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南極大陸の秘密の湖

氷河の下のウィランズ湖から採取したサンプルを運ぶJohn Priscu。

J. T. THOMAS

南極の氷原を吹き渡る冷たい風が、黒々とした掘削孔の周りに立つ科学者たちの鼻や耳の感覚を奪っていく。掘削孔の中からケーブルの最後の数mを巻き取っていくウインチからは、氷のかけらがパリパリと音を立てて剥がれ落ちる。ケーブルの先端には野球のバットほどの長さの筒がぶら下がっていて、無菌服を着た2人の作業員がかがみ込んでそれをつかんだ。彼らは筒に付着した氷をハンマーでたたき落とすと、ドライヤーの温風を当てて細かい部分の氷を解かす。「閉じていましたか?」とウインチのオペレーターが尋ねた。

「ああ」、と大声で返事をしたのはJohn Priscu。モンタナ州立大学(米国ボーズマン)の微生物生態学者だ。手袋をした彼の手には、ずっしりと重そうな筒が抱えられている。この筒を見れば、氷の底のウィランズ湖から首尾よく水を採取し、固く封をして、氷の表面まで長い距離を無事に引き上げてこられたことは明らかだ。この湖は南極点からわずか640kmの位置にあり、厚さ800mの氷に覆われた、地球上で最も隔絶された水の塊の1つである。Priscuは無言で容器をかつぎ上げ、間に合わせの小型実験室として改造してある金属製の輸送用コンテナ内に運び込んだ。

2013年1月28日に引き上げられたその水は、氷底湖から直接採取されたサンプルとしては世界最初のものだった。Priscuをはじめとする科学者たちは、長年、南極大陸の氷の下に隠された湖を調査し、そこに生息する生物を探したいと願っていたが、掘削により湖を汚染してしまう懸念から、調査に乗り出すことができずにいた。ひとたび湖が汚染されると、そこでどんな生物が発見されても疑わしいものになってしまうだけでなく、湖に侵略的外来種を持ち込んでしまう恐れもあるからだ。Priscuのチームが調査を実施するためには、まず安全なサンプル採取法を確立する必要があり、彼らは6年がかりでそれを開発した。その次は、数百tの観測資材を遠く離れた掘削サイトまで運搬する方法など物資の輸送に関わるいくつもの難題を乗り越えねばならなかった。

こうした苦労の末にウィランズ湖に到達し、南極大陸を覆う氷の下に大量の生物を発見した彼らは、持ち帰ったサンプルを調べ、その結果をNature 2014年8月21日号1に発表した。その論文には、ウィランズ湖の湖水には1ml当たり13万個の細胞が含まれていたと書かれている。この数字は、世界の多くの深海における微生物密度と同程度だ2。約4000種類の細菌と古細菌からなるウィランズ湖の生物群落は、この湖が地球上の他のどこからも隔絶されている事実から推測される世界に比べて、はるかに複雑であったのだ。「私は、この湖の生態系の豊かさに驚きました。まさに驚異的です」とPriscuは言う。

ウィランズ湖から採取したサンプルは、ここに棲む生物が過去12万年(もしかすると100万年)にわたり太陽からエネルギーを受け取ることなく生き抜いてきたことを示している。この湖のある南極大陸が地球の陸地の約9%を占めていることを考えると、我々は今回、これまでほとんど調べられていない生態系の中で最大のものを初めて目にしたのかもしれない。「厚い氷の下に、豊かな生態系が存在しているのです」と、ノーサンブリア大学(英国)の微生物学者David Pearceは言う。彼は、2013年に南極大陸のエルスワース湖という氷底湖の掘削プロジェクトチームに加わっていたが、この試みは失敗に終わっている。「南極大陸の氷の下の生物について本物の知見が得られたのは、今回が初めてです」と彼は言う。

困難を極めた掘削

ウィランズ湖を覆う氷は、うんざりするほど平坦なので、その下に途方もないものが隠されていると想像するのはほとんど不可能だ。氷底湖への科学遠征を取材するジャーナリストとして私が初めてウィランズ湖を訪れたのは、人工衛星からの観測によりこの湖が発見された2007年のことだった。2度目にここを訪れたのが2013年1月で、ウィランズ湖のサンプル採取チームのレポーターという身分だった。Priscuと他の2人の科学者が率いるこのプロジェクトはウィランズ氷底湖掘削調査(Whillans Ice Stream Subglacial Access Research Drilling;WISSARD)と呼ばれ、5カ国の15の大学から約25名の研究者が参加している。米国立科学財団(バージニア州アーリントン)はこのプロジェクトに約2000万ドル(約21億円)を提供しており、この金額には湖を汚染することなく掘削を行うための熱水ドリルの製作費用などが含まれている。

