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皮膚細胞を、iPS細胞を経ずに軟骨組織に作り変える

妻木 範行

Nature ダイジェスト Vol. 11 No. 2 | doi : 10.1038/ndigest.2014.140218

iPS細胞から、さまざまな細胞に分化誘導する研究が加速する一方で、体細胞を他の種類の体細胞に直接誘導する「ダイレクト・リプログラミング」も検討されている。このほど、京都大学iPS細胞研究所(CiRA)の妻木範行教授らは、ヒトの線維芽細胞から、直接、軟骨細胞様の細胞を作り出すことに成功した。

–– 一貫して、軟骨細胞を対象に研究されていますね。

妻木: 私は、もとは整形外科医です。研修医になって、一度傷んだ軟骨は治せないと知り、1992年に整形外科教室の大学院に進みました。大学院で今度は、軟骨細胞を培養すると変性して線維芽細胞のようになってしまうこと、また、線維芽細胞や脂肪細胞などを軟骨細胞に変える方法はまだ確立できていないことを知りました。これが、私の研究の原点です。

私たちが滑らかに関節を動かせるのは、軟骨の組織(マトリックス)が、クッションの役割を果たしているからです。ただし、軟骨組織には血管がないため、病気やケガ、加齢などで変性するとなかなか再生しません。傷んだ軟骨は瘢痕様になってひび割れ、最後はすり減ってなくなります。軟骨がなくなると骨が露出して互いに当たり、ひどい痛みが生じます。

図1:軟骨組織の顕微鏡写真(左)と構造(右)。軟骨細胞の産生するII型コラーゲン、XI型コラーゲン、プロテオグリカンが三次元的に組み上がり、軟骨組織のマトリックスを形作る。

私は、木村友厚先生(現 富山大学整形外科教授)の下で、軟骨細胞が産生するマトリックスの研究に取り組みました。当時、軟骨のマトリックスは、2種のコラーゲン(Ⅱ型とXI型)とプロテオグリカンからなることが分かっていました(図1)。私の研究テーマは、木村先生が一部同定されたXI型コラーゲン遺伝子のクローニングで、1995年に、その成果を学位論文として発表しました1。その後、国内外で、発生過程において未分化間葉系細胞を軟骨細胞に誘導する「軟骨因子」が見つかり始めたため、私も未知の軟骨因子の探索を始めました。

–– 軟骨因子を使っても、軟骨細胞を作るのは難しかったのでしょうか?

妻木: はい、うまくいきませんでした。軟骨細胞は、受精卵の中胚葉から分化した「未分化間葉系細胞」に、SOX9BMPなどの軟骨因子が働くことで作られます。そこで当初は、線維芽細胞にこれらの軟骨因子を導入すれば、線維芽細胞が軟骨のようになって、Ⅱ型とXI型のコラーゲンを作り出すのではと考えました。ちなみに、線維芽細胞が作るコラーゲンは線維状のI型で、軟骨のマトリックスとしては使えません。実際に線維芽細胞に遺伝子を導入してみると、Ⅱ型とXI型のコラーゲンを作り出すようになるものの、I型コラーゲンも作られるままでした。つまり、できたのは「線維軟骨細胞」とでも呼ぶべきもので、軟骨の代替をするには難しいものでした。

この経験から私は、軟骨の誘導は未分化間葉系細胞からしかできないのではと感じ、線維芽細胞を使うのであれば、細胞の分化状態を少し巻き戻す必要があると考え始めました。そんな中、2006年に山中伸弥先生が、線維芽細胞に4因子(Oct3/4c-MycKlf4Sox2)を入れると、線維芽細胞を受精卵に近い分化多能性を持つ状態(iPS細胞)に戻せることを発見されました2。そこから、「分化状態を少しだけ巻き戻すには、山中4因子の一部を使えばいいのではないか」と思い至りました。

–– そこで、ダイレクト・リプログラミングに挑戦されたのですね。

妻木: そのとおりです。特定の体細胞や前駆細胞を、別の体細胞に誘導することを総称してダイレクト・リプログラミングといいます。例えば、かなり以前から、線維芽細胞にMyoDと呼ばれる因子を導入して筋芽細胞に誘導することや、T細胞やB細胞にC/EBPαを導入してマクロファージに誘導することなどが行われていました。いずれも、誘導したい細胞の詳細な遺伝子発現解析を行い、発現量の多い遺伝子や、逆に発現していない遺伝子を見極め、それらを強制発現させたり、ノックダウンさせたりする手法を用いています。一方で、2006年以降は、今回の私たちのように、体細胞に山中4因子のいずれかを導入して分化状態を巻き戻し、他の細胞に直接誘導する手法が多く使われるようになっています。

ただし、いずれの手法も、臨床医療の場で応用された例は、まだありません。

–– 具体的に、どのようなことをされたのでしょうか?

