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ピロリ菌株との相性が胃がんの発症を左右する

Credit: THINKSTOCK

アンデス山脈の高地に位置するコロンビアのトゥケレスという町は、胃がんの発生率が世界で最も高い場所の1つで、10万人当たり約150人が胃がんを発症する。一方、そこから200kmしか離れていない海岸沿いの町トゥマコで胃がんを発症するのは、10万人中わずか6人程度だ。

今回、この25倍という胃がん発生率の違いには、ヒトの祖先とピロリ菌の祖先の地域的な起源の不一致が関係していると、ヴァンダービルト大学医療センター(米国テネシー州ナッシュビル)のPelayo CorreaとScott Williamsが率いる研究チームがProceedings of the National Academy of Sciencesに発表した1

胃がんの主因は、ヘリコバクター・ピロリ(Helicobacter pylori;以下、ピロリ菌)と呼ばれる細菌だ。世界人口の約半数がピロリ菌に感染しているが、この菌が腫瘍を引き起こす頻度はそれほど高くない。

ピロリ菌は、私たちの祖先がアフリカで誕生して以来ヒトに感染し続け、共進化してきた菌で、ヒトが世界中に拡散していくのとともに多様化した。しかし、南米などでは、欧州から植民地開拓者がやってきたことで、この共進化の長い歴史が破られた。一部の人々は、共に生きてきたピロリ菌とは祖先が異なる、欧州系のピロリ菌株を保菌するようになったのである。

研究チームによれば、祖先の地域的な起源の不一致が、通常は発がん性を持たないピロリ菌を、発がん性を持つものに変えてしまう可能性があるという。彼らは、宿主と微生物のゲノムを別個に分析するよりも、宿主と菌株の地域性(アフリカ系か、アメリカ先住民系か、欧州系かなど)を関連付けて分析することで、がんの発症リスクを予想しやすくなることを突き止めた。

「多くの人々がピロリ菌に感染していますが、がんになるのはごく一部の人です。それは微生物と宿主のどちらのせいなのでしょうか?」と、ニューヨーク大学医学部(米国)の微生物学者Matin Blaserは言う。「宿主の祖先と微生物の祖先の地域的な起源が一致していることが重要だという証拠を、この論文は示しています。これは非常に素晴らしい進歩です」。

祖先のルーツ

著者らはまず、沿岸地域のトゥマコの人々の祖先の多く(58%)と彼らのピロリ菌株の大部分は、アフリカに起源をたどれることを示した。トゥマコの住民の多くは、解放された奴隷または逃亡した奴隷の子孫であるからだ。対照的に、トゥケレスの山岳地帯の住民の67%はアメリカ先住民で、31%が欧州系である。トゥケレスの住民のピロリ菌株はほとんど欧州起源で、植民地開拓者によって持ち込まれて、何らかの経緯でアメリカ先住民の菌株と置き換わっていた。

そして研究チームは、ピロリ菌株の祖先と宿主の祖先の地域的な起源が異なる場合、胃がんの発症率が高くなる傾向があることを発見した。例えば、アフリカを起源とするピロリ菌株は、アフリカ系祖先の系統が強い人々に対してはほぼ無害であるのに対し、アメリカ先住民の系統が強い人々に対しては胃がんの発症を促しやすいのである。

「宿主と菌株に、うまく共生していく機会がなかったのでしょう」と、研究の共著者で同じくヴァンダービルト大学医療センターのBarbara Schneiderは言う。

ピロリ菌ががんを引き起こすかどうかには、cagAという遺伝子の影響が大きく関係することはすでによく知られていることだが、研究チームを驚かせたのは、胃がんの発症リスクに与える影響の大きさは、cagAよりも宿主の起源と微生物の起源の地域的な不一致の方がはるかに大きいという発見だった。実際、トゥマコとトゥケレスの人々の胃がんの発症リスクの違いは、宿主の祖先と微生物の祖先の地域的な違いによってほぼ完全に説明できたのだ。

ウォーリック大学(英国コベントリー)の微生物学者Mark Achtmanは、この論文で示された関係は新しく、また明確だと述べた上で、「この結果が食事や高度などの他の要因を反映したものではないことを裏付けるために、同様の結果が南米の他の場所でも再現されるのを見たいものです」と付け加える。

Williamsらも、胃がんの罹患率が並はずれて高い東アジア(胃がんの発症率は、男性10万人中約42人、女性10万人中18人)や、ピロリ菌感染レベルが高いにもかかわらず、胃がんの発症率が極めて低いアフリカでも同じ傾向が見られるかどうかを調べたいと考えている。

翻訳:古川奈々子

Nature ダイジェスト Vol. 11 No. 3

DOI: 10.1038/ndigest.2014.140308

原文

Human–microbe mismatch boosts risk of stomach cancer
  • Nature (2014-01-13) | DOI: 10.1038/nature.2014.14501
  • Ed Yong

参考文献

  1. Kodaman, N. et al. Proc. Natl Acad. Sci. USA 111(4), 1455-1460 (2014).