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血管付き三次元細胞シートの作製に成功!

–– 組織工学の道に入られたきっかけは?

梅津: 私は鉄道好きで、機械に興味がありました。そのため、流体制御領域の第一人者で、自らの研究を新幹線開発などに応用していた故・土屋喜一教授の下で学びたいと考え、ゼミに入りました。ところが土屋先生は、医師と共同して流体力学をバイオエンジニアリングに応用する研究を始めていました。「梅津君、ヒトの体内を流れる血液も流体だよ」と諭され、この道に入ることになったのです。

大学院で同期だった岡野光夫先生(応用化学専攻)が、博士論文において「ミクロ相分離構造が、血を固まりにくくする」という概念を打ち出し、抗血栓性材料の開発を始めました。一方、私は大阪の国立循環器病センターの初代研究員となり、補助人工心臓の開発を始めました。その際、岡野先生の技術をもとに某企業が開発したポリウレタンを「血液接触面のコーティング材料」にして、商品化を進めました。その補助人工心臓はすでに1000例に近い患者さんに使われています。それはともかく、以降、機会あるごとに岡野先生とタッグを組んで共同研究を続け、2008年には、早稲田大学と東京女子医大とで連携先端生命医科学教育施設(TWIns)を立ち上げることになりました。私がTWInsの早大側センター長を、岡野先生(東京女子医科大学教授)が女子医大側のセンター長を務めています。

–– 心臓をターゲットに研究を進めてこられました。

梅津: はい。でも心臓に特化した研究を目指しているわけではなく、脳やじん帯など、あらゆる組織を視野に入れています。研究成果の第一歩は、1975年に、血液循環に関するさまざまな動物実験を代替できるようなシミュレーターを開発したことです1。当時は、動物実験の是非が問われ出し、コンピューターシミュレーションが流行り始めた頃でした。とはいえ、生体と向き合う医師にしてみたら、コンピューターに置き換えたものよりも、実際の流体回路に置き換えたものの方がイメージしやすく、応用範囲も広いと考えました。

細胞シートとの出会い

–– 今回は、細胞シートですね。

梅津: 細胞シートの研究は、角膜や網膜、心臓、食道、肺など、さまざまな組織の多様な疾患治療に応用可能だとして、1990年代から大きな期待を集めてきました。ブレイクスルーとなったのは、温度応答性の培養基材の開発です2。これは「温度に対応して表面が疎水性になったり親水性になったりする高分子」を培養皿にコーティングしたもので、培養後の細胞を32℃以下に下げるだけで、細胞を傷つけることなく、きれいなシートとして剝がすことができます。

これまで、大阪大学なども含め、日本は世界の細胞シート研究をリードしてきました。すでに、重症だと失明に至る加齢黄斑変性や、補助人工心臓なしには生きられない重篤な心不全などに対して、それぞれ網膜色素上皮の細胞シートと筋芽細胞シートを用いた臨床試験が始められています。後者は大阪大学の澤先生の例が典型です。ただ、現在の細胞シートはごく薄いもので、ごっそり失った組織を補うようなケースには対応できません。私たちはそのような病態をも視野に入れ、積層化した厚みのある細胞シートをめざして、開発を進めることにしました。

今回のプロジェクトの中心となったのは、若手の研究員の坂口勝久君です。坂口君は私の研究室を修士課程で終え、精密機械機器メーカーでデジタルカメラの開発に携わりました。ところが「やはり組織工学をやりたい」と言って、戻ってきてくれたのです。

–– 細胞シートを積層化する手法とは?

図1:ヌードラットの背中に構築した血管網付きの三次元細胞シート。ヌードラットの背中に新生児ラット心筋細胞シートを移植し、約1mmの心筋組織を構築した。図はAZAN染色した組織切片で、矢印の範囲が、移植された細胞シート群である。

梅津: ある程度厚みのある細胞シートを作る手法として、表面をコラーゲンで覆ったスタンプ(ゴム印のような形のもの)を、培養皿の細胞シートにピタッと接触させて1枚分回収し、時間をおいて、その上にさらに細胞シートを重ねていく方法がありました。私たちも、同様の手法を試してみましたが、3層以上重ねると内部の細胞に培養液が行き渡らなくなり、壊死してしまいました。