妻木: まず、マウスの線維芽細胞に山中4因子を導入して培養してみました。細胞は生き残りましたが、軟骨細胞様にはなりませんでした。そこで、今度はSox9などの軟骨因子も入れてみたところ、細胞が生き残って増殖し始め、約3分の1が軟骨細胞様になりました。はじめは細長い線維芽細胞だったのが、培養するにつれて丸くなり、軟骨細胞様細胞(iChon細胞)のコロニーを作ったのです。

次に、4因子の中に使わなくてもいいものがあるかどうかを調べました。iPS細胞は分化状態が完全に巻き戻った多能性細胞ですが、そこまで巻き戻す必要はないと思ったからです。実験の結果、Oct3/4Sox2は使わなくてもよく、c-MycKlf4に軟骨因子のSox9を組み合わせると、最も効率よく誘導できることが分かりました3。細胞が軟骨細胞様になっているかどうかは、XI型コラーゲン遺伝子の発現で確認しました。

図2:ダイレクト・リプログラミングによるヒト線維芽細胞から軟骨細胞様細胞への誘導。
(A)細長い線維芽細胞に混じって、多角形のiChon細胞集団が出現している。
(B)さらに培養すると、増殖し、成熟したiChon細胞へと変化する。

ここまでは2011年に発表した成果で、今回は、同じ操作をヒトの線維芽細胞で追試し、さらに、得られた細胞の詳細な解析を行いました4。まず、c-MycKLF4SOX9の3因子を導入したヒト線維芽細胞は、約5日間後に、多角形のヒト軟骨細胞様細胞(ヒトiChon細胞)に変化することを確かめました(図2)。これらのヒトiChon細胞を、試験管内で三次元培養すると均一な軟骨様構造を構築し、線維化は見られませんでした。その上で、I型コラーゲンは作られておらず、Ⅱ型とXI型コラーゲンのみが作られていること、細胞の核型は正常でがん化しなかったこと、線維芽細胞のマーカー遺伝子はメチル化によってサイレンシングされていることも確認しました。

–– 線維芽細胞の分化状態は、どの辺りまで巻き戻ったと言えるのでしょうか?

妻木: それは、難しい問題ですね。多能性獲得の指標となるNanog遺伝子の発現を用いて検証した限りでは、線維芽細胞から軟骨細胞様細胞に至る14日の間にNanogの発現は見られず、多能性を獲得する段階は経なかったと考えられます。おそらく、c-MycKLF4が機能することで分化状態が少しだけ巻き戻され、一時的に「性質の決まらない細胞」になるのではないかと考えていますが、詳細についてはさらなる解析が必要です。

–– ヒトiChon細胞は、医療の現場で使えるようになるのでしょうか?

妻木: 安全面と産業面の問題があり、簡単ではないと思います。論文投稿先の査読者からは、3因子の導入は腫瘍化リスクなどの面から多過ぎると言われました。また、今回は遺伝子の導入にレトロウイルスを使ったため、目的の遺伝子がゲノムのどこに取り込まれるか分からず、臨床医療では使えません。この問題については、すでにゲノムに取り込まれないベクター(エピソーマルベクター)が開発されており、ヒトiPS細胞の作製で使われ始めています。ヒトiChon細胞作製にも使えると思いますが、ゆくゆくはベクターではなく、何らかの低分子化合物で代替できるようにすべきでしょう。

産業面では、費用、時間、労力、効率などが問題となります。線維芽細胞から移植可能なiChon細胞になるまで約3カ月かかる上、医療で使うとなると、安全性の検査が個別に必要になります。細胞移植治療は安全性が確認されたiPS細胞ストックから誘導した細胞を用いて行い、ダイレクト・リプログラミングは患者さんの体内の変性した軟骨を軟骨細胞様に誘導すること(生体内ダイレクト・リプログラミング)にその応用があると考えています。

いずれにしても、ヒトiChon細胞を安全かつ高効率に誘導する研究を続ける予定です。長期的には、軟骨の発生と分化過程の解明に迫り、さまざまな軟骨疾患のメカニズム解明と治療法の開発に寄与する研究ができればよいと思っています。

–– ありがとうございました。

聞き手は西村尚子(サイエンスライター)。

Author Profile

妻木 範行(つまき・のりゆき)

京都大学iPS細胞研究所教授。1996年 大阪大学大学院医学系研究科博士課程修了(医学博士)。大阪大学大学院医学系研究科助教(整形外科)、独立准教授を経て、2011年より現職。日本軟骨代謝学会賞(1996)、日本整形外科学会奨励賞(2000)、日本骨代謝学会研究奨励賞(2008)などを受賞。

妻木 範行氏

参考文献

  1. Tsumaki, N. & T. Kimura. Journal of Biological Chemistry 270 (5), 2372-2378 (1995).
  2. Takahashi, K. & S. Yamanaka. Cell 126 (4), 663-676 (2006).
  3. Hiramatsu, K. et al. Journal of Clinical Investigation 121 (2), 640-657 (2011).
  4. Outani, H. et al. PLoS ONE 8 (10), e77365 (2013).

キーワード

Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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