脂肪代謝のメヌエット
メヌエットとは、バロック時代に人気のあった宮廷舞踊曲で、カップルは同じパターンの踊りを繰り返しながらパートナーを交換していく。今回のSihao Liuらの研究1で明らかになった脂肪代謝の仕組みは、まるで入念に振り付けされたメヌエットの踊りのようだ。というのも、2人のダンサーである核内受容体PPARαとPPARδが、もう1人のダンサーである脂質を交換することで、適切な脂肪利用を促進する働きをしていることが明らかになったのだ。
PPARαは、筋肉と肝臓で脂肪の利用を促進し、フィブラート系脂質低下薬の標的としてよく知られている。PPARγはそれとは対照的で、脂肪の蓄積を仲介し、白色脂肪組織の発生に不可欠だ。PPARδは、前述の2つの兄弟受容体より広範囲に発現していて、機能もオーバーラップしているが、その働きには謎が多い。またPPARδは、筋肉では、脂肪酸の分解(酸化)を促進して筋持久性を高める2,3のに対し、肝臓では、脂肪酸の生合成を促進することがLiuらによって2011年に示されている4。今回、PPARδによる肝臓での脂質生合成活動によって生じた脂質が、PPARαのダンス(脂肪の利用)のパートナーでもあることが示された。
この脂質の循環パターンは、肝臓のPPARδの日周性活動に由来している(図1)。肝臓での脂質の生合成は、日中は、日周性の活動パターンを持つ2つの核内受容体Rev-erbαおよびRev-erbβによって抑制されている5。マウスが余分なカロリーを脂肪として蓄えるために夜間に餌を食べるのは、理にかなっているといえよう。Liuらによれば、肝臓の主要な脂質合成酵素のうち、少なくともその一部は、PPARδに依存して夜間に発現すると報告している。また、肝臓にPPARδがないマウスを調べると、筋肉での脂肪酸の取り込みに異常があるが、異常が見られるのは夜間のみであった。この意外な結果から、Liuらは、肝臓は夜間にシグナル伝達物質を生合成していて、それが分泌されると筋肉による脂肪酸の取り込みが促されるのではないかという仮説を立てた。
Liuらは仮説を確かめるため、実際に、1日のうちの暗期に、正常なマウスと肝臓にPPARδがないマウスから血清を採取して、それを培養筋細胞に加えた。すると、正常なマウスの血清は筋細胞の脂肪酸の取り込みを促進できるが、肝臓にPPARδがないマウスの血清では促進できなかった。
次にLiuらは、血液を介してPPARδの作用を筋肉中のPPARαに伝達する因子を探すための大規模な分析を行い、候補を少数の脂質に絞った。候補脂質のうち、PC(18:0/18:1)と呼ばれるホスファチジルコリン(リン脂質の一種)で筋肉細胞を処理すると、in vivoでもin vitroでも筋肉細胞への脂肪酸の取り込みが誘発されたが、その他の近縁なホスファチジルコリン種を用いた場合は誘発されなかった。この現象はPPARα活性化機構の顕著な特徴であり、それと一致して、PPARαが欠乏している筋肉細胞およびマウスでは、PC(18:0/18:1)が仲介する脂肪酸の取り込みは低下していた。
Liuらの実験結果から、このダンスのパターンが見えてくる。夜間に肝臓のPPARδが活性化されることでPC(18:0/18:1)産生が増加する。次にパートナーの交換、すなわち肝臓で作られたPC(18:0/18:1)は筋肉へと移動して、そこでPPARαとともに次のステップである脂肪の取り込みと脂肪酸の酸化を促進する。そして日中に、3つのパートナー全てで濃度または活動が低下するとサイクルは完了し、次のラウンドの準備に入る。
まるでメヌエットの踊りのようなこの仕組みは、比較的単純にみえるかもしれないが、非常に重要な意味を持っている。Liuらの研究から、高脂肪食を食べているマウスでは、PC(18:0/18:1)の日周性の産生が低下していること、また糖尿病マウスにPC(18:0/18:1)を投与すると代謝パラメータが改善され、トリグリセリドの血中濃度が軽度に減少し、グルコース恒常性が改善されることがはっきりと示されたのだ。これらの結果は、PPARαを活性化するフィブラート系薬剤により得られる有益な効果と整合している。またLiuらによれば、フィブラート系薬剤の投与には時刻が重要である可能性があり、PPARδのみを標的とする薬剤であっても、PPARαに関連した副作用が起こりうることを示唆している。
また、今回の研究成果から、多くの興味深い疑問が浮かび上がった。例えば、肝臓での脂肪酸の産生がなぜ、骨格筋における脂肪酸の酸化という反対の過程を促進するのだろうか? また、もう少し取り組みやすい別の問題として、PC(18:0/18:1)が直接筋肉のPPARαを活性化するかどうか、という疑問がある。別の研究グループが以前に、他のホスファチジルコリンもPPARαを活性化することができ6、また、PC(18:0/18:1)とほぼ同一のPC(16:0/18:1)は肝臓のPPARαの非常に特異的なリガンドである7ことを示しており、これらの研究結果を踏まえると、答えはたぶん「イエス」だろう。しかし、Liuらは、PC(16:0/18:1)は筋肉細胞のPPARαを活性化しないと報告している。一見矛盾している理由は明白になっていないし、また3つのPPAR全てにおいて、その内在性の機能的リガンドの性質すら分かっていない。この長年にわたる疑問を完全に解決するには、徹底的な機能的、生化学的、構造的研究が必要である。
