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マウスの体内で育ったヒトのミニチュア肝臓

Credit: Takanori Takebe

ヒトの幹細胞から作り出された小さな肝芽をマウスに移植すると、肝臓機能が回復することが研究で明らかになった。まだ予備的な結果ではあるが、これによって、全米で毎年数千人にのぼる肝移植待機患者を救う道が開かれるかもしれない。

直径約4mmの肝芽によって、肝不全マウスが死を免れたことが7月4日、Natureで報告された1。さらに、移植された肝芽は、肝臓特異的なタンパク質の分泌やヒト特異的な代謝物質の産生など、さまざまな肝臓機能も示すようになった。しかしおそらく最も注目されるのは、この肝芽が周囲の血管と速やかにつながって、移植後も成長し続けたことだろう。

マウント・サイナイ病院(米国ニューヨーク)で肝臓の発生と再生を研究しているValerie Gouon-Evansは、今回の結果はまだ予備的なものとはいえ期待が持てると述べる。「これは今までにない成果です」とGouon-Evans。なぜなら、肝芽は移植先のマウスの血管系によって支えられているため、移植された細胞は増殖を続け、肝臓の機能を発揮できるようになるからだ。

移植できるヒトの肝臓は非常に不足している。米国では2011年に、5805例の成体肝臓移植が行われた。だがその同じ年に、2938人の患者が、新しい肝臓を待ち続けながら、あるいは病状が悪化しすぎて待機者リストから外されて死亡した。

実験室で複雑な臓器を作成する試みは、これまで困難とされてきた。この研究を共同で率いた横浜市立大学の幹細胞生物学者、武部貴則は、今回の成果は人工多能性幹(iPS)細胞(成熟皮膚細胞を再プログラム化により胚様の状態に戻して作った幹細胞)を使用して固形臓器を作成した最初の例だと確信している。

ただ、肝芽を用いた臨床試験は数年後になるだろうと、武部は言う。もっと長期間にわたる動物実験が必要とされるだけでなく、ヒトに移植できるほどの量の肝芽を作ることはまだ可能ではないからだ。

今回の研究で武部は、肝芽を頭蓋内または腹腔内に外科的に移植した。今後の研究では、微小な肝芽を作成して、マウスの、そして最終的にはヒトの静脈から肝芽を送達できるようにしたいと、武部は考えている。また彼は、肝芽を肝臓自体に移植したいとも考えており、それができれば肝芽から胆管が形成されるかもしれないと期待を寄せている。適切な消化が行われるには胆管が重要な役目を持つが、最新の研究でも、作成した肝臓に胆管は観察されていない。

自己組織化構造

武部らは3つのタイプのヒト細胞を使って肝芽を作成した。まず、iPS細胞を肝臓の遺伝子を発現する細胞種に誘導する。そこに、臍帯血から採取した血管内皮細胞(血管の内面を覆う細胞)と、間葉系幹細胞(骨や軟骨や脂肪組織に分化できる細胞)を加える。発生中の胚の中でも、こうした細胞種が集まって肝臓が形成され始めるのである。

このプロジェクトは予想外の現象から始まったと武部は語る。血管構造を含む肝臓組織を作る方法を模索していた彼は、複数の細胞種を一緒に培養してみた。すると、それらの細胞が自己組織化して、立体的な構造を取り始めることに気付いた。それからさらに、細胞の成熟度や比率などのパラメーターを微調整しながら何百回もの試行を繰り返し、ようやく肝芽の作成にこぎつけたのだった。

他の臓器

この戦略は、再生医療で使われている2つの一般的な戦略の中間に位置するものだ。膀胱や気管などの単純な中空の器官の場合、足場に生きた細胞を蒔き、出来上がった器官全体を患者に移植する。また、実験室で機能する細胞の純培養を行う研究も行われてきた。そうした細胞を患者の体内に注入して、そこで細胞自身が組織を作ってくれることを期待する。しかし、細胞が実験室で完全に機能しても、培養器から採取する過程で細胞が損傷を受け、機能を失ってしまう可能性があるとGouon-Evansは言う。

ペンシルべニア大学(米国フィラデルフィア)で再生医療と肝臓の発生を研究しているKenneth Zaretは、肝芽の研究は、中間的アプローチを推進するかもしれないと考える。「基本的なコンセプトは、細胞たちを1つの部屋に入れて互いに対話させ、自ら器官を作らせるということです」。

幹細胞から自己組織化する構造は、他の器官系でも観察されている。例えば、眼の発生の初期構造である眼杯などだ2。また、1個のヒト幹細胞から「ミニチェアの腸」が培養下で作られている3

武部は、この自己組織化アプローチは、肺や膵臓や腎臓などの臓器にも適用できるかもしれないと考えている。

翻訳:古川奈々子、要約:編集部

Nature ダイジェスト Vol. 10 No. 9

DOI: 10.1038/ndigest.2013.130902

原文

Miniature human liver grown in mice
  • Nature (2013-07-03) | DOI: 10.1038/nature.2013.13324
  • Monya Baker

参考文献

  1. Takebe, T. et al. Nature 499, 481-484 (2013).
  2. Nakano, T. et al. Cell Stem Cell 10, 771-785 (2012).
  3. Sato, T. et al. Nature 459, 262-265 (2009).