以前は、南極大陸の厚い氷の下に湖が隠れているのではないかと考える人は多くなかった。そんな状況が変わったのは、1990年代になってからである。氷透過レーダーや地震波マッピングにより、氷底湖の存在を示唆する確たる証拠が得られたのだ。今では400個近い氷底湖の存在が知られている。氷底湖の水は、氷床の底の氷が地球深部からの熱によって1年に数mmのペースで解けることで供給されている(「見えない湖」参照)。

ウィランズ湖は、地球の表面にあるどの場所にも似ていない。氷の重さで氷床下の湖の水が押し上げられるため、この氷底湖は丘の斜面に斜めになって位置しており、ゆっくりと丘を流れる氷床が薄くなる所にできた低圧のポケットの中に収まっている。その形は、水でできた薄いレンズのよう(水深は2mしかないが、面積は60km2もある)である。

2013年1月、この人けのないフロンティアに巨大なスキーを引いたトラクターが到着し、掘削キャンプの設置が始まった。トラクターは、500tの装置と燃料、移動式実験室、機械工場、熱水ドリルが入った6つの輸送用コンテナを、沿岸部の基地から2週間かけて引いてきたのだ。それから2週間もしないうちに、掘削キャンプは約35人が働く騒々しい工場へと変貌した。絶え間なく吹く風の中でいくつものテントがはためき、2基の225kW発電機がうなりを上げた。南極の夏はミネアポリス(米国ミネソタ州)の穏やかな冬に似ていて、その気温は氷点下5~15℃である。

氷床を掘り抜いて氷底湖に到達するには7日かかった。湖を汚染することがないよう、クルーは紫外線を照射し、水をろ過し、過酸化水素を用いて掘削用の機械と水を殺菌した。湖に近づくにつれて作業の進捗は遅くなり、ドリルの操縦は困難を極めたため、クルーは36時間にわたって苦しめられた。

1月27日午前7時30分、携帯型無線機から響く雑音混じりの声で、私はドリル制御室に呼び出された。制御室では、オーバーオールを着た6人の掘削クルーがコンピューター・スクリーンを見つめていた。スクリーンに表示されていたグラフからは1本の線が上に伸びていて、掘削孔内の水位が下の氷底湖から吹き出す湖水に押し上げられて28m上昇したことを示していた。とうとう氷底湖に到達したのである。湖水の温度は−0.5 ℃で、その日の掘削キャンプの気温よりも高かった。

翌日、研究チームは最初のサンプルを採取した。彼らは灰色の容器を引き上げると、わずか数分で中身を別の容器に移し替えた。それは蜂蜜色をしたスープのような液体で、予想以上に多くのミネラルを含んでいることが明らかになった。数時間後には最初の細胞が確認された。顕微鏡観察で、DNAに反応する色素によって緑色に光る点を捉えたのだ。それから数日にわたって行われた試験により、これらの細胞が生きていることが確認された。20人の科学者と大学院生が24時間体制で作業を行い、ウィランズ湖から30lの水と数本の堆積物コアを採取した。掘削孔が再凍結して閉じる前に、湖水の水質と堆積物を通して上に流れてくる地熱の測定も行った。サンプルの入った箱は、掘削キャンプのはずれの雪の中に掘った穴に保管された。

研究チームは、その後1年かけてこれらのサンプルを調べ上げ、氷床の下の生命の姿を描き出していった。彼らは10種類以上の微生物を単離して培養した他、DNA塩基配列決定法を用いて3931種類の生物の痕跡を明らかにした。その多くは、ミネラルを分解してエネルギー源とする既知の微生物と関連するものだった。

