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リンネのゾウ標本をめぐる物語(上)

Nature ダイジェスト Vol. 11 No. 3 | doi : 10.1038/ndigest.2014.140320

原文:Nature (2013-11-04) | doi: 10.1038/nature.2013.14063 | Linnaeus’s Asian elephant was wrong species

Ewen Callaway

分類学の父と呼ばれるリンネが「アジアゾウ」の分類の基準とした アルコール漬けの標本は本当にアジアゾウなのか?この疑問が、最先端のプロテオミクスによって、300年の時を経て解明された。顛末を、Nature PodcastチームのEwen Callawayが過去と現在を織り交ぜながら詳しく掘り下げた。

リンネが「アジアゾウ」の基準として指定した標本。

Credit: SWEDISH MUS. NAT. HISTORY

自然史を主に扱う博物館には、展示されているもの以外にも、生物種を同定する際の基準となる貴重な生物標本が多数保管されている。基準になる標本は、発見者が新種として公式に命名して報告した論文に記載されたもので、「タイプ標本」と呼ばれる。わざわざ来館者に告げられることはないものの、博物館には種を誤って同定された生物標本が多数あり、タイプ標本にもそうした誤りがいくつも見られる。

スウェーデン自然史博物館(ストックホルム)には、アルコール漬けのゾウの胎児の標本がある。これは、18世紀に分類学の父と呼ばれるカール・リンネ(Carl Linnaeus)が、アジアゾウの基準の標本として指定したものである。

カール・リンネは、生物を体系的に分類する「分類学」の枠組みを作り、彼の種の記載方法は、他の動植物全ての分類の基礎となった。リンネの分類は、進化論が提唱される以前であったにもかかわらず、誤りよりも正しい場合の方が多かったことが分かっているが、中には誤りではないかと長い間疑いが持たれている標本もある。その1つが、このゾウの胎児だ。

この標本の種名が誤りかどうかを明らかにしようと、コペンハーゲンの研究チームが最新の技術をもって挑んだ。このとき彼らは、数世紀にわたる長い物語の最終章をまさか自分たちが飾ることになろうとは思ってもいなかった。

1753年、スウェーデンのウプサラにて

Credit: LEFT; Thinkstockphoto, TOP; U. Aldrovandi, 1616. De quadrupedibus solidipedibus volumen integrum, BOTTOM; J. Johnston, 1650. Historiae naturalis de quadrupedibus liber 1.

当時40代半ばであったリンネは、手に入れたばかりのゾウ胎児の標本を見て、興奮する気持ちを抑えられなかったようだ。後に「近代の分類学の父」と呼ばれる彼は、1753年5月18日付の友人宛ての手紙の中で、「この小さいゾウが到着して大変うれしく思います。かなりの費用がかかったとしても、それだけの価値があります。このゾウは、間違いなくダイヤモンドと同じくらい貴重なものです」と書いている。リンネに目をかけていた当時のスウェーデン国王アドルフ・フレドリクは、アルコールで保存されたゾウ胎児標本を購入し、彼の膨大な博物コレクションに加えた。これは、リンネのたっての願いであった。当時はまだ、ゾウを実際に見たことのある人が欧州にはほとんどおらず、リンネはこの動物を、彼がライフワークとして改訂を重ねていた著書『自然の体系(Systema Naturae)』にぜひとも加えたいと考えていたのだ。

『自然の体系』は1735年に出版され、その後も定期的に版を重ねた。この本は、当時知られていた全ての生物を単純かつ大胆に記したカタログであり、リンネが形式を決めた「二命名法」による分類体系に従って構成されている。彼は生物を階層的に分類し、個々の生物種の名前をラテン語で、「属名と種小名」の2語で記述した。リンネの体系は「タイプ」という概念によるものだった。タイプとは、生物種の判定の際に参照基準とする個体のことで、いってみればキログラム原器のようなものだ。プラチナとイリジウムの合金でできた筒状の金属塊をキログラム原器とし、1キログラムはその質量で定義される。リンネの分類体系は現代でも使われており、現在はタイプ標本の指定には事細かな規約があるが、リンネはこの分類体系を作り上げた本人であったため、タイプ標本を好きに選ぶことができた。

リンネは、ヒト(Homo sapiens sapiens)の記載報告では彼自身を標本として想定した可能性があるが(彼は1759年にヒトのタイプ標本を正式に指定した)、それ以外の1万種類以上の動植物については、国王所有の標本コレクションなどを頼りに記載を行った。問題のゾウ胎児は太ったネコほどの大きさだったが、ゾウのタイプ標本として『自然の体系』に収められた。

Credit: Albertus Seba

リンネはこのゾウの種をElephas maximusと命名した。これは現在、アジアゾウの学名として知られている。彼は、世界にいるゾウは1種だけとの認識を持っていたので、この胎児標本をゾウの基準にしようと考えた。またリンネは、イングランド出身の博物学者のジョン・レイ(John Ray)がフィレンツェで記録したいくつかの歯やゾウの骨格標本など、他の標本のことも知っており、鼻の形が奇妙で四肢が短い獣の古い絵のいくつか(上図)に言及している。そしてリンネは、これら全てをElephas maximusの標本として記載した。このような一連の標本群はタイプシリーズと呼ばれる。彼はこのゾウの産地(locality)をZeylonae paludosis、すなわち現在のスリランカに当たるセイロン島としてリストに載せた。

