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作物収量アップのカギは内生菌?

トウモロコシは真菌の助けを得て乾燥を生き延びるかもしれない。

Credit: SAUL LOEB/AFP/GETTY

人口の爆発的増加と穀倉地帯を脅かす気候変動を受けて、農作物の収量を高める方策が模索されている。側面支援的な取り組みの中には、強い作物を育種や遺伝子組換えによって作り出すのではなく、植物の組織内に存在するさまざまな共生微生物を操作することでこれを得ようという考えがある。

この春、アダプティブ・シンバイオティック・テクノロジーズ(Adaptive Symbiotic Technologies)社(米国ワシントン州シアトル)は、作物を改良するのに使えるとして、内生菌を初めて商品化し、発売しようとしている。同社が販売を計画しているのは、イネとトウモロコシの種子を包み込むための真菌類の混合体で、過酷な条件でも水をあまり使わないで高い収量が得られるようになるという。創業者で植物生物学者のRusty Rodriguezは、「植物生態学の常識が劇的に変わると考えています。これまで弊社は、植物を動物と同じように個体として見つめてきました」と話す。

生物学者が人体の内外に存在する何兆個もの微生物の能力と影響を理解し始めているように、生態学者も、植物のマイクロバイオームを捉えつつある。その成果がもたらす威力は絶大だ。例えば耐塩性を持つ作物を得るために、共生微生物などがすでに持っている大量の相互作用遺伝子を利用できれば、耐塩性をもたらす遺伝子を発見して作物に導入する必要がなくなるからだ

従来の育種によって乾燥にいくらか強い品種を生み出すことはできたが、遺伝子操作による乾燥耐性獲得のための新規遺伝子導入には時間がかかっている。数十年にわたって研究されてきたが、米国で承認された乾燥耐性の遺伝子組換え作物はたった1つ、細菌由来のストレス応答遺伝子を発現するモンサント(Monsanto)社のトウモロコシ「ドラフトガード」だけだ。

マメ科植物の根に存在する窒素固定細菌に代表される「植物と微生物との共生関係」は何十年も前から知られていたが、この分野の応用研究は割合に歴史が浅い。ヒロハノウシノケグサを食べる牛で見られる中毒症状(フェスク中毒と呼ばれる)が、共生真菌が産生する毒素によるものだと分かったのは、1970年代になってからだ。その後ニュージーランドの科学者は、内生菌にたかられた草の中に、ゾウムシの攻撃に抵抗性を示す(ただし、家畜にも有害であった)ものを発見した。その結果、動物に無害でありながら害虫の攻撃を退ける内生菌を宿した芝品種の開発・販売を行うニッチ産業が生まれた。

現在、一部の研究者は、同じ発想を食用作物に応用しようとしている。Rodriguezはこれを、作物の滅菌と単純化の逆を行くものだと説明する。「前世紀の農業は、植物体内に存在する微生物を農薬や肥料によって除去しようとするものでした。私たちは今、それをひっくり返そうとしているのです」。

ラトガーズ大学(米国ニュージャージー州ニューブランズウィック)で内生菌を研究するJames Whiteも同じ考えだ。「多くの企業はそうは考えず、科学的制御に走ります。つまり、微生物は邪魔だと考えるのです。そのため、共生微生物が植物に大きな影響を与えているという考え方は支配的ではありません。でも実際は、微生物がもたらす影響は大きいのです」とWhiteは説く。世界には何百万という内生微生物がいると考えられている。分かっているものはごくわずかであるが、植物はどれも何百種類もの微生物を抱えている可能性がある。

Rodriguezの研究は、うれしい巡り合わせがきっかけだった。2000年代前半、彼は、イエローストーン国立公園(米国ワイオミング州)の地熱噴気孔付近の50℃にもなる高温の土壌で生育することができる、約10種の植物を調べていた。そして彼は、調べた植物全てに真菌が共生していることを発見した。植物も真菌も、単独では40℃の土壌に耐えることができなかったが、共生するとそれが可能になったのだ(R. S. Redman et al. Science 298, 1581; 2002)。

後にRodriguezらは、その真菌の移植が容易であることを発見した。真菌は、スイカからトウモロコシまであらゆる植物の中で増殖し、宿主作物に熱と乾燥に対する耐性を与えるのだ。「内生菌が何らかの形で植物を酸化から守ってくれるので、植物はストレス防御の全てを活性化させる必要がなくなります」とRodriguezは説明する。

この発見を皮切りに、Rodriguezは、気候変動の影響を受けると考えられる食糧用作物に最適な内生菌の探索を始めた(R. S. Redman et al. PLoS ONE 6, e14823; 2011)。その成果は、6種程度の真菌を混合した商品となり、研究チームはそれを「バイオエンシュア(BioEnsure)」と名付けた。同社が実施または委託した野外試験で未処理の種子と比較した結果、ミシガン州が干ばつに見舞われた2012年は、バイオエンシュア処理のトウモロコシは85%増収となり、また、寒波襲来による5℃の環境でも種子の発芽率は2~5倍に上昇し、3分の1の水しか与えなくても栽培が可能であった。イネでは、乾燥や寒冷期の早期播種にもかかわらず、2012年と2013年に3~6%の増収が認められた。そのときも、通常よりも25~50%少ない水で済んだ。

バイオエンシュアの使用は米国食品医薬品局(FDA)と米国農務省(USDA)の承認を受けており、第三者機関の試験で毒性がないことが示されている。Rodriguezは、大豆や小麦、大麦、サトウキビなどの他の作物に対しても、作物選択的な内生菌配合製品を開発する計画を持っている。

しかし、バイオエンシュアが実用条件で機能するかどうかは判断が難しい。アダプティブ・シンバイオティック・テクノロジーズ社の野外試験の結果は公開されているが、第三者による評価は行われていないのだ。オーストラリア連邦科学産業研究機構(キャンベラ)の植物産業部門で小麦の品種改良研究を主導するRichard Richardsはバイオエンシュアの効果に懐疑的だ。「通常、内生菌を宿すには代謝コストがかかりますから、作物は生育が遅れて生産性が下がると考えられます」と指摘する。これに対してRodriguezは、「15年かけて行った野外試験の全てにおいて、代謝コストを示唆する現象は全く確認されませんでした」と反論する。

一方で、慎重ながらも楽観的な意見もある。オルフス大学(デンマーク)で植物病原体を研究するMogens Nicolaisenによれば、小麦のサビ病菌などの病原体を含め、病害と乾燥の両方に対する抵抗性を導入する上で、内生菌は良い手だてになるかもしれないという(実際、Rodriguezは、小麦のサビ病菌対策にも取り組んでいることを明かした)。しかしNicolaisenは、内生菌を種子に導入し、さまざまな環境条件でその増殖を調節することの困難さも予想する。「制御はとても難しいでしょう」とNicolaisenは語る。

翻訳:小林盛方

Nature ダイジェスト Vol. 11 No. 3

DOI: 10.1038/ndigest.2014.140310

原文

Food fuelled with fungi
  • Nature (2013-12-12) | DOI: 10.1038/504199a
  • Nicola Jones