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定量的なプロテオミクス技術の開発─挑戦的な研究テーマが10数年越しに結実

–– 中山先生は、細胞周期1,2やアポトーシス3,4、タンパク質分解5に関する輝かしい研究の成果をお持ちですが、プロテオミクスも始められたのですか?

中山: いえいえ、プロテオミクスの研究は、もう10年以上も続けています。しかし、これまであまり論文という形で発表してこなかったので、ご存じない方も多いのでしょう。

私のラボでは、短期間で成果を期待できるテーマと、挑戦的なテーマの二本立てで研究を進めています。前者の場合、現在の技術を使って問題を解くこと、後者の場合、“未来”の技術を作る研究に挑んでいます。今回、後者に相当するプロテオミクスの技術開発がようやく一段落し、やっと特許が取れたので、公に発表できる状態になったところです。

タンパク質の包括的研究、プロテオミクス

–– それは、どのような技術ですか?

中山: タンパク質を網羅的に、しかも高速で定量できる次世代型プロテオミクス技術、iMPAQT法を開発しました。これまでの質量分析計を使った手法では、処理速度と測定値の質(感度や再現性など)の両方を満足させることができませんでした。ですから、細胞中の微量なタンパク質まで含めた全体像を知ることが困難だったのです。私たちの技術を使えば1細胞中に1000分子程度の微量なタンパク質でも定量可能となり、1時間で1000種類のタンパク質を処理できるようになりました。

–– 開発で工夫された点は?

中山: iMPAQT法では、個々のタンパク質に備わった固有の情報を事前に質量分析にかけて取得しておかなくてはなりません。それには、測定用のタンパク質(組換えタンパク質)が必要です。そこで、約2万個ものヒト組換えタンパク質を、あらかじめ全部試験管内で作製する作戦をとることにしました。周囲からは最初、「クレイジーだ」と批判されましたが、ちょうどその当時に産業技術総合研究所の 五島直樹先生らが開発されていた新手法を利用させていただき、何とか3年余りでほぼ全てのヒトタンパク質を人工合成し、情報を得ることができました。

この情報をもとに質量分析を行って、タンパク質の定量情報を得る技術がiMPAQT法です。

–– この技術でどんなことが可能に?

図1:代謝経路マップの酵素を定量することで、がん細胞の特性が理解できる。

中山: 例えば、近年特に注目されている分野の1つにがん代謝があります。iMPAQT法を使えば、ヒトの代謝経路マップに示されている全酵素の存在量を、正常細胞とがん細胞で比較することができます。すると、たくさんの酵素の中で、何が本当にがん代謝の特性を決定する酵素なのかが見えてきました(図1)。またこのデータは網羅的・定量的であるので数理科学の導入が可能です。その結果、精密なシミュレーションを通じて、実験しなくても結果が予測できるようになりました。

定量生物学から数理科学という流れは、これからの生命科学の本流になるでしょうし、iMPAQT法はその基盤となるものです。

–– 代謝反応以外での利用も可能?

中山: 細胞周期やシグナル伝達など、全ての分野で利用可能です。また、リン酸化やメチル化といったタンパク質の翻訳後修飾も定量できます。

基礎研究だけでなく、臨床検査やバイオマーカー探索、創薬にも利用できたりと、iMPAQT法のインパクトには非常に大きな広がりを期待しています。

–– そもそも、プロテオミクス研究を選んだきっかけは?

中山: 生命というシステムを理解するには、ゲノムばかりではなく、タンパク質レベルでの解明が不可欠です。しかし、個々のタンパク質をいくら深く調べても、全体像が見えてこない。壁を感じたのが、2000年頃のことでした。そのとき、細胞中のタンパク質を包括的に見るということの重要性に気付きました。でも、全タンパク質を定量する技術がなかった。なければ自分で開発するしかない、と乗り出したわけです。技術の開発は重要で、科学を進める原動力だと思っています。

ところで2014年の春、ヒトのプロテオームの大半を調べたという論文がNatureに載りましたが、あの研究では精密な定量はなされておらず、単なるカタログ作りにすぎません。高い再現性で非常に正確な定量ができるところが、私たちの技術の大きな利点です。

あえて波風を立てる

–– 物事をはっきりおっしゃるので、摩擦も多いのでは?

