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スタチンは骨の成長を促す

ヒトの低身長症の3分の2では、FGFR3と呼ばれるタンパク質をコードする遺伝子の欠陥が原因となっている。FGFR3は通常、小児期および青年期の四肢骨の成長を調節する分子装置においてブレーキ信号を制御する役目を果たしている。新生児の1万~3万人に1人では、遺伝子の変異によりFGFR3が過剰に活性化して、ブレーキが強くかかり過ぎる状態になっている。低身長症で見られる細胞過程の異常に関する理解は進んでいるものの、その治療法については、候補薬剤のスクリーニング・評価試験のための効率的な方法がないことが開発の妨げになっていた。今回、京都大学iPS細胞研究所(CiRA)の山下晃弘らは、骨格成長異常の治療薬候補をスクリーニングするための系を、ヒト疾患ベースで確立したことを、Nature 2014年9月25日号507ページに報告した1。この成果は、その治療法開発に関する問題の解決につながる大きな一歩となる。

ヒトで最も高頻度に見られるFGFR3変異は、軟骨無形成症(achondroplasia:ACH)を引き起こす。ACH患者は、四肢が短くなり、脊柱の彎曲が増し、頭蓋骨の成長に異常が起こるため、重大な健康問題を抱えている2。FGFR3変異の中には、より重篤な病態を伴うタナトフォリック骨異形成症(thanatophoric dysplasia:TD)を引き起こすものもある。TD患者は、胸郭が小さく、呼吸障害があるため、出生時または出生後早期に死亡することもある3。どちらの骨形成異常症においても、骨格の異常を引き起こす原因は、骨の成長部位での軟骨細胞(軟骨を形成する細胞)の増殖低下と成熟不全である4。これまでACH患者やTD患者から軟骨細胞を採取することは不可能だった。山下らは、細胞初期化技術5を活用することにより、まさしくそれを実現した。

図1:細胞をベースとした骨成長阻害のモデル
山下らは1、TD1患者と、正常な骨成長を示す対照群から皮膚細胞を採取して初期化し、iPS細胞へと変換した。次に彼らは、iPS細胞を(軟骨細胞)に分化させた。対照群の軟骨細胞は正常な軟骨形成パーティクルを作り出したが、TD1由来の軟骨細胞からできた軟骨組織は成長と成熟が共に損なわれていた。しかし、ロバスタチンという薬剤を培養液に添加すると、軟骨組織形成が正常な状態に回復した。

山下らは、TD I型(TD1)患者3人から皮膚細胞を採取して、それらの細胞を人工多能性幹(iPS)細胞へと変換した。iPS細胞は、体のあらゆる種類の細胞に分化することができる幹細胞だ。山下らは次に、その幹細胞を刺激して軟骨細胞に分化させることで、細胞を採取した患者と同じ遺伝子構成の軟骨細胞を得た。軟骨細胞は、凝集して軟骨を形成するパーティクル(玉)になる性質がある6。山下らはこの性質を利用して、TD1患者由来の軟骨細胞からできたパーティクルと、FGFR3変異のないiPS細胞由来軟骨細胞からできたパーティクルを比較分析する実験系を作り上げた。山下らは、これらの異なる細胞が数週間の培養で成長・成熟していく過程を調べ、パーティクルの類似点と相違点を比較した(図1)。

その結果、TD由来のパーティクルは対照群と比べて成熟せず、それに伴い軟骨が変質していることがはっきりと観察された。そして、TD由来の培養細胞でFGFR3レベルを低下させるか、中和抗体の添加によってFGFR3活性を阻害すると、軟骨形成パーティクルの成長と成熟が正常レベルにまで回復した(このことは、TD由来パーティクルの軟骨異常が、FGFR3の過剰活性化によって起こっていることとつじつまが合う)。そこで山下らは、FGFR3シグナルに対する細胞の応答、もしくは幹細胞からの軟骨細胞の形成に影響を与えることが分かっている複数の分子について、こうした異常細胞の軟骨形成を促進できるかどうかをこの培養系を用いて調べた。その結果、C型ナトリウム利尿ペプチド(CNP)や、ロバスタチンやロスバスタチンなどのスタチン類が軟骨形成を促進することが分かった。

CNPは、骨の形成と成長を促進する効果を持つ4。ACHマウスモデルの軟骨細胞でCNPを過剰発現させると、矮小発育が阻止されることが報告されており7、この結果を受けて、CNPは軟骨無形成症治療薬候補として研究されてきた。だが、理想的な薬剤とはいえない。ペプチドは注射で投与しなければならず、また投与後数分以内に分解されてしまうという大きな障害があるのだ。より安定性の高い改良型CNPは、その有効性が軟骨無形成症のマウスモデルで示されており、現在、臨床試験が進められているが、やはり毎日注射しなければならない8。加えて、CNPは心血管系と中枢神経系に対して作用するため、小児に長期的に使用する場合、望ましくない副作用が起こる可能性がある。

それに対して、高コレステロール治療薬であるスタチンは錠剤であり、有望な選択肢といえる。スタチンの安全性は、遺伝的にコレステロールが高い小児ですでに評価済みであり9、この病気の小児患者は、早期のスタチン治療により、心臓発作を起こすことなく30歳に達する可能性が高まることを示唆する証拠もある10。スタチンは、コレステロール関連の特性だけでなく、軟骨構造を組み立てる分子(軟骨細胞が産生する)の産生促進作用11、軟骨を分解する酵素の産生抑制作用を持つ12

