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ゲノミクス創成期のお宝を探して

Nature ダイジェスト Vol. 11 No. 3 | doi : 10.1038/ndigest.2014.140316

原文:Nature (2013-12-05) | doi: 10.1038/504020a | Museums hunt for relics from genomics’ early days

Heidi Ledford

ゲノミクス創成期に活躍した解析装置の多くが、現在、時代遅れの不用品として廃棄されようとしている。世界の科学博物館が結束して、こうした装置の収集に向けて動き出した。

かつて封筒工場だったその建物には、オーブンほどの大きさの灰色と青の箱型の機械が置かれている。これは、マサチューセッツ州にある科学博物館が2013年に10番目に入手した収蔵品で、コロニーピッカーと呼ばれる装置である。コロニーピッカーは、ロボットアームでペトリ皿から細菌コロニーをつまみ取り、96個のウェルが並んだトレイの中に落とすものだ。そうして得られたサンプルからその後、DNAを抽出して増幅し、塩基配列を解読していた。

今世紀の初頭、この装置はホワイトヘッド生物医学研究所(米国マサチューセッツ州ケンブリッジ)にあって、ゲノミクス研究の最前線で大いに活躍していた。現在は引退して、マサチューセッツ工科大学(MIT)博物館(米国ケンブリッジ)の倉庫で、1920年頃のミシンと1950年代のアナログコンピューターの間に置かれている。

ゲノミクス研究者には、コロニーピッカーのようなありふれた実験装置が博物館の収蔵品に加わったことが信じられないかもしれない。けれども、科学・技術博物館のキュレーター(高い専門知識を持ち、施設の展示企画と資料収集を行う人のことで、学芸員とも言われる)らは、その感覚が問題なのだと指摘する。

「こういう装置を保存しておきたいと考える科学者はほとんどいません。装置が古くなれば、ポイと捨ててしまうのです」と、コペンハーゲン大学医学博物館長Thomas Söderqvistは言う。

そこで、2011年頃、ゲノミクス革命の記念の品を保存する必要があるという一致した見解の下、10館前後の科学博物館が「Museum Genomics Initiative」(博物館ゲノミクスイニシアチブ)を立ち上げて力を合わせていくことにした。この取り組みは、博物館の予算がますます縮小される中、科学が生み出した人工遺物の収集がその革新のペースに追い付いていないことへの懸念とともに生まれた。一般向け展示施設であるウェルカムコレクションの生物医学史資料を収集し、このイニシアチブに参加しているウェルカム図書館(英国ロンドン)のSimon Chaplin館長は、この懸念はゲノミクスだけでなく科学のあらゆる分野に共通していると指摘する。けれども彼は、ゲノミクスに集中して取り組むことは理にかなっていると言う。というのも、この分野は医学にとって重要であり、一般市民に強くアピールすることができ、1990年代後半から急速に進歩しているからだ。「素早く行動しないと、ゲノミクス革命を記念する品々が失われる恐れがあります」。

コロニーピッカー横の遺物の1つは、まさにそうした運命をたどるところであった。巨大なこの装置には、コロニーピッカー上を走行するベルトコンベヤーが付いており、この装置の仕事は、コロニーピッカーの96ウェルトレイをベルトコンベヤー沿いのステーションに運ぶことであった(各ステーションは、ケンブリッジを走る地下鉄の駅名で呼ばれていた)。ステーションに運ばれたサンプルは次の過程でDNAシーケンサー用に調整される。MIT博物館長のJohn Durantは、約1年前にブロード研究所の倉庫をあさっていたときに、この装置を見つけた。

この装置は、初のヒトゲノム全塩基配列解読を目指す熱狂がピークに達していた時代に使用されていたものだが、処分される予定になっていた。「私たちはこれを目にした途端、『もらうよ!』と言っていました」とDurantは言う。

