オートファジー — 細胞はなぜ自分を食べるのか
–– 細胞が自分を食べるのですか?
水島: 細胞が健康に生きていくためには、細胞内の部品が適宜入れ替えられて、新陳代謝されることが必要です。そのための仕組みが自食作用(オートファジー)なのです。具体的には、細胞内の部品を膜で取り囲み、元の材料に分解します。例えばタンパク質でしたら、アミノ酸に分解するのです。分解された後は、新たな部品の材料として再利用されると考えられています。
–– オートファジーの対象となる細胞内の部品とはなんですか?
細胞内には、さまざまなタンパク質などの分子が浮かんでいて、酵素や運搬因子などとして働いています。また、ミトコンドリアをはじめとする細胞小器官もあります。これら全てがオートファジーの対象となり、主に非選択的に分解され、新たな部品に置き換えられているようです。ただ、損傷したミトコンドリアや細胞内に侵入してきた細菌などは、特に選択的に分解されているようです。
–– どんなときにオートファジーが起こるのですか?
新陳代謝としてのオートファジーは、私たちの体のほとんどの細胞で、常に起こっていると考えられます。
また、外から栄養が供給されない飢餓状態に細胞が陥ったときには、特にオートファジーが活発化します。既存の部品を分解し、より重要な部品作りに材料が提供されるのでしょう。さらに、受精直後の発生の段階のように、細胞の性質が大きく変わるときにも活発化されます。
–– 細胞には、エンドサイトーシスなど、他にも分解作用はありますね。
はい。エンドサイトーシスは、オートファジーと似ていますが、細胞内ではなく、細胞外や細胞膜に存在する物質を食べる点が異なります。食べた物を分解するため、酵素をリソソームから調達するのですが、これはオートファジーの場合と同じです。リソソームは、非常に強力な分解酵素を内部に蓄えた細胞小器官です。
他に、プロテアソームによる分解作用もあります。プロテアソームは、タンパク質の分解を行う酵素の複合体で、特定のタンパク質を分解して細胞から除去するために働きます。オートファジーとは別個の作用です。
–– 「オートファジー細胞死」と呼ばれる現象が話題に上るようですが?
オートファジーは生存のための機構で、オートファジーが細胞死の原因となることは、あったとしてもきわめてまれです。オートファジーを伴う細胞死が観察されることがあるので、それが原因だという誤解を招いたようです。
日本人によるブレイクスルー
–– オートファジー研究は、近年、急速に進展しているそうですね?
オートファジーという言葉が初めて登場したのは、今から50年ほど前です。それから30年後の1990年代、研究上のブレイクスルーがもたらされました。大隅良典先生(東京大学教養学部、1996年より基礎生物学研究所。現、東京工業大学教授)による、オートファジーを制御する遺伝子群の発見です。このことにより、オートファジーの仕組みの解明が大きく進んだのでした。
酵母で見つかったこの遺伝子群はATGと総称されますが、オートファジー研究を語るときに、「プレATG時代」、「ポストATG時代」と言われるほど、重要な発見でした。その後、高等動物でも同様な遺伝子が発見され、世界的にも研究が活発化することになったのです。
–– 水島先生は、大隅研究室でオートファジーの研究を開始されたのですね。
まさにATG遺伝子の同定が進むさなかの大隅研で研究をスタートさせました。
医学部の学部時代から、私は生体の新陳代謝に興味がありました。しかし、当時は文献もほとんど存在せず、どうアプローチしたらいいかわかりません。そこで、大学院は免疫学に進んだのですが、自分のやりたい研究はなかなか定まらず、30歳になるまでは悶々としていました。そんなときに、ATG遺伝子の発見を知ったのです。基礎生物学研究所の大隅研究室に飛び込んだのは、1997年のことでした。
–– 順調に成果を挙げられましたね。
そうですね。新しい研究分野であり、大きな発見がしやすかったこともあると思います。最初の数年は酵母を材料に研究していましたが、その後は、元々の自分の興味である高等動物に対象を移しました。オートファジーの測定は非常に手間がかかるので、簡便な方法を考案してから、実験が一気に楽になりました。オートファジーが起きるとマウスの細胞が光るような仕組みを作ったのです1。
–– 細胞の飢餓状態でのオートファジーの役割も先生が見つけられたのですね。
マウスの赤ちゃんが誕生した後、ミルクを飲むまでは、細胞が飢餓状態におかれます。そのとき、生体に必要なアミノ酸の濃度を維持するために、オートファジーが起こることを発見しました2。
また、卵子が受精して着床するまでに、哺乳類では1週間程度かかります。その間、外部からの栄養補給のない状態で、卵子は発生を続けなくてはなりません。その際にも、オートファジーが起きていることを発見しました3。卵子に蓄えてあったタンパク質が分解され、アミノ酸がリサイクルされていたのです。一見当たり前のような現象でも、その仕組みは案外調べられていないものですね。
次なる段階に入った研究
–– 分子メカニズムや病気との関連も研究されていますね。
オートファジーでは、まず、分解する相手を膜で取り囲んだ小胞が形成され、次にその小胞がリソソームと融合します。その過程でどのように膜の融合がなされるのか、詳しい分子メカニズムは未解明でした。今回、その一端を明らかにしました4。また、オートファジーが正常に起こらないと、神経変性疾患が起こりうることも発見しました5。
–– 研究テーマがずいぶん広いですね。
私の研究室では、分子メカニズムと生理的機能の両方の研究を進めています。そして、学生が受け持つ研究テーマは、細胞生物学、代謝、神経、発生、がん、老化、寄生虫などと実にさまざまです。ただし、オートファジーという共通の軸が通っていますが。
研究者が自分1人で経験できることは限られています。しかし、研究室内の他の研究を傍で見ることにより、いろいろ多くのものを学ぶことができるでしょう。視野が広がることは、現在の研究のヒントになりますし、若手にとっては将来の研究者としての栄養にもなるはずです。
–– これからのオートファジー研究をどう展望されていますか?
これまでは新しい分野でしたので、簡単な実験でも、何かの発見につながることが多かったでしょう。しかし分野が成熟してきた今後は、より戦略的に研究を進めることが必要です。その意味で、2013年度よりオートファジーをテーマに立ち上げられた文科省の新学術領域研究の役割は重要になると思います。
オートファジーのメカニズムは、まだまだ不明のことばかりです。例えば、膜の形成機構、分解相手の認識の仕方、分解されて生じたアミノ酸の具体的な使われ方など、より基本的な問いに取り組むことも必要になってくると思います。
日本はこれまで研究をリードする立場にありましたが、今は世界に猛追されています。応用面の研究では、むしろ遅れているといえるでしょう。オートファジーの障害により起こる病気の探索、創薬につながるオートファジー制御化合物の探索も必要になってくるでしょう。
–– ありがとうございました。
聞き手は藤川良子(サイエンスライター)。
Author Profile
水島 昇(みずしま・のぼる)
東京大学医学系研究科分子生物学分野教授。1991年東京医科歯科大学医学部卒業、96年同大学博士課程修了。基礎生物学研究所助手などを経て、2004年東京都臨床医学総合研究所室長、06年東京医科歯科大学教授、12年より現職。
Nature ダイジェスト Vol. 10 No. 9
DOI: 10.1038/ndigest.2013.130918