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「曲者」のパンコムギゲノム、解読!

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国際コムギゲノム解読コンソーシアム(IWGSC)が、パンコムギ(Triticum aestivum)のゲノムの概要を初めて明らかにし、2014年7月17日に一連の論文をScienceに掲載した1-4。コムギは、世界的に極めて重要な作物であり、その概要ゲノム塩基配列は、新品種育成を加速させるとともに、古来の主要農産物の複雑なゲノム史を明らかにしてくれるだろう。

パンコムギの概要ゲノムデータを得るまでには長い時間が必要だった。コムギは、全人類の30%が食糧とし、カロリーの20%を供給している作物である。だが、残念なことに、そのゲノム塩基配列は解読が最も困難な部類に入る。というのも現代のコムギのゲノムは、異なる種の度重なる交雑の結果として生まれたからだ。そのため、コムギのゲノムは今、3組のほぼ同じ「サブゲノム」によって構成された6倍体(AABBDDと説明されることが多い)で、それぞれのサブゲノムには7本の染色体が含まれている。コムギ遺伝学者にとって、3組のサブゲノムの遺伝子を区別することは難問だった。

また、そうして生じた21対、計42本の染色体は反復配列だらけで、短い断片をアルゴリズムでつなぎ合わせてひとつながりの全体像を得ることが難しい。研究者たちは、その困難な作業を克服するには、染色体を手作業で1本ずつに分けて選択的に塩基配列を解読する必要があると判断した。

植物の完全なゲノム塩基配列が最初に発表されたのは、2000年のことだ。IWGSCの常任理事Kellye Eversoleによれば、最初に解読されたシロイヌナズナという雑草のゲノムは、パンコムギの21対の染色体のどれよりも小さいという。コムギゲノムは全体で170億塩基から構成され(ヒトゲノムの5倍以上)、含まれる遺伝子は約12万4000個に上る1

今回IWGSCが発表したのは、21対の染色体のうちのわずか1対(3B染色体)の最終的な「参照」ゲノムだ2。しかし残り20対の塩基配列が明らかにされるのももうすぐで、研究チームは3年以内にゲノム全体を完成させることを目指している。

コムギの育種家によれば、今回発表された概要ゲノムにはすでにインパクトがあるという。IWGSCには参加していないが、カリフォルニア大学デービス校(米国)でコムギの研究を行っているJorge Dubcovskyは、「画期的な報告です。農業上重要な遺伝子を同定しようとする全ての計画が加速されるでしょう」と話す。

農学者たちは、増大する人口の要求を満たすための小麦増産を求める圧力にさらされながら、作物に対する気候変動の影響とも戦っている。

コロラド州立大学(米国フォートコリンズ)でコムギの育種を行っているScott Haleyによれば、ゲノム情報を手に入れることで、病害抵抗性や穀粒品質などの重要な形質に関係する遺伝子マーカーを選択し、植物体の生育の重要な局面に影響する遺伝子の候補を発見することができるようになるという。2013年後半から公開リポジトリが利用できるようになり、Haleyの研究チームはそれ以来そこに登録されたデータを活用している。「伝統的な植物育種にとって、大きな前進です」と彼は話す。

3組のサブゲノムのほぼ同一の遺伝子を区別する能力が向上したことは、重要な進歩の1つだ。ノルウェー生命科学大学(オース)の遺伝学者Odd-Arne Olsenが率いる研究チームは、今回の概要配列を利用して、サブゲノムの働きが対等ではないことを明らかにした。ある遺伝子は、特定の種類の細胞や発達段階でしばしば優勢になるという3。これは育種家にとって重要な情報になる可能性があると、Olsenは話す。これは同時に、注目する形質について、各サブゲノムの寄与を評価する必要があることを示唆している。「やるべきことがたくさん出てきたのです」とOlsenは言う。

IWGSCはまた、今回の遺伝子データを利用して、コムギの栽培化史の見直しも行った。現代のパンコムギの混成的なゲノムは、古代の3種間の交雑が起源となっている。しかし、ゲノム塩基配列を解析した結果、その交雑の時期はかつての想定と異なる可能性があることが示唆されたと、Olsenは語る4

Eversoleによれば、IWGSCがこれまでに計上した費用は約5000万ユーロ(約69億円)に上り、事業の完結にはさらに1200万ユーロ(約16億円)近くかかるとみられるという。しかしこれらを合計しても、シロイヌナズナのゲノムが初めて解読されたときの費用ほどではないとEversoleは指摘する。

「コムギゲノム解読事業が、本当にそれに値するのかとよく聞かれました。冗談ではありません。コムギのためにこの情報は絶対に必要なのです。とても重要な食用作物なのですから」とHaleyは力を込めた。

翻訳:小林盛方

Nature ダイジェスト Vol. 11 No. 10

DOI: 10.1038/ndigest.2014.141004

原文

Fiendish wheat genome reveals grain’s history
  • Nature (2014-07-17) | DOI: 10.1038/nature.2014.15577
  • Heidi Ledford

参考文献

  1. The International Wheat Genome Sequencing Consortium Science http://dx.doi.org/10.1126/science.1251788 (2014).
  2. Choulet, F. et al. Science http://dx.doi.org/10.1126/science.1249721 (2014).
  3. Pfiefer, M. et al. Science http://dx.doi.org/10.1126/science.1250091 (2014).
  4. Marcussen, T. et al. Science http://dx.doi.org/10.1126/science.1250092 (2014).