Editorial

特許情報の透明性向上を目指して

米国特許庁はこの30年間、自然に存在するヒト遺伝子を「発明」と見なし特許を付与していたが、その実務慣行に終止符を打つ判決が2013年6月に米国最高裁判所で下された(Nature ダイジェスト2013年9月号『「自然に存在するヒト遺伝子に特許は認められない」と米最高裁判決!』参照)。ただ、無効かどうかの判断は請求項ごとに行われ、特許化可能な「修飾されたDNA」の定義もはっきりしない。よって影響を受けるのは、DNA塩基配列が記載された7万2000件以上の米国特許のうちの約8000件程度と推定され、多くの特許が維持される。

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企業は、残った特許の中に、自社の発明の商業化に影響を及ぼすものがあるかどうかを入念に調べねばならない。この作業が想像以上に厄介で難しいことを浮き彫りにしたのが、米国特許第7,777,022号だ。この特許の請求項自体は数個だが、420万件の塩基配列が列挙されており、その一部はコンピューター探索により見いだされた塩基配列の羅列だ。現在の検索ツールだけではこうしたデータを十分に分析できないため、企業は高度な訓練を受けた特許の専門家に多額の報酬を支払い、毎年数百万ドルの投資をしている。一方で、それができない企業は、自社内での発見に対し、特許を取得できないリスクや、訴訟を起こされるリスクを負わなければならない。

この問題の解決に向けた重要な一歩が踏み出された。技術ごとに関連特許の全容を把握できるオープンソースのデータベースが構築され、2013年12月6日のNature Biotechnologyに発表されたのだ。

このデータベースは“Lens”と呼ばれ、非営利団体Cambia(オーストラリア・キャンベラ)によって創設された(www.lens.org/lens)。Lensには、全世界の90以上の特許管轄機関の特許情報が集められており、いかなる種類の特許でも調べることが可能で、DNA配列とタンパク質配列に関する特許の分析には専用のツールが用意されている。今後は、回路、ソフトウエア、化学物質などの分析にも対応予定だ。Lensは、より明確な特許分析を可能にし、誰もが同じ結果を得られることを目指す大胆な事業なのだ。

だが、Lensは支援を必要としている。この事業は現在、8人の多忙なソフトウエアエンジニアが推進しており、活動資金は、さまざまな基金の寄せ集めとクイーンズランド工科大学(オーストラリア・ブリスベーン)からの財政支援だ。また、Lensを最も効果的に機能させるためには、ユーザーによる積極的なコンテンツの注釈付け、ツールの開発、分析結果の共有などのwiki方式が望まれる。

しかし、大学関係者や実業界のリーダーは多忙な上に、自分たちの事業のための資金を奪い合っている状態で、Lensのフォローどころではない。過去にも期待を持って迎えられたオープンソース事業があったが、学界からの参加はわずかだったことは、Cambiaの創始者で最高責任者のRichard Jeffersonも認めるところだ。そうならないためには、研究助成機関や研究機関が、オープンソースの特許データベース事業への参加を奨励する必要がある。

技術移転部署は、ライセンス供与と所有者変更の記録を可能なかぎり特許譲渡データベースに残すことで、透明性向上に寄与できる。デューク大学(米国ノースカロライナ州ダラム)の知的財産法の専門家Arti Raiらによれば、特許データベースには発明に対する連邦政府助成金の寄与を記載しなければならないところ、多くの大学がこれを実行していない(Nature Biotechnol. 2012年10月号 953〜956ページ)。この情報は、連邦政府が特許の権利主張を行うために欠かせない。

一方、米国連邦議会とオバマ政権は、かき集めた大量の特許財産をもとに訴訟をちらつかせて企業を脅す「パテントトロール」の発覚を受けて、特許の透明性向上に取り組んでいる(Nature ダイジェスト2013年12月号『特許収益に奔走する大学にとっての落とし穴』参照)。連邦議会は、個々の特許の所有者を明確化する上で役立つ報告義務の新設など、立法によるパテントトロール規制を検討している。

特許の追跡調査が難しい理由は他にもある。多くの国の特許は通常、機械可読形式で公開されておらず、検索と分析が困難だとCambiaの研究者が上述の論文で指摘している。

特許法入門の講義で学生が最初に教わるのは“patent bargain”だ。発明を公開した発明者は、そこからの新たな創造を可能にしたことの見返りに、その発明の保護を受けられるという考え方で、特許制度の基盤を成している。つまり特許は、技術革新情報を誰もが知り得る状態に置くことが前提となっているのだ。ところが現行制度には、こうした透明性を損なう抜け穴が至る所にある。今こそ“patent bargain”の根幹に立ち返り、透明性を高めるべきである。

翻訳:菊川要、要約:編集部

Nature ダイジェスト Vol. 11 No. 3

DOI: 10.1038/ndigest.2014.140328

原文

The patent bargain
  • Nature (2013-12-12) | DOI: 10.1038/504187b