こうしたプロジェクトでは常に汚染が問題になるが、ウィランズ湖の掘削プロジェクトに関与していない研究者も、殺菌は適切に行われ、汚染は防げたようだと言っている。イリノイ大学(米国シカゴ)の地球科学者で、全米研究評議会のメンバーとして南極大陸の湖を汚染することなくサンプルを採取するためのガイドラインを10年がかりで制定したPeter Doranは、そう考えられる根拠の1つとして、掘削孔内での掘削水の微生物密度が、湖から採取したサンプルの微生物密度の200分の1であったことを挙げる。Doranは、ウィランズ湖に多様な微生物が生息していることを示唆する証拠に自信を持っている。「彼らは、疑問をさし挟む余地のない手法で、このことを発見しました。その手法には一分の隙もありません」と彼は言う。

生命の兆候

厚い氷の下に隠されたウィランズ湖に生息する生命は、全体としては地表の生態系と同じように機能しているが、日光を受け取ることができないため、湖水に溶けている二酸化炭素を固定するのに必要なエネルギーを光合成から得ることができない。

研究チームによる遺伝学に基づく分析結果から、ウィランズ湖の微生物の一部が、堆積物に含まれるミネラルのうち鉄や硫黄の化合物を酸化してエネルギーを取り出す海洋微生物と関連していることが分かった。けれどもDNAデータによれば、この湖で最も多いのはアンモニア酸化細菌であり、この細菌が利用するアンモニアはおそらく生物に由来している。

「アンモニアは昔の海洋性堆積物の名残でしょう」とPriscuは言う。すなわち、数百万年前、この地域が氷河ではなく浅い海に覆われていた時代に、生物の死体の有機物が堆積したものであるというのだ。

ウィランズ湖から採取されたサンプルからは単細胞の細菌と古細菌しか見つかっていないが、実は、これまでの研究に用いられたDNA検査では、その他の種類の生物を検出することができない。そのためこの湖には、原生動物や、もっと複雑な生命(例えば、南極大陸の他の場所で生存が確認されているワムシ、蠕虫、8本足の緩歩動物などの体長1mmにも満たない動物)が生息している可能性が残っている。酸素は湖を覆う氷に含まれる気泡から供給されるため、制限要因にはならない。けれども、微生物による炭素固定率が低いため、多細胞生物に十分な食料を提供することはできないかもしれない。

ウィランズ湖1m2が1年間に新たに受け取る炭素の量は、世界で最も栄養分に乏しく動物の密度が非常に低い海底1m2が受け取る炭素の量の約10分の1である。従って、Piscuらがウィランズ湖で動物を発見できる可能性は非常に低い。だが彼らは、目的に合ったDNA分析法を開発してこれらを探すことを計画している。現時点で彼らの頭を悩ませているのは、ウィランズ湖に生息する微生物がどこから来たかという問題だ。要は、南極大陸の氷の下の生物群集は「生き残り」から構成されているのか、それとも「外から来たもの」から構成されているのか、である。

ウィランズ湖がある領域は、過去2000万年の間、定期的に海に覆われてきたので、そうした時期に海底の堆積物中に棲んでいた微生物の子孫が、現在も生き残っているのかもしれない。あるいは、風に乗って外から運ばれてきた微生物が氷の上に落ち、氷河の底の氷が解けるにつれて、下へ下へと5万年の歳月をかけて沈んでいったのかもしれない。

一部の生物は、もっと新しい時代に湖にやって来た可能性がある。氷床の下に染み込んでくる海水によって運ばれてきたと考えられるのだ。ウィランズ湖は接地線(陸から海に流出する氷河の陸上にある部分と洋上にある部分との境界線)からわずか100kmの距離にある。長年にわたり南極大陸のこの領域を調べてきたオタゴ大学(ニュージーランド・ダニーディン)の氷河学者Christina Hulbeは、氷が薄くなったり厚くなったりすると接地線の位置も変わってくるため、過去数千年の間にウィランズ湖と海の間で水(と微生物)のやりとりがあった可能性がある、と主張する。

非常に興味深いアイデアにつながる発見もあった。湖水中に微量のフッ化物が含まれていたのである。これは、この地域に熱水噴出孔が存在する証拠となるかもしれない。熱水噴出孔は豊かな化学エネルギー源であり、チューブワームや好熱性微生物など、奇妙な生物の孤立集団を支えている可能性がある。テキサス大学オースティン校(米国)の氷河研究者Donald Blankenshipは、「ウィランズ湖の中に熱水システムが存在しているかもしれないのです」と語る。ウィランズ湖は地殻が薄くなっている幅の広い地溝の中にあり、Blankenshipによるレーダー調査の結果から、氷の下に火山らしきものがあることが示唆されている3,4