それに、PC(18:0/18:1)とPC(16:0/18:1)は、どちらも細胞膜に豊富に含まれる成分である。となると、細胞に広く存在する分子が特異的な代謝シグナルとしてどのように機能できるかという、より広範な疑問が湧いてくる。これには、核でシグナルを出すリン脂質は細胞膜中の同じ分子種から分離されているという「細胞の区画化」が関わっている可能性がある。
別の研究グループによるいくつかの研究7-9から、肝臓での内在性PPARαリガンドの産生には、脂肪酸シンターゼ(脂肪酸合成酵素)に関わる特異的な「細胞の区画化」経路が必要であると示唆されている。このパスウェイは、栄養シグナルに応答して、特定の細胞内区画を介して脂質生合成を導き、核PC(16:0/18:1)を生成するとされる。この考え方では、新たに作られたホスファチジルコリンだけが機能できる。
この説は、Liuらが今回示した「脂質合成にPC(18:0/18:1)が関わる」という結果とよく一致する。しかし残念ながら、新たに産生された細胞内ホスファチジルコリンだけがリガンドとして機能するという考え方は、PC(16:0/18:1)を人為的に加えた別の実験での生物学的効果7とも、この研究におけるPC(18:0/18:1)の効果とも一致しない。
それに、PC(18:0/18:1)が骨格筋で効果を発揮する仕組みも、そして、PC(18:0/18:1)が肝臓のPPARαを活性化しないようにする仕組みも不明だ。後者は、PPARδが脂肪の生合成と酸化を同時に行わないようにする逆の作用だ。
そして、最後の疑問は、一般論として、このPPARのダンスがメヌエットであるならば、より複雑なダンスであるガボットやリゴドン、スクエアダンスはどんなものか、ということだ。
ジアシルグリセロールやセラミドなどの脂質シグナル伝達分子の細胞内調節作用はよく知られている。また、脂肪組織からの特異的脂質制御ホルモンである炭素16脂肪酸(パルミトレイン酸)の分泌は、筋肉でのインスリンの作用を促進して、肝臓での脂肪蓄積を抑制する10ことも明らかになっている。さらに核内受容体のSF-1とLRH-1は、今回分かったPPARδ、PC(18:0/18:1)、PPARαによる相互交換とよく似ており、リン脂質リガンドに応答して11-13、直接的な代謝効果を発揮する。だが、これらは、脂肪代謝全体のごく一部にすぎず、どのように関わり合っているかも分かっていない。私たちは明らかに、ダンスマスターが振り付けたステップの全てを理解してはいないようだ。
翻訳:古川奈々子
Nature ダイジェスト Vol. 11 No. 1
DOI: 10.1038/ndigest.2014.140120
原文
A metabolic minuet- Nature (2013-10-24) | DOI: 10.1038/502454a
- David D. Moore
- David D. Moore はベイラー医科大学(米国テキサス州ヒューストン)分子細胞生物学部に所属。
参考文献
- Liu, S. et al. Nature 502, 550–553 (2013).
- Wang, Y.-X. et al. Cell 113, 159–170 (2003).
- Narkar, V. A. et al. Cell 134, 405–415 (2008).
- Liu, S. et al. J. Biol. Chem. 286, 1237–1247 (2011).
- Feng, D. et al. Science 331, 1315–1319 (2011).
- Lee, H. et al. Circ. Res. 87, 516–521 (2000).
- Chakravarthy, M. V. et al. Cell 138, 476–488 (2009).
- Chakravarthy, M. V. et al. Cell Metab. 1, 309–322 (2005).
- Jensen-Urstad, A. P. L. et al. J. Lipid Res. 54, 1848–1859 (2013).
- Cao, H. et al. Cell 134, 933–944 (2008).
- Urs, A. N., Dammer, E. & Sewer, M. B. Endocrinology 147, 5249–5258 (2006).
- Lee, J. M. et al. Nature 474, 506–510 (2011).
- Blind, R. D., Suzawa, M. & Ingraham, H. A. Sci. Signal. 5, ra44 (2012).