壊死を防ぐ方法として、東京女子医科大学の清水達也教授らが、新生児ラットの心筋細胞をミンチしてシート状にしたうえで、ヌードラットの背中に移植することを思いつきました。工夫したのは、3層重ねたところで細胞シート内に十分な毛細血管網が新生されるのを待ち、その後でさらに層を重ねるようにした点です。ミンチ状の細胞群の約30%は心筋細胞ですが、その他に血管内皮細胞や繊維芽細胞があったため、時間をおくと自発的に毛細血管を新生したものと思われます。こうした毛細血管網はヌードラットの血管にアクセスし、養分を得たり、老廃物を排出したりするようになりました。

この方法だと、30層(厚さ約1mm)まで積層化しても壊死することはなく、同期して自律的に拍動する心筋様組織ができあがることがわかりました3。さらに、積層化した心筋様の組織がヌードラットの成長に合わせて大きくなることや、収縮力や電気伝達速度が増大・維持されることも、1年以上にわたって確かめられました4

–– それを生体外で試されたのですね。

図2:流路付きコラーゲンを用いた三次元細胞シートの作製手順と、できあがった細胞シート。流路付きのコラーゲンゲルに3層のラット心筋細胞シートを積層して灌流培養したところ、5日後には細胞シートから伸びた血管網がコラーゲン流路に到達し、培養液が血管網に流れ始めた。さらに心筋細胞シートを積層することで、三次元心筋細胞組織を構築できた。

梅津: はい、そのとおりです。問題は、ヌードラットの血管が果たした役割を、生体外においてどのように代替するかという点にありました。思案の末、コラーゲンの層にトンネル状の穴を開け、その上に心筋細胞シートを載せることにしました。一定期間培養すれば、毛細血管が新生してコラーゲン流路にアクセスし、そこから養分が行き渡るようになるだろうと考えたのです。坂口君は、生体組織を模倣した流れの装置を作るのに苦労していましたが、みごとに成し遂げました。この装置と先の積層化技術とを併用し、5日間のインターバルをおいて細胞を多層化していったところ、予想どおり、新生血管を経由して培養液が灌流されるようになり、最大で0.1mmまで積層することができました5

これまで、生体外で作られた細胞シート内に灌流可能な血管網が構築された研究例はなく、厚さについても30µmが限界とされていました。今回、世界で初めて「血管網付きの三次元細胞シート」の作製に成功したことになります。

臨床応用をめざして

–– 幅広い医療応用が期待できますね。

梅津: はい、再生医療や移植医療としては、心筋梗塞などの心臓疾患の他、脳血管系の病気、がんや外傷による組織の損失、一部の遺伝子疾患などに対応できると思います。また、試験管内で臓器や組織の疾患モデルとなる血管網付き三次元細胞シートを構築し、薬剤の効果や副作用などを検討することも可能だと思います。

臨床にあたっては、患者さん自身の細胞ではなく、大量培養が容易なES細胞やiPS細胞を使う方が現実的だろうと考えています。そのためには、ES細胞やiPS細胞のバンク化、分化や大量培養のための技術や装置の開発も急務といえます。

次は、試験管内で作った三次元細胞シートをラットなどの生体内に移植し、機能を発揮することを確認したいと考えています。そのうえで、10年以内に臨床応用にのせることを目指しています。

–– ありがとうございました。

聞き手は西村尚子(サイエンスライター)。

Author Profile

梅津 光生(うめづ・みつお)

早稲田大学理工学術院教授。早稲田大学先端生命医科学センター(TWIns)のセンター長。1979年早稲田大学大学院理工学研究科(博士)修了、工学博士(早大)、医学博士(東京女子医大)。国立循環器病センター初代研究員、シドニー・セントビンセント病院工学部長、ニューサウスウェールズ大学客員教授、早稲田大学大学院生命理工学専攻 初代主任を経て、1992年より現職。

梅津 光生氏

Nature ダイジェスト Vol. 10 No. 8

DOI: 10.1038/ndigest.2013.130820

参考文献

  1. 血液循環等のメカニカルモデル 人工臓器(5):266–270 (1976).
  2. Okano T. et al. Biomaterials 16, 297–303 (1995).
  3. Shimizu T. et al. The FASEB Journal 20, 708-710 (2006).
  4. Shimizu T. et al. Journal of Biomedical Materials Research 60, 110–117 (2002).
  5. Sakaguchi K. et al. Scientific Reports 3, 1316 (2013).