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空間認知に関わる脳細胞の発見に医学生理学賞

Nature ダイジェスト Vol. 11 No. 12 | doi : 10.1038/ndigest.2014.141208

原文:Nature (2014-10-09) | doi: 10.1038/514153a | Prize for place cells

Alison Abbott & Ewen Callaway

脳の「場所細胞」と「グリッド細胞」の発見は、位置情報把握の仕組みの研究に大きな影響を与えた。

2014年ノーベル医学生理学賞の受賞者の1人、John O’Keefe。

DAVID BISHOP/UCL

2014年のノーベル医学生理学賞は、脳内でGPSなどの衛星航法システムに似た機構の一端を担う細胞を発見した3人の科学者に授与される。これらの細胞の発見によって、神経科学の重要なテーマの1つである「自分が空間内のどこにいるかを把握する仕組み」の解明が進んだ。

賞金の半分は、1971年に「場所細胞」を発見したロンドン大学ユニバーシティカレッジ(英国)のJohn O’Keefeに贈られる。この細胞は、記憶に関わる脳領域である海馬に存在する。賞金の残り半分は、2005年に「グリッド(格子)細胞」を発見した、ノルウェー科学技術大学カブリシステム神経科学研究所(トロンハイム)のMay-Britt Moser、Edvard Moser夫妻に授与される。グリッド細胞は、海馬に隣接する嗅内皮質という脳領域にある。場所細胞およびグリッド細胞と、移動経路決定に関与する他の脳細胞が協調することで、動物個体は自分の位置情報を把握し記憶することができる。場所細胞もグリッド細胞も最初はラットで発見されたが、その後ヒトでも見つかった。

「空間内での自分の位置の把握は、生き残るために最も大事なことの1つです」と、マックス・プランク神経生物学研究所(ドイツ・マルティンスリート)の所長Tobias Bonhoefferは話す。

これら2種類の細胞の発見は、脳が外界をどのように把握するかという、さらに大きな疑問を解く上でも重要だと、フリードリヒ・ミーシャー生物医学研究所(スイス・バーゼル)の神経科学者Botond Roskaは言う。「脳についての考え方は、受賞の3氏の深い洞察によって大きく変わったのです」。

かつて神経科学者の多くは、脳の活動と行動を結び付けることができるとは思っていなかった。そうした状況の中、O’Keefeは1960年代後半から、箱の中で自由に行動するラットを使って脳内のニューロンの電気信号を細胞単位で記録することに着手した。彼がラットの海馬に電極を差し込んで記録を取ったところ、驚いたことに、ラットが箱内の特定の場所に来たときにだけ発火する細胞があった。この研究で彼は、空間における自分の位置に関する記憶は、「場所細胞」の活動の組み合わせという形で海馬内に保存されている可能性があるという結論に至った(J. O’Keefe and J. Dostrovsky Brain Res. 34, 171–175; 1971)。「これらの細胞の情報を総合すれば、ある種の“地図”が出来上がるのではないかと思いました」とO’Keefeは言う。

Moser夫妻は、ラットの嗅内皮質に電極をさして、箱の中を自由に走らせながら脳の活動を記録した(左)。その結果、ラットが六角形の格子点に当たる場所を通過するときに、嗅内皮質に存在する一部の細胞が発火することを発見した(右)。

やがて時が移り、1990年代になって、当時オハイオ大学(米国アセンズ)の博士課程の学生だったMoser夫妻がO’Keefeの場所細胞の研究に関心を持った。2人はロンドンのO’Keefeの研究室にポスドクとして入ったが、その数カ月後にはノルウェー科学技術大学(トロンハイム)に移って独自の研究室を構えた。夫妻はそこで、ラットが六角形の格子点に当たる場所を通過するときに、嗅内皮質に存在する一部の細胞が発火することを見つけた。そこから彼らは、脳がこの発火パターンを空間認知のための座標系として使っていることを明らかにした(T. Hafting et al. Nature 436, 801–806; 2005)。

この発火パターンは、位置情報を符号化する一種の“神経コード”であり、完全に脳由来であることが分かっている唯一のもので、計算論的神経科学のための道しるべとなる。

また、場所細胞とグリッド細胞はどちらも実用的な意味を持つ。アルツハイマー病では早期に嗅内皮質への影響が現れ、その結果、初期症状の1つとして空間的な見当識障害も生じる。アルツハイマー病は、進行すると海馬を大きく損なうため、患者の記憶を奪ってしまう。「2種類の脳細胞の研究は、こうした深刻な疾患の治療法を探るのに必要な情報を得る上で基礎研究がどれほど役に立つかをよく表しています」と、エディンバラ大学(英国)で記憶の研究をしているRichard Morrisは解説する。

May-Brittは、ノーベル賞委員会から受賞の知らせを受けたとき、ストックホルムの研究ミーティングで司会をしていたところだった。「その電話に出るかどうか迷いました。結局電話に出ましたが、最初は信じられず、本当だと分かって泣いてしまいました」。一方、Edvardは遅れて受賞を知った。妻が受賞の電話を受けた頃、彼はドイツのミュンヘンに向かう飛行機の中にいたのだ。また、一方のO’Keefeは、家で助成金申請書類の修正に取り組んでいたときに受賞の連絡を受けた。彼はロンドンで行った記者会見で、多数のテレビカメラを前に「心底うれしく、とても感激しています」と述べた。

Moser夫妻は、O’Keefeの研究室にいた頃のことを「我々の人生の中でおそらく最も濃密な学びの体験をした時期だった」と、かつて綴っている。また O’Keefeも同様の思い出を語っている。「当時の研究室は確かに熱気にあふれていましたが、それは2人が熱意を持って臨んでいたからです。彼らは本当に素晴らしい科学者です」。

(翻訳:船田晶子)

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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