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人体の常在細菌叢は薬の宝庫

Nature ダイジェスト Vol. 11 No. 11 | doi : 10.1038/ndigest.2014.141108

原文:Nature (2014-09-11) | doi: 10.1038/nature.2014.15900 | Vaginal microbe yields novel antibiotic

Erika Check Hayden

ヒトに棲み着いている細菌ゲノムデータから、新規の抗生物質が発見された。

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人体に常在する細菌叢の遺伝子の中には、薬として使用できる可能性のある分子をコードしているものが多数存在するようだ。今回、カリフォルニア大学サンフランシスコ校(米国)の微生物学者で化学者でもあるMichael Fischbachらは、そうした分子の1つとして、膣内の常在細菌が作り出す新規な抗生物質を見いだしCellに報告した1。「ラクトシリン(lactocillin)」と名付けられたこの抗生物質の発見は、医薬の面からみて常在微生物叢に大いに開拓の余地があることを物語っている。

「人体の微生物叢が抗生物質分子の産生という点で極めて多様な可能性を秘めていることが、この研究で明らかになりました」と話すのは、ラヴァル大学病院センター(CHUL;カナダ・ケベック州)の微生物学者Marc Ouelletteだ(今回の研究には参加していない)。

人体に常在する微生物の総体である「マイクロバイオーム」の構成は、我々の健康を大きく左右することがこれまでの研究から示唆されているが、その仕組みを正確に捉えることはいまだに困難だ。

この未開の分野を少しでも解明しようと、Fischbachらのチームはある研究を試みた。彼らはまず、機械学習アルゴリズムを構築した。次に、このアルゴリズムを搭載したコンピュータープログラムに、薬として働き得る低分子化合物を産生する既知の遺伝子を認識するよう学習させた。そして、ヒトマイクロバイオームの参照ゲノムから同様の遺伝子を探し出すよう、このプログラムに命令した。探索の結果、人体の表面や内部に常在する微生物のゲノム中に、薬剤候補となる化合物を産生する遺伝子が数千種類も見つかった。その中には、臨床試験が進行中の「チオペプチド」という種類の抗生物質に似た物質の遺伝子も含まれていた。

「製薬会社が薬を発見し、医師がそれを処方し、我々がその恩恵を受けるという構図が当たり前のように受け入れられてきました。しかし今回の発見で、我々自身の体に常在する細菌を利用すれば、そんな構図を踏襲せずに済むと分かったのです。人体に棲み着いている細菌が薬も作っているわけですから」とFischbachは話す。

さらにFischbachのチームは、ヒトの膣内に常在する細菌が作るチオペプチドの1種ラクトシリンを精製して調べたところ、この化合物は、皮膚感染症を起こす黄色ブドウ球菌など、他のチオペプチド類に感受性を示すのと同じ種類の細菌に対し殺菌作用を持つことが分かった。ただし研究チームは、このヒト膣内常在細菌を増殖させて、ラクトシリンを産生するところまでは確認したが、ヒト体内でこの細菌が実際にラクトシリンを産生しているかどうかは明らかにしていない。

ビッグデータが追い風に

チオペプチド類に似た特異的分子をさらに見つけ、それらの働きを調べれば、人体と常在微生物叢との相互作用の解明に役立つだろうと、J・クレイグ・ベンター研究所(米国メリーランド州ロックビル)の微生物ゲノム研究者Derrick Foutsは話す。

「この成果は、バイオインフォマティクスが、オミクス研究の『ビッグデータ』から有益な遺伝子を特定するだけでなく、遺伝子の発現単位をつなぎ合わせて、共生細菌がヒトの健康な微生物叢を維持する仕組みの基本的理解を深めるためにも有効なことを、はっきりと示しています」とFoutsは言う。

今回の論文から、微生物叢が新薬の宝庫である可能性も明らかになったと考える研究者は多い。人体に常在する微生物群が新薬の格好の供給源になるという意見は以前からあり、現在では多くの製薬会社がこのアイデアに賛同して投資している(Natureダイジェスト 2014年8月号、12~13ページ)。Fischbachはそうした2つの企業でアドバイザーを務めている。

コロラド大学ボールダー校(米国)の微生物生態学者Rob Knightは、「この研究は私の知るうちで、ヒトマイクロバイオームから強力な薬効のある新しい化合物を単離した初めての研究です。医療に有益な新規化合物をヒトマイクロバイオームから探し出すための優れた枠組みとなります」と話す。

ノバルティス社(スイス)は、LFF571というチオペプチド系抗生物質1の臨床試験を実施しているが、Fischbachは今回発見した抗生物質を薬剤として開発するつもりはない。その代わりに彼は、ヒトマイクロバイオームが作り出す未知の種類の分子を見つけ出したいと考えている。こうした分子を調べることで、マイクロバイオームが疾患のかかりやすさにどう影響を与えているかを解明する助けが得られるのではないかと、彼は話す。

「人体に有益な常在細菌が何をやっているかを正確に知りたいのです」とFischbach。「常在細菌叢がこれほど多種多様な薬物を作り出せるとは、これまで誰も予想していませんでした。常在細菌叢の有益な性質はこれだけでなく、まだ他にもあると思いますよ」。

(翻訳:船田晶子)

参考文献

  1. LaMarche, M. J. et al. J. Med. Chem. 55, 2376–2387 (2012).

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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