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遺伝子探索が精神医学にもたらす恩恵

Nature ダイジェスト Vol. 11 No. 10 | doi : 10.1038/ndigest.2014.141018

原文:Nature (2014-07-24) | doi: 10.1038/511393a | Gene-hunt gain for mental health

Sara Reardon

15万人以上の試料をもとに遺伝子探索が行われ、統合失調症に関連する染色体上の領域が大量に突き止められた。

Thinkstock

統合失調症をはじめとする精神疾患の複雑な遺伝的基盤を解明するという目標に向かって、研究者たちは大きな一歩を踏み出した。Nature 2014年7月24日号421ページで発表された論文1で、108カ所の染色体上の領域が統合失調症と結び付けられた。その大部分は今回初めて明らかにされたものであった。

この有望な結果の発表と同じ日に、ブロード研究所(米国マサチューセッツ州ケンブリッジ)のスタンレー精神医学研究センターには、精神疾患研究の拡大のためにと6億5000万ドル(約650億円)が寄付された。この巨額な寄付を行ったのは、慈善家でスタンレー精神医学研究センターの創設者であるTed Stanleyだ。ブロード研究所はこの金額について、精神医学分野への寄付としては史上最高額だと説明している。

「この寄付によって当センターが非常に長く存続できることが保証されたため、野心的な長期プロジェクトを実施したり、リスクのある知的な探究を行ったりすることもできるようになりました」と、センター長のSteven Hymanは言う。

同センターはこの寄付金を遺伝学的研究だけでなく、統合失調症や自閉症や双極性障害といった疾患に関わる生物学的経路の研究の資金として使うつもりだ。さらに、精神障害の解明のためにより良い動物モデルと細胞モデルの探究にも努力が注がれるだろうし、薬剤開発につながる化学物質の研究も行われるだろう。

Natureに前掲論文1を発表したのは、ブロード研究所の他80以上の研究機関からなる研究共同体、精神医学ゲノミクス・コンソーシアム(PGC;Psychiatric Genomics Consortium)である。PGCの数百人に及ぶ研究者は、15万人以上の人々(そのうち3万6989人は統合失調症と診断されていた)から試料を集め、その情報を共有した。この莫大な数の試料によって、統合失調症に関連する108の染色体上の領域(座位)を見つけ出すことができた。これらの座位の塩基配列は、統合失調症患者と健常な人々では異なっていることが多い。「この論文はいろいろな意味で、ゲノミクスは役に立つ研究だという証拠になります」とHymanは言う。

国立精神衛生研究所(NIMH;米国メリーランド州ベセスダ)の所長Thomas Inselは「この分野の歴史におけるかなり興味深い瞬間といえるでしょう」とこれに同意する。彼はこの研究に関わっていない。

多様体(形質の相違を生む塩基配列上の差異。バリアントともいう)の多くは一般的なものであるようで、ほとんどの人がそうした多様体をいくつか持っている。しかし、統合失調症患者にはそうした多様体がより多く存在し、おのおのが発症のリスクを全体的に少しずつ高めている。このため小さい規模の試料数では多様体を見つけるのが難しいのである。それ故、PGCの共同研究がとても重要なのだとInselは言う。「一般的な多様体を探すのであれば、たくさんの仲間と共同で研究しなければなりません」。

また、試料数の規模が大きいことにより、各多様体が統合失調症にどの程度のリスクを提供するかを示す「リスクスコア」を計算するアルゴリズムを開発することもできた。将来的には、このリスクスコアをもとに統合失調症を発症する可能性があるかどうかを予測したり、確実な診断をつけにくいときの裏付けに使用したりすることが可能になるかもしれない、とInselは言う。NIMHは近いうちに、徹底的な遺伝子の探査と、その結果から得られた遺伝学的手掛かりを追求する研究にさらなる資金を投じることになるだろうと彼は言い添える。

PGCの論文で特定された108の座位のうちの83は、これまでの研究では見つかっていなかったものである。一方で、今回特定された座位の多くは、統合失調症やその他の精神障害に関わると考えられている遺伝子の中あるいは近傍に位置する、とカーディフ大学(英国ウエールズ)の精神科医でこの研究を率いたMichael OʼDonovanは言う。そうした座位の1つにドーパミン受容体DRD2をコードする遺伝子を含むものがある。DRD2は、現在使われている全ての統合失調症治療薬の標的の1つだが、リスク因子として名前が挙がったことはこれまで一度もなかった。また、この座位には、ニューロン間の電気的シグナルの伝達と、脳細胞間の接続の形成に関わる数個のタンパク質をコードする遺伝子も含まれていた。

統合失調症に関連するいくつかの座位は免疫系に絡むタンパク質をコードしている。免疫系は以前から統合失調症の引き金になるのではないかと考えられてきた。OʼDonovanは、そうした関連は興味深いが、その重要性はまだ明確ではないと言う。

「統合失調症に関わる遺伝的因子がこれほどたくさん存在することが確認されたのは衝撃的です。これまでの研究でも、そうしたヒントは得られていましたが、今回の研究でレベルが一段階上がりました」と、ニューヨークのマウント・サイナイ医科大学の精神医学遺伝学研究者でこの論文の共著者であるPamela Sklarは説明する。PGCは来年までに統合失調症患者の試料数を倍にする計画を立てており、それによって最も重要な多様体を突き止めることができるようになるはずだとOʼDonovanは期待する。

また、研究チームは、さらにデータを拡大して世界中の人々のDNAを含むようにすることを計画している。現在のところ、およそ20万のサンプルが集まっているが、それらは主に北欧系子孫のものである。「私たちは全世界の人々の健康を平等に改善したいと考えており、世界の一部の人々だけを対象とした治療の開発は望んでいないのです」と、Hymanは語る。

チームが研究に取り組んでいる疾患は統合失調症だけではない。今回Natureに発表された統合失調症の論文の共著者の多くが、Nature Genetics 2014年7月20日号に発表された2自閉症に関する論文の著者として名を連ねている。この研究では、466人の自閉症患者と、約2500人の自閉症でない人のゲノムを調べ、自閉症のリスクの約52%は遺伝的なものであると推定した。先天的に受け継がれたものではなく、発生中に自然に生じた突然変異に関連付けられたリスクは2.6%のみであった。統合失調症同様、自閉症も一般的な多様体の特定の組み合わせによって主に発症するようだが、自閉症患者は少数のまれな多様体を遺伝的に受け継いでいる傾向も強く、そうした多様体のそれぞれがリスクを大きく高めている、と著者たちは示唆する。そして、こうした多様体は非常にまれであるため、本当に重要なものがどれなのか見極めるには、試料数の規模をもっと大きくする必要があるだろう、とこの研究を率いたマウント・サイナイ医科大学の分子生物学者Joseph Buxbaumは述べる。

さらにPGCは、神経性やせ症や強迫性障害など、これまであまり研究されてこなかった疾患を含むいくつかの精神疾患に関連付けられているゲノム領域を標的とする「PsychChip」という遺伝子解析用プラットフォームも使用している。研究チームは今年中に精神病患者10万人分の試料について塩基配列を解読したいと考えているとSklarは言う。これだけの数が集まれば、非常に重要な関連を見つけ出すことも可能になるだろう。

(翻訳:古川奈々子)

参考文献

  1. Ripke, S. et al. Nature http://dx.doi.org/10.1038/nature13595 (2014).
  2. Gaugler, T. et al. Nature Genet. http://dx.doi.org/10.1038/ng.3039 (2014).

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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