彼は、自分の仕事を現代美術作品のコレクターに例える。どちらの仕事も、どんな品物が数十年後に価値を保っているかを予想しなければならないからだ。キュレーターによる評価を手伝うのが、科学アドバイザーである。1世紀以上の歴史を持つロンドン科学博物館の科学・医学部門の主任キュレーターであるRobert Budは、博物館ゲノミクスイニシアチブの目的は、入手を推奨する品物のリストを作成することで、博物館の収蔵品集めに優先順位をつけ、強化することにあると言う。ロンドン科学博物館は、ポリメラーゼ連鎖反応によってDNA断片を増幅するPCR装置の元祖「Baby Blue」を収蔵しているが、Budは、自分の欲しい物リストの上位にくる品物の名前は明かしてくれなかった。「私がそれを口にした途端に価値が生じてしまうからです」とBud。

幸い、現代美術作品とは違って、不要になった実験装置に高い値札がつくことはめったにない。逆に、保管費用がかかるばかりで、特に大型の装置ではそれが顕著だ。さらに、装置を動態保存しようとすると、専門的な助言ができる技術者とスペア部品を探し出すための費用がかさむことがあると、バイオテクノロジーに関する歴史的情報の保存を目標とするNPO団体である生命科学財団(米国カリフォルニア州サンフランシスコ)会長のHeather Ericksonは指摘する。動態保存の重要性は、コロニーピッカーは一見ただの箱で、ロボットアームが動いていなければ人目を引かないことを考えれば、容易に理解できるであろう。

装置に視覚的な魅力を持たせられるかどうかの判断も難しいとSöderqvistは言う。過去50年間、電子機器は小型化され、製造過程が標準化されたことで、昔の特注品の装置に見られるような美しい外観は、ぱっとしない灰色の箱に取って代わられた。「私たちは、ますます抽象的なものを扱うようになっています。例えばDNAシーケンサーは、食器洗い機とどこが違って見えるでしょうか?」と彼は言う。

コペンハーゲン大学医学博物館では、2011年に、600枚のマイクロアレイを光ファイバーで天井からつるす展示が行われた。

Credit: MEDICAL MUSEION/UNIV. COPENHAGEN

コペンハーゲン大学医学博物館のSöderqvistは、イニシアチブにおける自分の役割は、これらの「食器洗い機」に何らかの視覚的インパクトを与えることだと考えている。2011年には、糖尿病実験に使われたマイクロアレイを博物館で展示する企画のために尽力した。この展示では、1枚当たり2万個のDNA断片が固定されているマイクロアレイ約600枚に穴を開け、光ファイバーを使って天井からつるした。

他よりも分かりやすい魅力を持ち、キュレーターから熱い視線を浴びている装置もある。その1つが、ヒトゲノム計画が進められていた1990年代半ばにウェルカムトラストサンガー研究所(英国ケンブリッジ)の受付に掛けられていたディスプレーだ。そのディスプレーは、前日の作業で解読されたDNA塩基配列のデジタル速報機で、A、T、C、Gの文字が次々とスクロールされる速度は、塩基配列決定技術の進歩だけでなく、決定された塩基配列が広く利用されるようにするという同研究所のミッションをも強調していたと、MIT博物館のDurantはうっとりとした表情でその様子を語る。

このディスプレーは今もサンガー研究所にあり、見学者のために時々引っ張り出されているものの、受付で人々を迎えることはもうない。このシステムの表示速度では、現代の塩基配列解読速度についていくことができないからだ。Budは、このディスプレーを入手してロンドン科学博物館で展示したいと話す。

Budが入手を目指しているもう1つの装置は、オックスフォード・ナノポア・テクノロジーズ(Oxford Nanopore Technologies)社(英国)のDNAシーケンサーである。これは遺物ではなく、これから市販される予定の装置で、中にはヒトゲノムの全塩基配列をわずか15分で決定できるものもある。世界中の研究室が、最初に提供される装置を入手しようと順番待ちをしている状態だ(http://doi.org/p8j参照)。「これは、最も入手困難な装置の1つになるでしょう。けれども私たちは、100年もこんな仕事をしているのです。気長に待ちますよ」Budは言う。

(翻訳:三枝小夜子)

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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