Editorial

フォン・ラウエとディラックの業績

Credit: THINKSTOCK

starnostar.comというウェブサイトは、科学の魅力を伝える活動の中でも風変わりな事例の1つだ。ここでは、20世紀に活躍した2人の物理学者、マックス・フォン・ラウエとポール・ディラックの人気投票に誰でも参加できる(go.nature.com/fw1omn参照)。今のところ、ディラックが69%の票を獲得してリードしているが、ラウエのファンも締め切りまでに大量に投票すれば、形勢を逆転できる可能性が残っている(編集部註:2014年3月中旬時点では、ほぼ拮抗している)。

ただし、ウェブサイトに示されているのは、略歴、出生地、生まれた星座などの簡単な情報のみで、評判の良し悪しを問わず、研究成果の記述はない。専門家でない者にとって、投票したくとも手掛かりがないことだろう。それから、2人の名前は知っていても2人の業績の理解に自信がなく、この人気投票の参加希望者に役立つ情報を提供できないと感じる人もいることだろう。両者とも、ぜひこのまま読み進めてほしい。

てんびん座生まれのラウエは、マックス・プランクに師事し、アルバート・アインシュタインの友人でもあった。ラウエは、たくましいアウトドアタイプで、スキーをしているときに、X線が結晶を通過する際に結晶中の原子や分子によってX線の回折が起こり、結晶ごとに特有のパターンが生じるという考えについて議論していた。これが1914年のノーベル賞受賞につながった。勇敢な男でもあり、母国ドイツでナチスに立ち向かい、同僚のユダヤ人研究者の国外亡命を助けた。ノーベル賞の金メダルは、戦時中、同僚の手で溶かされ、溶液の状態で隠された。その後、この溶液から金メダルが鋳造し直され、ラウエに再贈呈された。

一方のディラックは、英国出身の不器用で繊細な男で、無駄なおしゃべりをほとんどせず、仕事以外の事柄には関心を示さなかったようだ。ただ、その仕事がすごかった。彼は優れた数学的才能の持ち主で、量子力学と量子電気力学に関する数多くの謎を解明したのだ。ディラックもノーベル賞受賞者であり、1933年、弱冠31歳での受賞であった。また彼は、爵位を授与されたがそれを拒否した(ファーストネームを知られることすら望んでいなかった)。

これでもまだ投票先が決められなければ、Nature 2014年1月30日号の特集記事657ページの論文を読んでほしい。

2014年は世界結晶年であり、ラウエがスキーをしながらX線回折のひらめきを得たときから1世紀以上が経ち、ノーベル賞受賞からちょうど1世紀に当たる。何かしらの記念年が立て続けにやってくる近年、世界結晶年の主催者と同じくNatureも、結晶学者も注目に値するものであることを多くの人に理解してもらうため、X線結晶学の成果と寄与について積極的に取り上げる考えである。科学に発展をもたらした業績にスポットライトを当ててみると、その背後には結晶学者とその成果である回折像が存在することが多い。ゆえに、結晶学者の個々の成功をつなぎ合わせて一貫性のある全体像を構築することには価値があるといえる。

こうした記念年や記念式典では、目も心も過去のことに向いてしまうことが避けられない。しかし、結晶学は今でも最先端分野であり、その力を科学的に正しく利用できれば、これまでの100年と同様に、これからの100年も大きな成果が期待できる。例えば、近年開発された技術にX線自由電子レーザーがある。これは不朽の技術といえる成果であり、1914年よりも、2014年よりも、100年後の2114年の世界にこそふさわしい先進的な技術である。

ディラックの研究も生き続けている。先に触れたNature 657ページの論文では、1931年に予測された磁気単極子(N極かS極の一方しか持たない磁石)、すなわち「ディラック単極子」が初めて生成されたことが報告された。この成果は、量子シミュレーションと呼ばれる成長段階の研究分野からもたらされた。量子シミュレーションとは、現実の量子系を利用して、実現の難しい他の量子系を実験的に作り出しその性質を調べることをいう。相反するN極とS極の両方を持つ必要のない磁石が存在する可能性が示されたことを足掛かりに、物理学者は磁気単極子の探求を続けている。ディラックも言ったように「この現象が自然界で利用されていても不思議はない」のだ。

話をstarnostarに戻そう。ディラックとラウエのいずれかを選ぶことは、磁石のN極とS極のいずれかを選ぶことと似てはいないだろうか。両者は、それぞれ単独に存在する場合もあるが、かなり多くの事柄は両者に基づいており、それはこの2人とそれ以後の物理学者が明らかにしてきた。無理に選ぶ必要はないのだ。

翻訳:菊川要

Nature ダイジェスト Vol. 11 No. 4

DOI: 10.1038/ndigest.2014.140433

原文

Crystal clear
  • Nature (2013-10-17) | DOI: 10.1038/502271a