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電気薬学に熱い視線が集まる

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薬の力では膵臓の細胞にインスリンを作らせたり、動脈を弛緩させて血圧を下げさせたりすることができない場合には、適切な電気刺激によって良い効果を得られる可能性がある。ペースメーカーと人工内耳による治療の数十年にわたる成功、そして小型化技術の進歩に後押しされ、今「電気薬学(electroceuticals)」に対する関心が高まっている。電気薬学療法とは、生体電子装置インプラントにより神経を刺激して病気を治療する方法だ。

2014年7月、国立衛生研究所(NIH;米国メリーランド州ベセスダ)は、身体の電気回路図を明らかにし、電気薬学的装置を開発することを目的とした、予算2億4800万ドル(約250億円)の計画を発表した。この計画はSPARC(Stimulating Peripheral Activity to Relieve Conditions;症状緩和のための末梢神経活動刺激)と仮称されている。同様の計画は、大手製薬会社グラクソ・スミスクライン(GSK;英国)社でもすでに始動しており、製品の発売を目前に控えているバイオ企業もいくつかある。

2014年5月1日、米国食品医薬品局(FDA)は、インスパイア・メディカル・システムズ社(Inspire Medical Systems;米国ミネソタ州ミネアポリス)が開発した装置を承認した。これは気道の筋肉を刺激して、睡眠中の呼吸を調節することにより睡眠時無呼吸を治療する装置である。さらに6月17日、FDA諮問委員会は、エンテロメディックス社(EnteroMedics;米国ミネソタ州セントポール)が開発した体重管理装置を承認するようFDAに勧告した。この装置は食道と胃の間に埋め込まれ、迷走神経を刺激することで、満腹だと患者に感じさせる。

科学者たちは、こういった装置がもっとたくさん登場するだろうと予測する。「神経系は内臓にくまなく張り巡らされ、臓器の機能の多くの局面を支配しています」と、ロンドンのGSK社のバイオエレクトロニクス部門長Kristoffer Fammは言う。薬物で細胞を標的として働きかけるのではなく、主要な神経に電気パルスを送って器官が受ける指令を変化させることで、その器官の機能を制御する、という治療が可能になり得ると彼は言う。

そのような方法をとることで、薬物療法よりももっと精密な治療が行えるようになるかもしれないと、ペンシルベニア大学(米国フィラデルフィア州)の生体工学研究者Brian Littは言う。例えば、自己免疫疾患の場合、薬剤で免疫系全体を狙うよりもむしろ、慎重に選ばれた神経に電気薬学的装置を設置する方が理にかなっているだろう。また、複数の神経入力によって機能が制御されている膀胱や、炎症反応や食欲など多数の局面で役割を担っている迷走神経などが関わる疾患には、電気的介入が向いているように思われる。

「新薬を開発して錠剤を服用する、という伝統的なやり方が治療法として最適とはいえない疾患も多数あるでしょう」と、デューク大学(米国ノースカロライナ州ダラム)の生物医学工学研究者で、膀胱機能の電気的制御を研究しているWarren Grillは言う。

そうしたことを考慮し、2013年12月、GSK社は、特定の電気シグナルを読み取ってある組織を刺激し、60日間安定して特定の機能を営ませ続けることができる埋め込み式小型装置を最初に開発したチームに100万ドル(約1億円)の賞金を与えると発表した(Nature 2013年4月11日号、159~161ページ)。同社は社内の電気薬学研究に5000万ドル(約50億円)を投じており、また、25の大学の科学者たちからなるコンソーシアムを立ち上げるための資金を提供している。コンソーシアムはより広い範囲の研究者たちが利用できる装置の開発を目指している。Fammは、心血管疾患からリウマチ様関節炎、そしてがんに及ぶ20の異なった疾患に対する電気薬学研究を進めていると述べる。「胸が躍りますね。とはいえ、全ての臓器がおとなしく言うことを聞いてくれるわけではないと思いますが」とFamm。

電気薬学インプラントは有望に思えるが、それが働く仕組みについてはよく分かっていないことがしばしばだ。「現時点では、多くのことが現象論に基づいています。体に電極を埋め込んで刺激してみる、すると効果が表れる、というわけです」と、国立神経疾患・脳卒中研究所(米国メリーランド州ベセスダ)の神経工学プログラムのディレクターKip Ludwigは言う。

SPARCでは、一歩後退して、臓器系の電気制御の基礎となるメカニズムの解明に焦点を合わせて知識の溝を埋めることを計画している。最初の研究助成金は2015年前半に付与される予定だ。NIHは、この先の6年間で、5つの器官系(どれになるかはまだ決定していない)の神経と電気的活動をマッピングし、その後、それらの神経に装着できる電極装置を開発して、高分解能の記録・刺激インターフェースを数十年にわたって損傷なしに神経とともに維持できるようにしたいと考えている。

最も挑戦しがいのある難題は、各器官へ、そして各器官から伝えられる数百のシグナルを個別のシグナルに分けることだろう。目標は、体の他の部分の機能を変えることなく、所期の効果を引き出すシグナルのみを狙える装置を作ることだ、とLittは語る。これはとてつもなく難しい仕事だと彼は付け加える。「高速道路に装置を設置し、通りすぎる車をただ観察するだけで、どの車がどの出口から出るかを判別しようとするようなものなのですから」。

翻訳:古川奈々子

Nature ダイジェスト Vol. 11 No. 10

DOI: 10.1038/ndigest.2014.141007

原文

Electroceuticals spark interest
  • Nature (2014-07-03) | DOI: 10.1038/511018a
  • Sara Reardon