被写体に触れていない光で写真を撮る
被写体と相互作用していない光子を使ってその画像を得ることに、オーストリア科学アカデミー量子光学・量子情報学研究所(IQOQI;ウィーン)の物理学者Anton Zeilingerらが成功し、Nature 2014年8月28日号に報告した1(図1)。
この画像撮影には、「もつれた」光子の対を用いる。もつれた光子対の量子状態は、互いに切り離すことのできない関係にあり、1つの光子の状態を測定するともう一方の光子の状態も決まる。今回の研究では、もつれた光子対のうち、被写体を通過する光子は検出せず、被写体の近くを通過しない方の光子のみが検出器に入る仕組みになっており、検出器に入った光子はもう一方の光子の位置を「知って」いるため、被写体を映し出すことができる。
この研究を率いたZeilingerは、「画像を撮影するには、普通、対象物からやって来る光などの粒子を集めなければなりません。今回、初めてその必要がなくなったのです」と話す。彼は、この方法の利点の1つとして、2個の光子が同じエネルギー(波長)でなくてもよいことを挙げる。例えば、傷みやすい生物試料を扱う際、低エネルギーの光子で損傷を最小限に抑えながら調べ、その光子ともつれ合った可視光領域の光子と従来のカメラで画像を得るということも可能になる。
Zeilingerらの今回の研究は、1991年に発表されたアイデアを基にしている。今回の研究では、レーザー光の光子の進む経路が途中で2つに分かれていて、光子は50%ずつの確率でどちらかの経路をとる。2つの経路のそれぞれに同一の特殊な結晶が置かれていて、光子が結晶に入ると、もつれた2個の光子の対が生まれる2,3。被写体は、第一の経路の結晶で生まれる光子2個のうち、1個だけが通る道筋に置かれている(図2)。
同研究所の物理学者で共著者のGabriela Barreto Lemosは、「量子力学によると、光子は、どちらの経路に進んだかを検出しないかぎり同時に両方の経路をとり、それぞれの経路で光子対が生まれることになります」と説明する。
第一の経路(図2のa)では、生まれる光子対のうちの1個は被写体を通過するが(d)、もう1個は被写体の近くを通過しない別の経路(c)をとる。第二の経路(b)で生まれる光子対(eとf)は、いずれも被写体の近くを通過しない。第一の経路で生まれた光子対のうち、被写体を通過した光子は、第二の経路で生まれる光子対の1個(もう1つの自分自身、f)と再会するが、検出されずに捨てられる。第一の経路で生まれる光子対のうち、被写体の近くを通過しなかった光子は、第二の経路で生まれる光子対のうちのもう1個(もう1つの自分自身、e)と再会して量子的に干渉し、カメラへ導かれる。そして被写体と相互作用していないにもかかわらず、画像を映し出す。
Zeilingerらは、3mm大の猫の形を切り抜いた厚紙などを撮影した。被写体を通過する光の波長は、彼らが使ったカメラでは検出できないように設定した。「被写体に触れていない光で画像が得られた証拠になるからです」と彼は話す。
猫は、オーストリアの物理学者シュレディンガーが提案した「シュレディンガーの猫」と呼ばれる思考実験にちなんで選ばれた。「箱の中の猫が生死の重ね合わせになるのと同様、光子がどちらの経路に進んだかを検出しないかぎり、それぞれの経路を進んだ場合の重ね合わせになり、光子が再会したところで干渉が起こります」とBarreto Lemosは話す。しかし、被写体に差し掛かった光子が切り抜かれた部分を通らずに厚紙でさえぎられると、光子がどちらの経路を通ったかが分かるため、干渉が起こらなくなる。検出器に入る光子の位置は被写体を照らす光子の位置ともつれによって連動している。こうして像ができる。
量子もつれを利用したとされる画像撮影法にはゴーストイメージングと呼ばれる手法があるが本当に量子的な効果なのかと疑問を持つ物理学者たちもいた4。「今回の実験では、そうした疑問が生じることはないでしょう」とZeilingerは話す。
(翻訳・要約:新庄直樹)
Nature ダイジェスト Vol. 11 No. 11
DOI: 10.1038/ndigest.2014.141106
原文
Entangled photons make a picture from a paradox- Nature (2014-08-27) | DOI: 10.1038/nature.2014.15781
- Elizabeth Gibney
参考文献
- Barreto Lemos, G. et al. Nature 512, 409–412 (2014).
- Zou, X. Y., Wang, L. J. & Mandel, L. Phys. Rev. Lett. 67, 318–321 (1991).
- Wang, L. J., Zou, X. Y. & Mandel, L. Phys. Rev. A 44, 4614–4622 (1991).
- Shih, Y. Quantum Inf Process 11, 995–1001 (2012).
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