Japanese Author

遺伝情報の転写時に、短いRNAが作られる仕組みを解明!

–– 東京工業大学で学ばれ、一貫してRNAを研究対象にされていますね。

山口: はい、学生としてRNAの転写反応を解析していた半田宏教授(現 東京医科大学特任教授)の研究室に入り、学位取得後も東工大に残りました。半田教授の退官後は私が研究室を引き継ぎ、現在に至ります。留学も共同研究のために短期間行っていただけなので、もう20年以上も東工大にいることになります。

遺伝情報が機能を発揮するには、遺伝子配列と相補的なmRNAが合成されなくてはなりません。この仕組みを「転写」といい、RNAを作り始める「開始段階」、合成して伸ばす「伸長段階」、合成をやめる「終結段階」からなります。このうち、開始については約30年前から研究が始まっています。今では、遺伝子の転写開始領域(プロモーター)にRNAポリメラーゼ(RNAポリメラーゼII)といくつかのタンパク質がセットされると、そこにヌクレオチドが取り込まれるようになり、mRNAの合成が開始されるといったことが分かってきました。ただし、伸長と終結については分かっていませんでした。遺伝子発現のスイッチは開始段階で制御されており、伸長段階は重要ではないとされていたからです。教科書でもほとんど触れられていませんでした。

半田教授は、「それならば伸長の仕組みを解明しよう」と考えました。転写開始の仕組みがほぼ解明された1990年代半ばのことです。まず、伸長に関与するタンパク質の探索を行いました。試験管内の実験で、細胞の抽出液を用いた「mRNAが伸長する系」を再現し、作られるRNAの長さを左右する因子群を探し出したのです。その結果、DSIF(DRB-sensitivity inducing factor;DRB感受性誘導因子)とNELF(negative elongation factor;転写伸長抑制因子)という2つのタンパク質を突き止めることに成功しました1,2

–– 2つの因子は、どのような機能を持っていたのでしょうか?

図1:DSIFとNELFが協働してRNA伸長を抑制する仕組み
DSIFとNELFは転写開始後のRNAポリメラーゼIIに結合し、転写開始部位から比較的近いところでRNAポリメラーゼIIの一時停止を引き起こす。この一時停止は、RNAポリメラーゼIIのC末端ドメインのリン酸化によって解除される。

山口: 興味深いことに、両者が互いに協調して働くことでmRNAの伸長を抑制する機能がありました。mRNAを合成中にDSIFとNELFがRNAポリメラーゼIIに結合し、RNA合成を止めることが分かったのです2。RNAポリメラーゼIIによるエンジン機能を、2つのブレーキで抑制するといったイメージです。一方で、RNAポリメラーゼIIの特定部位(C末端ドメイン中のリピート配列の一部)が別の因子によってリン酸化されると、それがブレーキを解除するスイッチとなってNELFは再びRNAポリメラーゼIIから離れ、転写伸長が再開されることも分かりました(図1)。

つまり、それまで、RNAは継続して一気に合成されると考えられていましたが、実際はそうではなく、伸長と中断を繰り返していたのです。RNAポリメラーゼIIを介する転写機構は真核生物に共通して見られることから、ほぼ全ての遺伝子の転写伸長に関与していると考えられます。

–– 今回は、終結について解析されたのですね。

山口: そのとおりです。実は、終結の機構についても2000年以降少しずつ解析されるようになってきました。このような先行研究により、終結段階においてmRNAの3’末端が加工される仕組み(3’プロセシングと呼ばれる)には、以下の3つの経路が報告されていました(図2)。

図2:終結段階で見られる3経路の3’プロセシング
各経路には異なるタンパク質因子とRNA上の特異的塩基配列が関与する。

1. タンパク質をコードする遺伝子の大部分(数キロ〜2メガ塩基対)から作られるmRNAが進む経路。切断酵素がmRNAの特定配列を認識し、3’末端にポリAを付加する。