中山: ははは。子どもの頃から、自己主張が強いと成績表によく書かれて、両親を心配させました。若い頃は素で強気の発言をしていましたが、今では、半ば確信犯的にやっています。「誰かが言わなきゃならない」という正論をはっきり言うことが自分に与えられた役割だと思っていますので。まあ当然、敵も増えるでしょうが(笑)。ただし、見識を欠くことがないように、ということだけは常に心がけています。

–– 34歳で教授になられてラボを主宰し、今年で18年目。学生の間では、厳しいラボと評判ですね。

中山: はい。信念を持って、厳しくやっています。グローバルスタンダードが、私のラボで目指す基準。そのために重要なことは、1つに積極性。ミーティングで発言なしが2回続いたら、他のもっと良いラボを紹介します、と言っています。厳しいようですが、学生は次第に慣れてきて、積極的に意見を言う習慣が自然と身につきます。

もう1つ重要なことは、思考力の高い人間になること。それには、知識を身につけることと、考える方法を知ることが大切です。考える方法については、私が実地で教えています。学生と対話する時間を多く設け、私の考えをその都度表現し、考え方のパターンが伝わるように努力しています。学生にも、「どう考える?」と常に聞くようにしています。

今のご時世に逆行するようですが、ある程度圧力をかけ、厳しく指導することは教育の根本だと思います。おかげさまで、うちのラボから留学生を紹介した場合、留学先のボスから必ず、「素晴らしい人材を送ってくれてありがとう」というメールをいただきます。

–– ところで、挑戦的なテーマを担当されると、なかなか論文が発表できませんね。

中山: ええ。ですから、学生には担当させません。このプロテオミクス技術の開発を、実際、10年以上にわたって進めてくれているのは、松本雅記君(現在准教授)です。もともと化学が専門で、彼自身、強い興味を持って、じっくりと取り組んできました。こういう息の長い研究も科学には必要なので、彼のことは今後もサポートしていきたいと思います。

–– 最後に、研究不正を防ぐために努力されていることをお聞かせください。

中山: ラボの人たちに対する影響力として最も大きいのは、ボスの示す態度だと私は思っています。例えば、予想どおりの実験結果が出たとします。それは、一見正しそうに見えても、10回に1回くらいは、大間違いのこともある。だからこそ対照実験が重要なのですが、そのことを教授が常日頃から口酸っぱく言わなければなりません。そうした経験の積み重ねが、教育として生きてくるのだと思 います。

研究不正問題に対処することは容易ではありません。しかし、長い時間をかけて一定の信念の下に議論を重ね、1つ1つ改善していく努力が必要です。多くの障壁もあり、問題解決は一朝一夕にはできませんが、私は一科学者として、正しい意見を継続して発信していく勇気を持ち続けたいと思っています。

–– ありがとうございました。

聞き手は、藤川良子(サイエンスライター)。

Author Profile

中山 敬一(なかやま・けいいち)

九州大学生体防御医学研究所分子医科学分野教授。1986年に東京医科歯科大学医学科卒。1990年順天堂大学大学院修了。同年ワシントン大学医学部ポスドク。1992年同大学ハワードヒューズ研究所博士研究員。1995年日本ロシュ研究所主幹研究員。1996年より現職。

中山 敬一氏

Nature ダイジェスト Vol. 11 No. 11

DOI: 10.1038/ndigest.2014.141120

参考文献

  1. Nakayama, K., et al. Cell 85, 707-720 (1996).
  2. Miyamoto, A., et al. Nature 416, 865-869 (2002).
  3. Shirane, M. & Nakayama, KI., Science 314, 818-821 (2006).
  4. Nishiyama, M., et al. Nature Cell Biol 11, 172-182 (2009).
  5. Takeishi, S., et al. Cancer Cell 23, 347-361 (2013).