今回の調査結果は、南極大陸が周囲の海洋、ひいては地球全体に影響を及ぼす仕組みの解明にも役立つ可能性がある。最新のデータが示唆するように、氷床の下の微生物が堆積物中のミネラルの変化に重要な役割を果たしているのであれば、これらの微生物は氷河の下を流れる水に鉄分を供給し、またその水は最終的には海洋に到達する。このプロセスは慢性的な鉄分不足状態にある南洋の生態系にとって重要な栄養源となり得る5、とブリストル大学(英国)の海洋生物地球化学者Martyn Tranterは説明する。

さらに、ウィランズ湖の湖水にはギ酸塩が少量存在していることも明らかになった。この結果から、ウィランズ湖の下にある酸素に乏しい深部堆積物中でメタンが発生している可能性が示唆される。メタンは強力な温室効果ガスだ。2012年の研究では、南極大陸の氷床の下にある堆積物には数千億tのメタンが含まれていると見積もられており、これは北極の永久凍土層に蓄積されているメタンの量に匹敵する。南極大陸の氷が後退すると、こうしたメタンが大気中に放出されて、地球温暖化を悪化させる恐れがある6

ウィランズ湖の調査からは、氷の下の生命について断片的な情報しか得ることができないため、複数の研究チームが他の氷底湖を探査して、欠けている情報を補おうとしている。ロシアのチームは現在、ボストーク湖から採取した水を分析している。ボストーク湖は南極大陸東部の深い地溝の中にあり、厚さ3.7kmの氷に覆われている。研究者らは、このサンプルの解析は困難であると言う。サンプルの水は掘削孔の底で1年間凍らされた後に表面に引き上げられているからだ。その上、氷が引き上げられる際には、掘削孔内にある掘削液のケロシンにさらされてしまっている。

もう少しウィランズ湖に近い場所には、厚さ3.4kmの氷に覆われたフィヨルド内のエルスワース湖がある。前述のようにPearceらは2013年にこの湖の掘削を試みたが、掘削ドリルの操縦に問題が生じてプロジェクトを断念することを余儀なくされた。

ウィランズ湖を覆う氷はエルスワース湖やボストーク湖を覆う氷よりも薄いため、掘削は比較的容易だったが、そう簡単には秘密を明かしてくれなかった。最初のサンプルを採取した翌日、掘削孔内に降ろされたカメラは、湖に近づくにつれて魅惑的な光景を映し出し始めた。あたかも雪が逆さに降ってくるように、氷のかけらが虹色に輝きながら吹き上がってきたのだ。これは、掘削孔が速やかに再凍結しつつあることを示していた。やがて掘削孔が狭くなり、観測装置がつかえて動かしにくくなると、作業員は熱水を注入して掘削孔を広げなければならなかった。そんな攻防を4日間続けた後、観測チームは掘削孔を放棄することを決めた。そして、自然にふさがるようにし、キャンプを引き払い、苦労して手に入れたサンプルを本国に空輸したのだった。

翻訳:三枝小夜子

Nature ダイジェスト Vol. 11 No. 11

DOI: 10.1038/ndigest.2014.141116

原文

Antarctica’s secret garden
  • Nature (2014-08-21) | DOI: 10.1038/512244a
  • Douglas Fox
  • Douglas Foxは、米国北カリフォルニア在住のフリーランス・ジャーナリスト。

参考文献

  1. Christner, B. C. et al. Nature 512, 310-313(2014).
  2. Whitman, W. B., Coleman, D. C. & Wiebe, W. J.Proc. Natl Acad. Sci. USA 95, 6578-6583(1998).
  3. Blankenship, D. D. et al. Nature 361, 526-529(1993).
  4. Schroeder, D. M., Blankenship, D. D., Young, D. A. & Quartini, E. Proc. Natl Acad. Sci. USA 111, 9070-9072(2014).
  5. Death, R. et al. Biogeosciences 11, 2635-2643(2014).
  6. Wadham, J. L. et al. Nature 488, 633-637(2012).