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超弾性有機結晶

「超弾性」とは、固体材料において、機械的負荷により結晶構造が変化することで形状が変化するが除荷後は元の状態に戻る、という特殊な性質のことをいう。超弾性は1932年に金–カドミウム合金で初めて発見1されて以来、有機結晶では観察されたことがなかった。そんな中、横浜市立大学大学院生命ナノシステム科学研究科の高見澤聡および宮本泰広2は今回、テレフタラミドという単純な有機分子の単結晶において超弾性を発見し、Angewandte Chemie誌(2014年5月6日付オンライン版)に報告した。

金属合金やセラミックス材料は、個々の成分が互いに強く結合して硬い結晶を形作っている。こうした材料の中には超弾性を示すものがあり、応力をかけると相転移を起こして巨視的に変形するが3、応力を除去すると転移後の相が不安定になって転移前の相が再び出現するために、形状は元に戻る。超弾性を有する材料といえば、形状記憶合金がよく知られている3。この材料は、元のサイズの10%まで変形しながら、応力を除去すれば変形前の形状に戻ることができる。主な形状記憶材料としてはチタン–ニッケル合金があり、これは医療用ステントやメガネのフレームなどに広く利用されている4

図1:テレフタラミド有機単結晶の可逆的な変形
a. 変形前の結晶状態。ここではテレフタラミドのα相が母相となる。
b. 結晶表面を金属ブレードで押し付けると、応力が一定値に達した時点で、ブレードと接している部分が娘相であるβ相へと相転移し、β相はブレードを押す方向に成長する。
c〜e. β相がブレードを押す方向に対して垂直に成長し、α相とβ相の界面で結晶が折れ曲がる。
f〜h. ブレードを戻して除荷すると、結晶は徐々にα相へと戻っていく。
i. 最終的に全て元の形態に戻る。

SATOSHI TAKAMIZAWA

高見澤と宮本は今回、厚さ約150µm、幅59µmの軟らかいテレフタラミド結晶について実験を行った。「母相(ここではテレフタラミドのα相)」と呼ばれる転移前の状態にある結晶の1辺に、幅25µmの金属ブレードを500µm/分の速度で押し付けたところ、印加応力が一定値に達した時点でブレードと接する部分に相転移が起こり、「娘相(β相)」に変化した。興味深いことにβ相は、最初はブレードを押す方向に成長していたが、結晶の底面に到達して行き場がなくなると、今度は押す方向に対して直角方向に成長し始めた(図1)。β相の領域が成長・伝搬した際、結晶は2つの相の界面で折れ曲がっていた。

次に、ブレードを外して除荷すると、今度はβ相領域が減少し始め、結晶は逆の相転移を起こして最終的に元の形状に戻った。高見澤らはこのサイクルを100回繰り返し、反復後も材料の疲労や転移性質の変化は見られないこと、そしてこの相転移によって結晶が元の形状の最大11.34%まで変形することを示した。α相からβ相への転移を誘起するのに必要な応力は、典型的なチタン–ニッケル合金で同等な転移を誘起するのに必要な応力のおよそ1000分の1であった。

テレフタラミドの結晶は、複数の分子が水素結合ネットワークにより会合して層状構造をとっている。各テレフタラミド分子には、ベンゼン環の両端に第一級アミド基(CONH2)が1つずつあり、各アミド基の2つの水素原子はそれぞれ、長軸方向および短軸方向にある隣接分子のアミド基の酸素原子と水素結合を結ぶ。つまり、長軸方向の片側で水素結合を2本、短軸方向の片側で水素結合を2本形成し、1分子につき6部位、計8本の水素結合で隣接分子とつながっていることになる。こうした綿密な水素結合ネットワークにより二次元の層状構造が形作られ、さらにこの構造が積み重なって三次元結晶を形成しているのだ。高見澤と宮本は、機械的負荷がかかって生じたβ相では、α相よりも分子が密に詰まっているにもかかわらず、水素結合ネットワークは維持されたままであることを見いだした。実は、この水素結合ネットワークこそが超弾性のカギであった。

有機結晶で分子と分子とをつなぎ合わせている「分子間力」は通常、合金やセラミックスで原子と原子とをつなぎ合わせている「共有結合力」よりもはるかに弱い。しかし今回の系では、テレフタラミド分子の長軸方向と短軸方向の両方に張り巡らされた水素結合ネットワークにより、本来なら弱いはずの分子間力が、応力を印加しても結晶が破壊しない程度まで強化されていたのである。

より一般化すれば、高見澤らの今回の研究は、ソフトマテリアルの超分子構造における水素結合の重要性を実証するものといえよう5。水素結合は共有結合よりもはるかに弱いため、水素結合に基づく超分子構造は、機械的負荷や熱、光といった摂動に対して柔軟である。この柔軟性のおかげで、外部刺激が与えられた際にも超分子構造の構成成分が容易に解離や会合を起こし、加えられた摂動をスムーズに消散することができるのだ6

超弾性ソフトマテリアルには、いくつかの応用が考えられる。例えば、マイクロ流体デバイスでは、マイクロチャネルの損傷を防ぐためにチャネル内を流れる流体の圧力をある一定のレベル未満に維持する必要がある。通常、こうした流圧の調節には外部ポンプや内部バルブが使われるが、圧力測定用に独立したセンサーが必要になる。一方、今回提示されたような超弾性有機結晶を利用すれば、圧力の検知と調節を両方こなすことのできる内部バルブが作製できるだろう。さらに、超弾性ソフトマテリアルは、衝撃や振動を吸収・軽減するよう設計された衝撃吸収材の充填剤としても使用できるかもしれない。

翻訳:藤野正美

Nature ダイジェスト Vol. 11 No. 10

DOI: 10.1038/ndigest.2014.141026

原文

A superelastic organic crystal
  • Nature (2014-07-17) | DOI: 10.1038/511300a
  • 池田富樹、宇部達
  • 池田富樹および宇部達は、中央大学研究開発機構に所属。

参考文献

  1. Ölander, A. J. Am. Chem. Soc. 54, 3819–3833 (1932).
  2. Takamizawa, S. & Miyamoto, Y. Angew. Chem. Int. Edn 53, 6970–6973 (2014).
  3. Otsuka, K. & Ren, X. Prog. Mater. Sci. 50, 511–678 (2005).
  4. Jani, J. M., Leary, M., Subic, A. & Gibson, M. A. Mater. Design 56, 1078–1113 (2014).
  5. Kato, T., Mizoshita, N. & Kishimoto, K. Angew. Chem. Int. Edn 45, 38–68 (2006).
  6. Prins, L. J., Reinhoudt, D. N. & Timmerman, P. Angew. Chem. Int. Edn 40, 2382–2426 (2001).