リンネはゾウ類が南アジアに起源を持つと考えていたが、ゾウ類がアフリカにも生息していることは知っていたようである。例えば、彼はおそらく、BC 3世紀にカルタゴの将軍ハンニバルがローマ軍に仕掛けた戦争のことを知っていただろう。カルタゴ軍の先頭には、戦象と呼ばれる鎧を身に着けた数十頭の戦争用のゾウが置かれていた。

しかし、例のアルコール漬けの胎児標本がオランダ人コレクターを経由してアフリカから来たことを、リンネが知っていたのかどうかは、現在のところ分かっていない。

1735年、アムステルダムにて

オランダで薬屋を営んでいたアルベルトゥス・セバ(Albertus Seba)は、本業で成功し財を築いた一方で、好きな博物学にも情熱を注いだ。彼は世界中の哺乳類や両生類にヘビや昆虫、さらには植物や鉱物までも収集し、彼の膨大なコレクションには当時存在が知られていたものの大半が含まれていた。セバは1717年に、大量のコレクションをロシアのピョートル大帝に売却し、その後また新たに収集を始めた。そして、新しいコレクションの目録を作成して図を入れ、4巻からなる『博物宝典(Thesaurus)』と呼ばれる書物にまとめた。その第1巻は1730年代半ばに刊行された。

セバが最後に入手したコレクションの中に、例のゾウ胎児の標本があった。これは、オランダ西インド会社が彼に売却もしくは譲渡したものだった。セバは1736年に死亡し、彼のコレクションは1752年に競売にかけられて、その売り上げは『博物宝典』の第3、4巻の出版費に充てられた。競売の便覧には、リンネがじきに手に入れることになるゾウ標本について、このように短い説明が書かれていた。「美麗で珍しいアフリカ産のゾウ胎児」。

18世紀後半、欧州の各地にて

リンネが産地を知っていたにせよ、知らなかったにせよ、そのアルコール漬けの厚皮動物(つまりゾウ胎児)はアジアゾウの基準の標本として固まってしまった。18世紀末になると、アフリカゾウはアジアゾウとは別の種として認められ、Elephas africanusと命名されていた。その1世紀ほど後には、アフリカゾウは生息域をもとに、シンリンゾウ(マルミミゾウ)とサバンナゾウ(ソウゲンゾウ)の2種に分けられた。どちらの種もその後、属名がElephasから、Loxodonta(ギリシャ語で「斜めの面の歯」を意味する)へと変更された。つまり、現在、アフリカゾウ全体は、Elephas属ではなくLoxodonta属となっている。

成長したアジアゾウとアフリカゾウを見分けるのは簡単で、数ある違いの1つに、アフリカゾウ属の方が耳が長いことが挙げられる。しかし、胎児の段階では区別が難しい。19世紀初頭、問題のゾウ胎児標本は、ストックホルム郊外の王宮からスウェーデン自然史博物館の建物へ移された。すると、博物館の学芸員たちは、その貴重な標本に貼られているラベルは誤りではないかと疑い始めた。その標本はいくつかの点でアフリカゾウのように思えたのだ。そこで2人の学芸員は、学術的な会合などでそのことを示唆した。この胎児に関する疑惑は、1990年代にPer Ericson(現在のスウェーデン自然史博物館の科学ディレクター)が鳥類学担当の学芸員に就任したときも、まだ払拭されていなかった。

21世紀初頭、ロンドンにて

2000年代の初め、ロンドン自然史博物館(英国)の哺乳類担当の学芸員だったAnthea Gentryも、同じ疑いを持ち始めていた。

鳥類と哺乳類の専門家であるGentryが問題のゾウ胎児標本を初めて目にしたのは1999年のことだった。彼女は、リンネが記載報告した2つの標本がスウェーデン自然史博物館に保管されていると聞いて、それらをぜひ見たいと考えていた。スウェーデン自然史博物館を訪れた彼女は、液浸保存の標本コレクションを管理する担当者が3台のカートに何十体もの鳥類やリス、コウモリなどの動物の入った瓶を積み上げて運んできたのを見て、思わず息をのんだ。「コレクションは目を見張るものでした。これを調べてリンネの標本の内容を確認しようとした研究者はまだいませんでした」とGentryは話す。

Gentryは、このコレクションの記載に取りかかった。彼女は、リンネの記載の一部が現代の種の指定と適合しない可能性があると予想していた。そして彼女は、このコレクションの目録作成のために欧州連合の研究助成金を獲得し、後の研究のために標本群を詳しく写真に収めた。

2004年のある日のこと、Gentryは問題のゾウ胎児の写真を引っ張り出し、一緒に休暇を過ごしていた哺乳類古生物学者の夫にそれを見せた。「アジアゾウには思えないと夫に話すと、彼は『君が正しい。これはアフリカゾウだ』と言ってくれました」とGentryは回想する。その胎児の耳はアジアゾウにしては大き過ぎるように見え、頭もドーム形で、アフリカ産のゾウの頭に似ていたのだ。

