Editorial

実験室での恒星スペクトル解析にもっと光を

Credit: NASA

天文学者が太陽光のスペクトル上に黄色の輝線を発見したのは1868年のことだった。そのスペクトル線は未知の元素のものとされ、ギリシャの太陽の神ヘーリオスにちなんで「ヘリウム」と命名された。しかし、物理学者が実験室でヘリウムを検出し、その発見を確認したのは約30年後のことだった。

その後も、実験室での分光分析は望遠鏡観測の後追いを続けてきた。今や、その差は驚くほど広がってしまった。

例えば、スローン・デジタル・スカイサーベイ(SDSS)望遠鏡(米国ニューメキシコ州サンスポット)では、2011年に設置された最先端の赤外分光器によって、一晩で1800個の恒星からのスペクトルが記録される。これらの恒星の大部分は、我々の銀河系のバルジに位置しているが、その光の可視域は塵に阻まれて地球に到達しないため、赤外分光器による観測が適している。SDSSでは数千本に及ぶ未知のスペクトル線が検出されている。だが、その分析ができないでいる。

SDSSなどの数百万ドル規模のプロジェクトでデータが次々と生み出されているのに、それよりも低コストの実験室研究には資金援助がなされずデータの分析ができないのは皮肉なことだ。最先端の分光観測を行う望遠鏡プロジェクトに資金提供する機関は、スペクトルを解読するための実験室研究にその資金の数パーセントを提供して支援を強化すべきではないだろうか。

実験室での分光測定によって、スペクトルから明らかになった数百万個の恒星の物理・化学的特性の細目を理解することができれば、銀河の進化に関する重大な疑問を解決できるはずだ。また、スペクトル線は恒星の運動に伴って変化するため、恒星の運動に関する情報や、恒星周辺の暗黒物質の量に関する手掛かりも得られるだろう。

実験研究がもたらした恩恵の好例が、2013年11月に発表された論文(M. P. Ruffoni et al. Astrophys. J. 779, 17; 2013)だ。この論文では、鉄元素のエネルギー準位間の28通りの電子の遷移について、その確率が報告された。この結果とスペクトルデータを組み合わせることで、銀河系のバルジに存在する恒星における鉄の存在量の推定が可能になり、恒星の年齢と生成場所の決定に向けての一歩となった。

原子中の電子がエネルギー準位間を移動する確率を明らかにする研究は、スペクトルデータから宇宙に存在する元素を特定し、その存在量を推定するのに必要だ。数個の電子しか持たない軽い元素(例えば、水素やヘリウム)の場合、電子遷移の確率は、量子力学の諸法則を用いて計算できる。しかし、鉄などの重い元素ではより多くの電子が遷移し得るため、計算で正確に求めるには複雑すぎる。それに代わる唯一の方法が、実験室での発光分光測定だ。波長可変レーザーを用いて、より多くのエネルギー準位に電子を励起させて電子遷移を測定できる。この方法で得られたデータを天体観測にフィードバックすればよい。もっと強力なレーザーや検出装置を利用できるように研究助成金を増額すれば、分光測定の処理能力は著しく向上し、観測データの分析に役立つはずだ。

実験室でのスペクトル測定が資金不足で行き詰まる一方で、天体分光観測には巨額の資金が注がれている。総額5500万ドル(約55億円)に及ぶSDSS以外にも、チリのセロパラナル近くに建設される欧州超大型望遠鏡(E-ELT)をはじめ30~50mの巨大望遠鏡の建設計画が複数あり、また数十万個の恒星のスペクトルを測定する予定のE-ELTは、総額10億ユーロ(約1400億円)に及ぶ予算が承認されたところだ。さらに、米航空宇宙局(NASA)が計画中のジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡では、総額88億ドル(約8800億円)をつぎ込み、SDSSと同様に最先端の水銀カドミウムテルル赤外線検出器を用いて恒星の観測を行い、太陽系外惑星の大気を観測する。スペクトルから、恒星や惑星の大気に含まれるさまざまな元素の量を推定できるが、高い関心が集まっているのは、異なる状態間を遷移する際に特徴的なスペクトル線を放出する分子の同定なのだ。

実験室研究が強化されれば、拡散星間バンドの起源を明らかにできるかもしれない。拡散星間バンドとは、恒星と地球との間に広がる拡散物質によって恒星スペクトルに現れる多数の吸収線の一群で、不安定な炭化水素基が原因と考えられているが、正確な組成は不明だ。約100年間の天文学上の謎が解けないことに、研究者はしびれを切らしている。

翻訳:菊川要、要約:編集部

Nature ダイジェスト Vol. 11 No. 2

DOI: 10.1038/ndigest.2014.140229

原文

Nailing fingerprints in the stars
  • Nature (2013-11-28) | DOI: 10.1038/503437a