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ハダカデバネズミの発がんを防ぐヒアルロン酸

Nature ダイジェスト Vol. 10 No. 9 | doi : 10.1038/ndigest.2013.130904

原文:Nature (2013-06-19) | doi: 10.1038/nature.2013.13236 | Simple molecule prevents mole rats from getting cancer

Ewen Callaway

齧歯類として極めて長寿のハダカデバネズミでは、細胞外マトリックスのヒアルロン酸(ムコ多糖の1つ)が、がん化しようとする細胞を封じ込めている。

Credit: Brandon Vick, University of Rochester

ハダカデバネズミ(Heterocephalus glaber)の皮膚は、弾力性に富み、しわが多い。この性質を生み出している分子が、一方でハダカデバネズミの発がんを防いでいるらしい。2013年6月19日にNatureに発表された研究で、ハダカデバネズミの細胞から分泌される多糖類が、がん化しようとする細胞の増殖を停止させることが報告された1

ハダカデバネズミは、ラットよりもヤマアラシに近縁な風変わりな生き物である。地中で一生を過ごすために視力はほとんどなく、繁殖を行う1匹の女王を中心としたコロニーを形成して生活している(「真社会性」哺乳類はたった2種しか発見されておらず、そのうちの1種である)。さらにこの動物は、酸による痛み、唐辛子の辛さを感知しない。また、体温を調節できない唯一の哺乳類と考えられている。

ハダカデバネズミには、長寿で、がんにならないという特徴がある。ロチェスター大学(米国ニューヨーク州)の生物学者Andrei Seluanovは、自分の研究室近くの特別な施設で約80匹のハダカデバネズミを飼育している。ハダカデバネズミは、最長で32年も生存したことが知られているが、がんが見つかったことは一度もない。これに対し、体の大きさが同程度であるマウスは、4年以上生存することはまれで、がんで死亡することも多い。

2009年、Seluanovの研究チームは、ハダカデバネズミの繊維芽細胞(結合組織に見られる細胞種)が、他の細胞との接着に対して高い感受性を示し、培養皿ではマウス繊維芽細胞よりも低い細胞密度で増殖が停止することを報告した2。このとき、ハダカデバネズミの繊維芽細胞の培養上清は、吸引管を詰まらせるほど粘性が高くなることがあり、研究室の人たちを悩ませた。

「技術補佐員は培養装置を分解して管を詰まらせるネバネバした物質を取り除かなければならず、不満タラタラでした」とSeluanovは述懐する。「大学院生には、このネバネバした物質が何であるのかを突き止めなければならないねと言いました。もちろん、そのときはただの当てずっぽうでしたが、きっとハダカデバネズミのがん抵抗性に関係があるからね、とささやきました」。

ネバネバの原因

Seluanovの研究チームは、吸引管を詰まらせる物質が、ヒアルロン酸(HA)と呼ばれる多糖類であることを突き止めた。繊維芽細胞は、コラーゲンや他の化学物質とともに、HAを分泌し、細胞外マトリックスを形成して、組織の形を構築したり皮膚に弾力性を持たせたりする。研究チームは、ハダカデバネズミが、極めて分子量の大きいHA(ヒトやマウスのHAの5倍以上)を大量に産生することを発見した。

Seluanovの研究チームは、この高分子量HA分子が細胞の周囲を取り囲むことで、腫瘍細胞の無秩序な増殖を阻止したり、もともと「前がん状態」になることを未然に防いだりするのではないかと考えた。組織培養実験では、高分子量HAをコードする遺伝子の阻害や、HAを分解する酵素量を増やすことで、ハダカデバネズミの細胞に悪性形質転換を引き起こすことができた。それらの細胞をマウスの皮下に移植すると、速やかに腫瘍が形成された。

ハーバード大学医学系大学院(米国マサチューセッツ州ボストン)の分子生物学者Vadim Gladyshevは、今回の論文から高分子量HAがハダカデバネズミの発がんを防止することが強く示唆されると言いつつも、他の機構が関与している可能性もあると付け加える。Gladyshevの研究チームはハダカデバネズミのゲノム配列を解読し、他の脊椎動物と比較した。すると、多数のがん関連遺伝子が異なっていたのだ3

テキサス大学サンアントニオ健康科学センター(米国)の老年学者で、2500匹という世界で最も大規模なハダカデバネズミのコロニーを維持しているRochelle Buffensteinは、高分子量HAががんを防ぐ仕組みは明らかになっていないが、ハダカデバネズミのがんへの抵抗性の機構が解明されれば、ヒトのがんに適用可能な知見が得られるだろうと言う。

Seluanovの研究チームは、HAによるがん抑制効果を実験マウスで検討しようとしている。遺伝子工学を用いて、ハダカデバネズミのものとよく似たHA分子をマウスに発現させるつもりだ。高分子量HA分子の産生を引き起こす薬剤が、いつかヒトがんの予防に効果的であることが証明されるかもしれない、とSeluanovは言う。

(翻訳:三谷祐貴子)

参考文献

  1. Tian, X. et al. Nature 499, 346-349 (2013).
  2. Seluanov, A. et al. Proc. Natl Acad. Sci. USA 106, 19352-19357 (2009).
  3. Kim, E. B. et al. Nature 479, 223-227 (2011).

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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