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がん研究では、マウス飼育温度に注意

Credit: THINKSTOCK

マウスを使った実験の結果は、がん治療薬開発の基盤となることも多い。今回、マウスを飼育する標準室温が、実験結果に影響を及ぼしている可能性が明らかになった。

国際ガイドラインでは、マウスの飼育室温度は20~26℃に設定することが求められている。しかし、齧歯動物にとって、この「室温」は寒すぎて快適とは言えないと、ロズウェル・パークがん研究所(米国ニューヨーク州バッファロー)の免疫学者Elizabeth Repaskyは言う。「マウスの体からは人間の体からよりも急速に体温が逃げていくのです」と、Repasky。

今回浮かび上がった問題は、その温度がマウスにとって快適であるかどうかだけでは済まない可能性を示唆している。Repaskyらは、室温で飼育されたマウスでは、30℃で飼育された場合よりも腫瘍の増殖が速く、がんに対する免疫反応が抑圧されていたことを示す研究成果を2013年11月18日にProceedings of the National Academy of Sciencesに報告した1

カリフォルニア大学サンフランシスコ校(UCSF:米国)の生理学者Ajay Chawlaは、この結果に納得する。彼の説明によれば、室温で飼育されているマウスは、体温を維持するために長時間体を動かしていなければならず、心拍数や代謝率が高くなっているという。「この研究は重要な問題を扱っています。私たち研究者のほとんどがこの問題を見過ごしてきたのではないでしょうか。ものすごく速く走っている人と同じような状態の動物を使って、人間の疾患と病理のモデルを作ろうとしているようなものだ、と私は同僚に言っています」とChawla。

Repaskyの研究チームは、標準的な室温に順応したマウスと30℃に順応したマウスとで、2週間にわたって腫瘍の増殖の度合いを比較した。すると、暖かい環境にいるマウスの方が腫瘍の増殖が遅かった。さらに、白血球とCD8+ T細胞と呼ばれるリンパ球の数を測定して免疫反応の強さを比較したところ、暖かい環境のマウスの方が免疫反応が強いことが分かった。また、骨髄由来サプレッサー細胞(MDSC)と呼ばれる、がんに対する免疫反応を抑制する傾向が見られる細胞の数は、暖かい環境で飼育したマウスでは減少していた。

この結果は、抗がん剤、中でも免疫系を標的とする薬剤(ワクチンや抗体、サイトカインなど)の試験に重要な意味を持つ可能性があるとRepaskyは言う。免疫系に働きかけ、がん特異的な免疫応答を誘導する「がん免疫療法」に用いられる薬剤は、長期にわたって劇的な寛解をもたらすことがある。そのため、免疫系を標的とした抗がん剤には、多くのがん研究者やビジネス・アナリストたちから将来のがん治療を担うものとの期待が集まっている。「ただ寒いと感じるだけで、抗腫瘍免疫反応のこれほど多くの側面に影響が及ぶとは、誰も予想していなかったと思います」とRepaskyは言う。

なお、マウスを使った肥満研究において、温度の影響を報告したグループもある2。また2011年にはChawlaが、マウスを22℃以下の環境に置くと、マクロファージと呼ばれる免疫細胞の活性化が変化することをNatureに発表した3。それ以来Chawlaは、室温で飼育した動物と、30℃で飼育した動物を使って、数多くの比較実験を行っている。ただ、そうした実験をするには特別な恒温器を購入する必要があった。彼の大学の動物施設では、1部屋だけ温度を上げることができなかったからだ。

実践面での現実

実験動物飼育ガイドラインでマウスを20~26℃で飼育するよう求めている理由の1つは、研究者にとっての快適さにあると、テキサス大学MDアンダーソンがんセンター(米国ヒューストン)で遺伝子組換えマウス飼育施設の管理者を務めるJan Parker-Thornburgは説明する。動物を扱う技官は、衣服の上に白衣を着て、さらに靴と髪を覆わなければならないことが多い。時には顔全体を覆うフェイスマスクを着ける場合もある。「この仕事は本当に大変です。この温度でも汗びっしょりになりますから」とParker-Thornburgは言う。

そして、ロズウェルパークがん研究所(米国)の免疫学者で、今回の研究の共著者でもあるKathleen Kokolusは、他にも実用面の問題があると述べる。暖かい場所で飼育されたマウスでは、腹子の数が減り、繁殖の効率が低下するのだ。さらに、マウスは水分をたくさん摂取するため尿の排泄量が増え、ケージの清掃をより頻繁に行わなければならなくなる。

それでもChawlaは、他のマウス実験、とりわけ行動研究の場合には、温度の影響を考えるのが重要だと言う。「30℃の飼育箱の中にいる方がマウスにとっては快適なのです。まるでソファに座ってテレビでも見ているかのようにじっとしていますよ」。

翻訳:古川奈々子

Nature ダイジェスト Vol. 11 No. 2

DOI: 10.1038/ndigest.2014.140205

原文

Chilly lab mice skew cancer studies
  • Nature (2013-11-18) | DOI: 10.1038/nature.2013.14190
  • Heidi Ledford

参考文献

  1. Kokolus, K. M. et al. Proc. Natl Acad. Sci. USA http://dx.doi.org/10.1073.pnas.1304291110 (2013).
  2. Feldmann, H. M., Golozoubova, V., Cannon, B. & Nedergaard, J. Cell Metab. 9, 203-209 (2009).
  3. Nguyen, K. D. et al. Nature 480, 104-108 (2011).