境に対処するのに、寒冷地に適応したネアンデルタール人の遺伝子が役立ったのだと推測できるでしょう」とReich。またAkeyは、皮膚は水分損失の調整や病原体からの防御に役立っており、欧州やアジアでの生活にすでに適応していたネアンデルタール人の遺伝子は、寒冷な新しい環境で暮らし始めたばかりの現生人類にとって有用だったのだろうと指摘する。ただし2人とも、これらの見解はあくまで推測だとしており、ネアンデルタール人の角化細胞遺伝子群が現生人類にどのように恩恵をもたらしたかを、今後の研究で明らかにする必要があるという点で意見が一致している。

一方で、2つの研究チームはどちらも、現代人ゲノムには存在しないネアンデルタール人遺伝子の数も膨大であることを見つけた。「現代人のゲノム内には、ネアンデルタール人由来の遺伝子がまるで見られない大きな空白領域があるのです」とAkey。つまり、これらの遺伝子は、現生人類とネアンデルタール人との雑種やその子孫にとって有害であったため、子孫が交配を続ける過程で排除された可能性が高い。「こうした遺伝的な差異の大部分は、数十世代で除かれてしまったのです」とReichは話す。

さらにAkeyのチームは、現代人のゲノム内でネアンデルタール人の寄与が一切ない大きな領域の1つに、ヒトの発話に関与する遺伝子FOXP2が存在していることを見つけた。

混じり合ったメッセージ

一方、Reichのチームが現代人のゲノムに見いだした、ネアンデルタール人遺伝子がほとんど存在しない領域には、精巣で活性化する遺伝子や、X染色体上にある遺伝子が含まれていた。こうしたパターンは、ショウジョウバエなどの動物の雑種不稔性に見られる特徴であり、2つの個体群が系統的に離れ過ぎてしまっているために交雑によって繁殖できないことを意味する。現生人類とネアンデルタール人は「交雑で適合可能なボーダーラインぎりぎりだった」とReichは考えており、おそらく両者の雑種は高率で生殖能力を持たなかっただろうと話す。

ロチェスター大学(米国ニューヨーク州)の進化生物学者Daven Presgravesは、「ネアンデルタール人は絶滅しているので交配実験はできません」と率直に語る。それでも、Reichのチームが見つけた不稔性に関わるゲノムパターンから見て、両者の雑種は生殖能力が低下していたと考えていいだろうと彼は言う。

しかし、Presgravesが意外に思ったのは、現生人類とネアンデルタール人が分かれてからせいぜい数万世代しか経ていないにもかかわらず、交雑の不適合性の兆候が表れていることだ。ショウジョウバエなどの動物が自然界で別々の種へと進化する際には、もっと多くの世代数を要するものなのだが、と彼は不思議がる。

ペンシルベニア大学(米国フィラデルフィア)の集団遺伝学者Sarah Tishkoffは、今回の2つの研究が、「今まで読んだ中で最も興奮を覚えた論文の1つ」だと話す。彼女はさらに、これらの研究は、化石人骨からではなく現代ヒト集団のDNAから化石人類ゲノムを拾い集めて研究することについて、その可能性を物語っていると付け加えた。

今回発表された研究方法は、特に、保存状態の良い古代DNAサンプルが乏しいアフリカで人類進化を研究するのに役立つと考えられる(Nature ダイジェスト 2013年11月号 19ページ『ゲノムが教えるアフリカ人の移動史』参照)。大昔のアフリカに住んでいた人々は、ネアンデルタール人とは交流していなかったが、他の絶滅した人類集団と交雑していた可能性があることが、現在アフリカ大陸に住む人々のゲノム解析8から示唆されている。「ぜひ、今回のような手法を使ってアフリカのヒト集団を調べてみたいですね。その結果どんなことが分かるか、想像するだけでワクワクします」とTishkoffは語る。

翻訳:船田晶子

Nature ダイジェスト Vol. 11 No. 4

DOI: 10.1038/ndigest.2014.140402

原文

Modern human genomes reveal our inner Neanderthal
  • Nature (2014-01-29) | DOI: 10.1038/nature.2014.14615
  • Ewen Callaway

参考文献

  1. Vernot, B. & Akey, J. M. Science http://dx.doi.org/10.1126/science.1245938 (2014).
  2. Sankararaman, S. et al. Nature http://dx.doi.org/10.1038/nature12961 (2014).
  3. Green, R. E. et al. Science 328, 710–722 (2010).
  4. Prüfer, K. et al. Nature 505, 43–49 (2014).
  5. Abi-Rached, L. et al. Science 334, 89–94 (2011).
  6. Mendez, F. L., Watkins, J. C. & Hammer, M. F. Am. J. Hum. Genet. 91, 265–274 (2012).
  7. Ding, Q., Hu, Y., Xu, S., Wang, J. & Jin, L. Mol. Biol. Evol. http://dx.doi.org/10.1093/molbev/mst260 (2013).
  8. Lachance, J. et al. Cell 150, 457–469 (2012).