山下らは、一連の実験から得た説得力のある結果によって、ロバスタチンがTD1患者由来の軟骨細胞で軟骨の成分の産生を誘発し、幹細胞の軟骨細胞への分化を促進することを明らかにした。またロバスタチンは、ACH患者由来の軟骨細胞による軟骨形成も回復させた。山下らはさらに、ACHを引き起こすFGFR3異常を持つマウスにロスバスタチンを注射することで、四肢と頭部の骨の成長を部分的に回復させられることを示した。

これらの目覚ましい効果の基礎となるメカニズムは何なのだろうか。山下らの研究では完全な答えは得られていない。しかし山下らは、ロバスタチンを患者由来の軟骨組織の培養液に加えると、高かったFGFR3タンパク質の発現量が正常なレベルに下がる一方で、FGFR3メッセンジャーRNAレベルには変化がないことを見いだした。これは、スタチンがFGFR3の分解を促進することを示唆している。FGFR3の分解促進には、プロテアソームと呼ばれる細胞内のタンパク質分解機構が関与しているのかもしれない。ロバスタチンを含む培養液にプロテアソーム阻害剤を加えると、FGFR3タンパク質のレベルが上昇したからだ。山下らは、この作用はスタチンの持つ能力、すなわち、スタチンが細胞のコレステロールを減少させて細胞膜を不安定化する能力によって、細胞膜の内外にまたがって存在しているFGFR3は細胞内部に取り込まれやすくなり分解が促進されるのではないかと考えているが、それはまだ確認されていない。

軟骨パーティクルの成長を回復させるスタチンの能力が、コレステロール低下作用とは独立のものであるならば、スタチンに手を加えることで、これら2つの効果を切り離すことも可能かもしれない。しかし、スタチンの軟骨形成促進効果がコレステロール低下の直接的な結果であれば、小児ACH患者の治療にスタチンを使用する前に、極めて慎重な考慮が必要であろう。その場合は、スタチン投与患者のコレステロール濃度を、妥当なレベルで確実に維持することが重要な課題になる。

25~35歳のACH患者では、心臓病に関連する死亡率が一般人よりも10倍以上と高い13,14。その理由はよく分かっていないが、小児ACH患者の血中コレステロール濃度が、正常範囲の上限にあることを示唆する報告もある15。ただ、スタチン治療がACH患者の死亡率を低下させる助けになるかどうかはまだ明らかではない。

以上をまとめると、山下らは、ACHとそれに関連する骨形成異常症の多能性幹細胞に基づく疾病モデルを確立した。また、この研究結果から、スタチンが骨形成異常症の小児患者の治療に有効であるという可能性が示唆された。さらに、今回報告された系を使えば、より安全な薬剤を見つけるために、さらに多くの化合物をスクリーニングできるようになるだろう。

翻訳:古川奈々子

Nature ダイジェスト Vol. 11 No. 12

DOI: 10.1038/ndigest.2014.141224

原文

Statins give bone growth a boost
  • Nature (2014-09-25) | DOI: 10.1038/nature13750
  • Bjorn R. Olsen
  • Bjorn R. Olsenは、ハーバード大学医学系大学院細胞生物学部(米国マサチューセッツ州ボストン)に所属。

参考文献

  1. Yamashita, A. et al. Nature 513, 507-511 (2014).
  2. Shiang, R. et al. Cell 78, 335-342 (1994).
  3. Tavormina, P. L. et al. Am. J. Hum. Genet. 64, 722-731 (1999).
  4. Laederich, M. B. & Horton, W. A. Curr. Opin. Pediatr. 22, 516-523 (2010).
  5. Okita, K. et al. Nature Methods 8, 409-412 (2011).
  6. Koyama, N. et al. Stem Cells Dev. 22, 102-113 (2013).
  7. Yasoda, A. et al. Nature Med. 10, 80-86 (2004).
  8. Lorget, F. et al. Am. J. Hum. Genet. 91, 1108-1114 (2012).
  9. Eiland, L. S. & Luttrell, P. K. J. Pediatr. Pharmacol. Ther. 15, 160-172 (2010).
  10. Braamskamp, M. J. et al. Circulation 128, A17837 (2013).
  11. Hatano, H., Maruo, A., Bolander, M. E. & Sarkar, G. J. Orthop. Sci. 8, 842-848 (2003).
  12. Simopoulou, T., Malizos, K. N., Poultsides, L. & Tsezou, A. J. Orthop. Res. 28, 110-115 (2010).
  13. Hunter, A. G., Hecht, J. T. & Scott, C. I. Jr Am. J. Med. Genet. 62, 255-261 (1996).
  14. Wynn, J., King, T. M., Gambello, M. J., Waller, D. K. & Hecht, J. T. Am. J. Med. Genet. A 143A, 2502-2511 (2007).
  15. Collipp, P. J., Sharma, R. K., Thomas, J., Maddaiah, V. T. & Chen, S. Y. Am. J. Dis. Child. 124, 682-685 (1972).