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IPCCの実態に切り込む社会科学研究の行方

Credit: THINKSTOCK

気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は、約6年ごとに、地球温暖化に関するあらゆる知見をまとめた報告書を作成・公表している。この報告書は、何百という科学者たちによる非公開の会合の最終結果であり、こうした会合では、研究内容の精査や最新のモデル研究で導かれた結果の検討、人類に残されたオプションの評価が行われる。2013年9月にはIPCC第5次評価報告書の第一弾、第1作業部会報告書(自然科学的根拠)が公表されており、2014年春には第2作業部会報告書(影響、適応、脆弱性)と第3作業部会報告書(気候変動の緩和)が続く予定だ。こうした報告書が具体的にどういった過程で作成されているのかは明らかにされていない。

2013年10月14~18日に黒海沿岸の都市バトゥミ(グルジア)で開催されたIPCCの第37回総会では、社会科学者チームの提案が議題として取り上げられた。彼らは、IPCCの数多くの会合に録音装置を持ち込み、その場で起こる組織内の相互作用を研究したいと申し入れたのだ。この提案は、米国立科学財団(NSF;バージニア州アーリントン)の助成プロジェクト「評価の評価」の一環であり、実現すれば、IPCC内に存在する社会力学や無意識の偏見、一見平凡な規則などが最終成果にどのように影響を及ぼすのか、さらにはIPCCの評価プロセスを改善し得る方策について、手掛かりが得られる可能性がある。

「これまでの研究は、IPCCと外部世界との相互作用を調べるものが大部分でしたが、我々が関心を持っているのは、IPCCがそれ自体とどう関わっているのかという点なのです。実のところ、IPCCの評価プロセスが実際にどのようなものなのか、ほとんど分かっていません」。こう話すのは、プリンストン大学(米国ニュージャージー州)の気候科学者Michael Oppenheimerだ。彼自身、第1次~第4次の気候変動評価の参加者であり、そのときの自分に偏見があったことを自覚している。

科学社会学者たちは長年、社会力学が科学研究の過程をさりげなく揺り動かしていることに関心を寄せてきた。IPCCは、その国際的名声と政治的重要性のため特に注目の研究対象であり、IPCCをテーマにした研究はこれまでにも行われている。最近2編の論文(K. Brysse et al. Global Environ. Change 23, 327–337; 2013およびJ. O’Reilly et al. Soc. Stud. Sci. 42, 709–731; 2012)が発表された。それぞれの研究チーム(Oppenheimerは両方に加わっていた)は、研究の中心に2007年の第4次評価報告書における海水準上昇の扱いを据え、IPCCには「より劇的でない方に偏り過ぎた」警告を行う傾向があり、そのために判断を誤っているという見方を示している。この研究結果は、IPCCの文書と事後的なインタビューに基づいたもので、海水準上昇についての評価が徹底的に議論された会合に研究チームが実際に参加していたわけではない。

この2つの研究では、IPCCが、西南極氷床の挙動予測に用いられたモデルの不確実性を理由に、西南極氷床の融解そのものを検討対象から除外した決定に着目している。IPCCの最終評価報告書では、海水準上昇が2100年に最大59 cmに達するという予測が示されたが、これは最新の複数の研究で示唆されている氷床の融解加速に伴う海水準上昇予測値を大幅に下回るものだった。研究チームは、この除外決定に至った原因として、数人の重要な科学者の存在、コンセンサスを得る必要性、そして、過去・現在・将来の3つの章立てで海氷について論じるという評価報告書の構成を挙げている。そしてこの構成のために、関与する科学者が増え、不確実性が過度に強調されて評価過程が複雑化してしまったと、彼らは主張した。

Oppenheimerらは今、この論点にさらに深く切り込みたいと考えており、実際のIPCCの会合への参加を申請している。科学者間の相互作用を実地に観察し、会合の中心人物にその場でインタビューできるようになれば、これまでのように会合を事後的に再現する必要がなくなるからだ。ところが、科学者を被験者として扱うことで、プライバシーの問題が生じてしまう。IPCCには、審議内容を公開しないという方針がある。この方針は、科学者たちが、会合での思いつきの発言が世界中に広まってしまうことを恐れずに、率直に発言できるようにすることを目的に設定されている。Oppenheimerらは、この他にも観察行為自体が会合の過程に影響を及ぼす可能性があることを認める一方で、できるだけ会議の邪魔にならないようにし、会合の秘密を保持することを念頭に研究プロトコルを作成するとしている。

実は、OppenheimerらがIPCC会合への参加申請を行ったのはこれが初めてではない。彼らが最初の参加申請を行ったのは2010年で、このときIPCCは、上述の懸念からこれを拒否したのである。微妙なタイミングでの参加申請だったということもある。当時IPCCは、第4次評価報告書での見苦しい間違い(ヒマラヤ山脈の氷河の融解に関する誤り)と気候研究ユニット・メール流出事件(クライメイトゲート事件)をめぐる論争を受けて、組織内の手続きの精査を行っていた最中だったのだ。クライメイトゲート事件では、イーストアングリア大学(英国ノーフォーク州ノリッチ)を発信元とする数千点の私的な電子メールの流出により、主要な気候科学者間の非公式な議論の内容が暴露された。

また、前回の参加申請には、手続き上の問題もあった。IPCCが、科学者を招集して第5次評価に関する基本ルールを定めた後に、彼らの申請があったからだ。「一部の参加者にとって、この申請を認めることは、まるで試合途中のルール変更だと受け止められたのです」。こう話すのは、ルーヴァン・カトリック大学(ベルギー・ルーヴァン=ラ=ヌーヴ)の気候学者で、IPCC副議長のJean-Pascal van Yperseleだ。

van Yperseleは、今回の提案の方が参加国の政府に歓迎されるのではないかと推測する。このタイミングであれば、IPCCの評価プロセスの最初の段階から組み込むことが可能だからだ。

この社会科学研究においてチームの一員となる予定のハーバード大学(米国マサチューセッツ州ケンブリッジ)の科学史家Naomi Oreskesは、IPCCの評価プロセスに民族誌学者を関与させれば、透明性が高まり、IPCCに対する一般市民や政策立案者の信頼を高めることができる、と主張している。「IPCCの外部にいる大部分の人々は、IPCCが何をしているのかを知りません」と彼女は話す。こうしたブラックボックス状態では疑いが生まれ、気候変動の懐疑論者たちの批判が激化することが避けられないからだ。IPCCの評価プロセスが明らかになれば、これまで手品のように思われてきたIPCCの評価報告書が、手作りソーセージのイメージに少し近づく可能性がある。ただし、知らなければよかったと後悔するかもしれないが……。

翻訳:菊川要

Nature ダイジェスト Vol. 11 No. 1

DOI: 10.1038/ndigest.2014.140115

原文

Study aims to put IPCC under a lens
  • Nature (2013-10-17) | DOI: 10.1038/502281a
  • Jeff Tollefson
  • 編集部註: 残念ながら、今回の総会でもOppenheimer らの提案は承認されなかった。ただし、2014 年中にこれを再検討するための執行委員会が設けられる見通しである。