2006年、Gentryは自分の直観が正しいことを確かめるため、その標本のDNAを解析することにした。その頃にはすでに、2000年前のミイラやさらに古いネアンデルタール人の骨からDNAの塩基配列をうまく取り出せるようになっていた。Gentryとロンドン自然史博物館の同僚たちは、300年前のゾウ胎児であれば、アフリカゾウかアジアゾウかを明らかにするのに十分なDNAが得られるだろうと期待した。しかし、純度の高いアルコールによってDNAが劣化しており、塩基配列解読では結論が出なかった。そこで研究チームは、コペンハーゲン大学(デンマーク)の古代DNA研究の専門家であるTom Gilbertの協力を仰いだ。だが、彼も失敗に終わった。当時の世界最先端のDNA配列解読技術をもってしても歯が立たなかったのだ。

2009年、コペンハーゲンにて

Tom Gilbert(左)とEnrico Cappellini は、 リンネのゾウ胎児標本がアジアゾウではなくアフリカゾウであることを確定した。

Credit: Kim Magnussen/University of Copenhagen

Gilbertは、その後もこのゾウ標本のことを考えていた。彼は、セバの図譜『博物宝典』の再販版である『Cabinet of Natural Curiosities(自然界の珍品集)』(TASCHEN社)を購入してヒントを探した。また彼は、耳を傾けてくれる相手を見つけると、片っ端からこのゾウ胎児やその身元に関する謎について説明した。

2009年、Gilbertは、研究室に加わったばかりの博士研究員Enrico Cappelliniにもそのゾウ標本について話し始めた。セバの図譜のページをパラパラとめくって見せるGilbertに、Cappelliniは困惑した。というのも、Cappelliniの専門はタンパク質化学で、彼は穀物の栽培化を研究するためにGilbertの研究室に入った。それなのに、「なぜ教授は私にゾウの話なんかするのだろう」とCappelliniは不思議に思ったという。

当のGilbertは、この問題を解決するためのアイデアを1つ持っており、それを成功させるにはCappelliniの助けが必要だと考えていた。アルコールに300年漬かっていたことで、胎児標本のDNAのほとんどは破壊されていると思われたが、タンパク質など他の生体分子はまだしっかり残っていると彼は予想していた。そうでなければ、標本は液状化しているはずだからだ。「標本はまだしっかり存在しているので、タンパク質があるのは確実でした」と彼は話す。Cappelliniが以前に取り組んだ研究プロジェクトでは、コラーゲン(骨や結合組織に存在する主要なタンパク質)の解析によって、小さくて正体が曖昧な化石の種を確定することに成功していた。Gilbertは、リンネのゾウ標本からタンパク質を抽出して、その中にアジアとアフリカのゾウとで異なるタンパク質を見いだして判別しようと考え、Cappelliniに白羽の矢を立てたのだ。

Cappelliniはこの話に興味をそそられた。古代DNAの研究は、短いDNA鎖を高速で読み取る「次世代」型のDNA塩基配列解読装置によって革命的に変わった。この技術は、数世紀前の古くて細切れになったDNAを読み取るのに特に適していた。一方で、一度に多数のタンパク質を高速で解読する技術も普及しつつあった。2012年、CappelliniとGilbertは、4万3000年前のケナガマンモスの大腿骨から126個のタンパク質を同定したことを論文で発表した1。この研究によって、古い時代のタンパク質群を解析する「古代プロテオミクス」という学問の有用性が示された。

理論的には、Cappelliniはアフリカゾウとアジアゾウとで異なるタンパク質を1種類単離するだけでよかった。しかし、彼が以前解析に用いたコラーゲンは皮膚や血管に豊富に存在するものの、ゾウの種間では違いがないため、別の候補タンパク質を探さねばならなかった。また、候補を探すにしても、ゾウから入手できる遺伝情報、特にアジアゾウのものが乏しいせいもあって、両者を区別できるタンパク質の特定はなかなか進まなかった。

やがてCappelliniとGilbertは、アジアゾウの食道の組織片から、2種間でアミノ酸が1カ所だけ異なるタンパク質を見つけ出した。このタンパク質は、赤血球内で酸素を運搬するヘモグロビン複合体の構成成分で、1カ所のアミノ酸がアジアゾウではアスパラギン酸なのに対し、アフリカゾウではグルタミン酸になっている。Cappelliniの解析の結果、リンネのゾウ標本個体はグルタミン酸をコードしていることが確認され、長年の疑問がようやく解けた。つまり、リンネがアジアゾウの基準の標本とした胎児は、実際はアフリカゾウだったのである。

うれしさがこみ上げるのと同時に、Gilbertの中で、ある心配が頭をもたげた。アジアゾウの分類の基準となる標本が別の動物のものと分かったのだ。ゾウの分類の世界が大混乱に陥るのではないかと思った。(次号に続く

(翻訳:船田晶子)

参考文献

  1. Cappellini, E. et al. J. Proteome Res. 11, 917–926 (2011).

キーワード

Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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