2. DNAを束ねるヒストンタンパク質の遺伝子(500〜700塩基対)から作られるmRNAに特異的な経路。ヒストンmRNAにはポリAが付加されずに切断反応が起きる。

3. 100塩基ほどの短いRNA(snRNA)を作るための経路。2と同様に、ポリA付加を受けず切断反応が起きる。

私たちは今回、ある偶然の発見から、NELFが3の経路に関与する証拠を得ることができ、その詳細についてNELF遺伝子をノックダウンしたり他の阻害剤を用いたりして調べました。その結果、NELFが働かないと、snRNAが本来の3’プロセシングを受けないだけでなく、ずっと下流でポリA付加を受けて転写を終結させ、異常に長いsnRNAができてしまうことが分かりました3

実はこれとよく似た現象を以前に発見しており、大変驚きました。その現象とは、2の経路において、NELFが働かないとポリAを持った異常に長いヒストンmRNAができてしまうというものです4。つまり、3’プロセシングの「デフォルト経路」は1であり、短いRNAが作られる2や3の経路にNELFが重要であることが分かったのです。もちろん、正しいプロセシングを受けなかった異常なRNAは、本来の機能を果たすことができませんでした。

–– どのような知見が得られたのでしょうか?

山口: 私たちは、NELFはRNAポリメラーゼIIに結合して、「RNAポリメラーゼIIがどこで転写を止め、どの3’プロセシング経路をたどるか」を指令しているのではないかと考えています。遺伝子の数からみても1の経路が多数派なので、RNAポリメラーゼIIは本来、非常に長い遺伝子を転写するための酵素だといえます。つまり、すぐに転写が終結してしまっては都合が悪いわけです。ところが、ヒストン遺伝子やsnRNA遺伝子といった例外的に短い遺伝子を転写する場合には、RNAポリメラーゼIIによる転写をすぐに止めてもらわないと困ります。NELFは、転写が始まって間もないうちは1の経路を阻害し、2と3の経路にだけゴーサインを出すことによって、短いRNAの合成を可能にし、遺伝子ごとの異なるニーズを満たしているのだと思います。

–– 残る1の経路にNELFは関与していないのでしょうか?

山口: その点は、まさに今、解析中です。実はタンパク質をコードする長い遺伝子上にもNELFは多く存在しているので、ヒストン遺伝子やsnRNA遺伝子で見られたのと同じように、作られるRNAの長さをNELFが調節しているのではないかと考え、その分子機構の解明に取り組んでいるところです。

–– NELFは病気とも関連がありそうでしょうか?

山口: 「DNAを束ねる」というヒストンタンパク質の機能は、生命を根元で支える仕組みといえますので、NELF遺伝子を欠損した生物は、そもそも生まれてくることができません。そのため、遺伝子変異体を使って解析するということが非常に難しく、NELFと病気との関連はよく分かっていません。ただし、悪性度の高いがん細胞のmRNAには正常のものよりも上流でポリAが付加されているとの報告もあり、NELFが何らかの形で関与していることもあり得るのではないかと考えています。

今後は引き続き、作られるRNAの長さをNELFが制御する仕組みの解明を進めていきたいと考えています。さらに、mRNAの長さを制御する因子が他にもあるかといった検討や、生きた細胞中でmRNAの伸長を観察する技術開発などもできればよいと考えています。

–– ありがとうございました。

聞き手は西村尚子(サイエンスライター)。

Author Profile

山口 雄輝(やまぐち・ゆうき)

東京工業大学生命理工学研究科 教授(生命情報医科学講座)。1995年、東京工業大学生命理工学部卒業。1999年、同大学大学院生命理工学研究科修了(工学博士)。学術振興会特別研究員、JSTさきがけ研究者、東京工業大学生命理工学研究科 助手、助教、准教授を経て、2013年より現職。

山口 雄輝氏

Nature ダイジェスト Vol. 11 No. 10

DOI: 10.1038/ndigest.2014.141020

参考文献

  1. Wada, T., et al. Genes Dev. 12(3), 343-356(1998).
  2. Yamaguchi, Y., et al. Cell 97(1), 41-51(1999).
  3. Yamamoto, J., et al. Nature. Communications. 5, 4263 (2014).
  4. Narita, T., et al. Mol. Cell 26(3), 349-365 (2007).