ネアンデルタール人が絶滅したのは4万年前
ムステリアン石器群などの欧州各地の主要なネアンデルタール遺跡40カ所について、放射性炭素年代測定法を用いて歴史年表が作成され、Nature 2014年8月21日号に報告された1。研究チームは、この結果によりネアンデルタール人と現生人類が数千年にわたって欧州で共存していたと結論づけられると考察しており、ネアンデルタール人の消滅や現生人類との関係をめぐる100年越しの膠着状態は決着に向かう可能性がある。
研究チームは、今回、有機遺物196点の放射性炭素を利用して、ネアンデルタール人が欧州から姿を消したのは約4万年前であることを明らかにした。その頃には現生人類が欧州に到達してすでに長い時間が経過していた。この研究の中心人物であるオックスフォード大学(英国)の考古学者Tom Highamは、「現生人類とネアンデルタール人は、かなりの長きにわたって、同時期に欧州の別々の場所で生活していたのです」と話す。共存の期間は長期にわたるため、文化的交流や交雑の機会はたくさんあった、とHighamは付け加える。
3万~5万年前という年代は、正確な放射性炭素年代測定法のちょうど限界にあたるため、考古学者たちはそのとき何が起こったのかが分からず、今なおもどかしさを抱えている。放射性炭素年代測定法は、死後一定の割合で減少する有機遺物中の放射性14Cの定量に基づく技術だ。しかし、半減期約5730年の14Cは3万年が経過すると98%が崩壊して失われる上、埋まっていた土壌から年代の新しい14Cが骨に入り込み始めるため、遺骨は実際よりも新しいものと判断されることになる。そのため、「最後のネアンデルタール人」と「最初の現生人類」が欧州に住んでいた年代ははっきりせず、論争になっていた。
しかしこの10年で、Highamらの研究チームは、最高で5万5000年前の骨の年代を高い精度で測定する技術を開発した(Nature 2012年5月3日号27~29ページ参照)。そこではまず、化学物質による前処理で骨のコラーゲンから余分な炭素を除去し、次に、粒子加速器でごく微量の放射性炭素の測定を行う。
この方法により、洞穴ごとに欧州の先史時代が書き直された。例えばイングランドの南西部2やイタリアの「かかと」3に初期の現生人類が到達したのは、優に4万年以上も前であることが分かった。研究チームは今回、ムステリアン石器群として知られる石器を伴う欧州各地のネアンデルタール人居住地についても、同様の方法で年代を測定した。黒海からスペインの大西洋沿海部にかけて点在する欧州の遺跡から出土した石器とネアンデルタール人遺骨から、彼らが姿を消したのはほぼ同年代(4万1000~3万9000年前)だった、とHighamらは結論づけた。そのデータは、ネアンデルタール人が2万8000年前に至るまでイベリア半島南部の安住の地で生き延びていたという主張4に異を唱えている。
Highamらによれば、現生人類は4万5000年前にはイタリアに存在し、そこでウルッツァと呼ばれる石器文化を発達させていたという。研究チームは、現生人類とネアンデルタール人は南欧の一部地域で5400年もの間共存していたと推測しているが、それ以外の欧州各地では共存期間がはるかに短く、全く共存していない場所もあったという。「両者は確かに同じ場所にいたのです」とHighamは話す。
今回示された共存の可能性は、4万年以上前にフランスとスペインに出現した「シャテルペロン石器文化」で見られる貝殻ビーズや石器などの一部のネアンデルタール人工遺物が現生人類との接触によって生まれた、という異論の多かった説を支持するものでもあるとHighamは語る。
チャンスは幾度も
ケンブリッジ大学(英国)の考古学者Paul Mellarsは、「全くHighamの言うとおりです」と話す。Mellarsは、ネアンデルタール人が現生人類の技術を借用したという説を長年支持している。「欧州全体とは言わないまでも、多くの地域で、接触や相互作用の機会が何千回とあったと想像しています」とMellarsは語る。
一方で、もっと懐疑的な意見もある。ジブラルタル博物館(英国)の遺産部門を監督するClive Finlaysonは、ジブラルタル先端のネアンデルタール炭化遺物の年代を2万8000年前とした研究チーム4の一員で、今回の歴史年表の大胆な結論に疑問を呈している。最後のネアンデルタール人居住地が発見されているとは考えにくい上、温暖な地に埋まっていた骨では寒冷地のようにコラーゲンが保存されないため、Highamらが異物除去に利用した方法ではうまくいかない、というのがFinlaysonの主張だ。Finlaysonが指摘するコラーゲンの保存問題は、彼が「最後のネアンデルタール人が生きていた」と信じる南イベリアにも当てはまる可能性がある。「私たちがここで空中楼閣を築こうとしていることになるのか、とても心配です」とFinlaysonは気をもむ。
一方のHighamは、ネアンデルタール人がなぜ死に絶えたのか、また現生人類とはどのように関わりを持っていたのかなど、ネアンデルタール人を取り巻くその他の謎も、今回の歴史年表で解き明かされることを期待している。例えば、欧州および西アジアの遺骨から回収されたDNAは、5万年以上前に現生人類とネアンデルタール人とが交雑したことを示しているが、おそらくそれは、欧州人とアジア人の共通祖先がアフリカから出た時期だ。
現生人類とネアンデルタール人が欧州にいる間に交雑したという証拠は得られていないが、数千年にわたる共存は交雑の可能性を高める、とHighamは言う。「ネアンデルタール人は本当は絶滅したのではなく、私たちの中に生き延びているのだと考えたいですね」と彼は語る。
翻訳:小林盛方
Nature ダイジェスト Vol. 11 No. 11
DOI: 10.1038/ndigest.2014.141110
参考文献
- Higham, T. et al. Nature 512, 306–309 (2014).
- Higham, T. et al. Nature 479, 521–524 (2011).
- Benazzi, S. et al. Nature 479, 525–528 (2011).
- Finlayson, C. et al. Nature 443, 850–853 (2006).
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