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治癒を速める「若返り」遺伝子

テキサス大学サウスウェスタン医療センター(米国ダラス)の細胞生物学者であるHao Zhuは、あるタンパク質の機能を調べるために遺伝学的改変マウスを作製した。マウスには腫瘍が発生すると予想していたが、実際には、このマウスが成長すると、体は野生型マウスよりも大きくなり、毛がフサフサになった。そして、仔マウスのときに個体識別のために切断した指先が、再生していた。

Credit: Chris Gilloch

このマウスが野生型マウスと異なる点は、Lin28aというタンパク質の発現ただ1つである。Lin28aは、通常、発生中の胚でしか発現していない。だがこのマウスは、常に少量のLin28aを発現している。Lin28aは、幹細胞機能およびがんに関与することから、これまでも注目を集めてきた。今回、このLin28aが、胎仔だけでなく成体になった後でさえも、組織修復能を向上させることが示され、2013年11月7日にCellに発表された1。生涯にわたってLin28aを産生するよう遺伝学的改変されたこのマウスは、野生型マウスよりも毛の成長が速く、耳にパンチで開けた穴に至ってはほぼ完全にふさがった。

「Lin28aの発現が少し変化するだけで、複雑な組織再生にこれほど大きな影響を及ぼすことに、本当に驚きました」と、この論文の著者であるZhuは言う。

胚に発現する遺伝子を用いた細胞の初期化手法で最もよく知られているのは、人工多能性幹(iPS)細胞の作製過程だ。この過程では、一連の遺伝子を活性化させることで、細胞が胚様の状態を獲得する。しかし、今回の研究は、そのような老化状態からの脱却が、培養細胞のみならず、成熟した個体の組織でも可能であることを明らかにした。すなわち、老化した組織であれ、損傷の修復力がはるかに優れた、老化していない組織のようになり得ることが示唆される。例えば哺乳類の胎仔では、重傷であっても、傷跡が残ることなく治癒する。

「体は自分の年齢を知っており、遺伝子がその情報を調節しています。つまり年齢の情報を決定する遺伝学的調節因子があるということです。その全てが明らかになっている訳ではありませんが、Lin28aはそのうちの1つと考えています」とZhuは言う。

効果は限定的

ただし、Lin28aによる治癒力の促進は、全ての組織で観察されたわけではない。例えば、今回の論文で心臓の再生は促進されなかった。また、若齢成体期(5週齢)に達すると、指先を切断しても再生しなくなった。しかし、毛、軟骨および耳の結合組織は、若齢成体期に達した後も引き続き野生型マウス以上の速度で再生した。

「Lin28aで治癒が促進されない場合があるというのは、大変興味深いです。何か重要な意味があるはずです」と、ゼブラフィッシュの網膜再生におけるLin28の役割を研究しているミシガン大学(米国アナーバー)のDaniel Goldmanは言う。彼は、心臓などの組織では、初期化に抵抗する機構があるのかもしれないと考えている。

特に興味深いのは、Lin28aが細胞の生物学的年齢を初期化する仕組みである。Lin28aの機能で最もよく研究されているのは、let-7と呼ばれるRNA分子との相互作用である。let-7は細胞増殖を制限し、成熟を促進する。しかしZhuらは、Lin28aが、ミトコンドリア(細胞のエネルギー産生小器官)の機能に関与する複数の酵素の発現レベルを上昇させることにより、細胞代謝にも影響を与えることを見いだした。

治癒効果に代謝が関与しているという事実が、最も驚くべき結果だったと、今回の論文の著者の1人で、ボストン小児病院(米国マサチューセッツ州)の細胞生物学者であるShyh-Chang Ngは言う。「ほとんどの生物学者は、治癒経路を生じるためには特別な因子が必要だと考えているでしょう。しかし、治癒を速めるにはあらゆる細胞が行っている代謝を高めるだけでよかったのです」。

とはいえ、Lin28aを基盤とした考えを医療へと応用するにはまだ程遠いと、Ngは言う。薬剤の標的というと、そのほとんどは酵素か細胞表面の受容体のどちらかであるのに対し、Lin28aはRNA結合タンパク質で、核に存在する。そのため、従来型の薬剤ではLin28aを標的にすることは難しい。その上、Lin28aの効果は多様なため、そのうちのどの影響に焦点を当てるべきかもはっきりしないのである。

翻訳:三谷祐貴子

Nature ダイジェスト Vol. 11 No. 1

DOI: 10.1038/ndigest.2014.140105

原文

Fountain-of-youth gene unleashes healing power
  • Nature (2013-11-07) | DOI: 10.1038/nature.2013.14128
  • Monya Baker

参考文献

  1. Ng, S-C.. et al. Cell 155, 778-792 (2013).