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素数ゼミからの難問

2013年5月末、米国東部を走り回るJohn Cooleyの車の後ろにつけてしまったドライバーは、たちまち苛立ったに違いない。彼はこの1週間、車の窓を開けたまま数百mおきに減速したり止まったりしては耳を澄ませ、助手席に縛り付けたデータロガー(記録計)をたたいていたからだ。

コネチカット大学(米国ストーズ)の進化生物学者Cooleyは、先週から車を走らせ、周期ゼミ(Magicicada)の個体群の位置情報を地図上に記録している。鳴き声が大きくて赤い目をしたその昆虫は、地中で17年かけて成長することから「17年ゼミ」や「素数ゼミ」と呼ばれ、彼らは地上で羽化してから命が尽きるまでの数週間を合唱と生殖活動に費やす。この5月に、待ちに待った数十億匹の羽化が一斉に始まった。ノースカロライナ州からニューヨーク州までを走り回る数少ないセミ研究者たちは、Cooley含めこの作業を素早く進めなければならないことを百も承知だ。「この時期、セミも研究者も時間との戦いを強いられます。この機会を逃すと地図に穴が開き、また17年待たなければならないのですから」とCooleyは話す。

生活環が最も長いことで知られているMagicicadaは、数百年にわたって科学者を惑わせてきた。1665年に発行されたPhilosophical Transactions of the Royal Societyの第1巻にも、米国ニューイングランド地方から「奇妙な昆虫群とそれがなす災い」に関する報告が見られる。その昆虫の奇妙さに、チャールズ・ダーウィンも頭を悩ませた。現在でも昆虫学者たちは、このセミの特異な生活環がどのように進化し、地中でどうやって年数を数え、スケジュールをいかにして同期させているか明らかにしようと、研究に取り組んでいる。コーネル鳥類研究所(米国ニューヨーク州イサカ)の行動生態学者Walt Koenigは、「このセミの生態は大きな謎の1つで、生態学の世界以外でも関心が持たれています」と語る。

この周期ゼミは、昆虫界の希少例でもある。世界で数千種が知られるセミの中で、これほど長期間かつ同期した生活環を進化させたものは、米国東部から中部にかけて生息するMagicicada属の7種だけだ(「すさまじい大群」参照)。その生息地の南限には、13年周期で羽化するMagicicadaが複数種生息しており、それらを羽化する年ごとに分けて3組の年次集団(brood)として扱う。北部には、17年周期で羽化する年次集団が12組生息する。現在米国東海岸の大都市地域に出現している群れは、17年周期の比較的大きな年次集団IIに属する。

高温が続いた今月、ようやく地表に出て最後の脱皮を終え飛び立ったセミたちは、この年次集団が前回出現した1996年に産まれた。それからずっと、彼らは土の中で木の根から樹液を吸って生活しながら5齢幼虫まで成長して、このときを待っていたのだ。個体密度は林地1m2当たり350匹にも上り、雌を求める雄たちは、95デシベル超という人間の聴覚に害を及ぼしかねない大音響で合唱することがある。交尾を終えた雌は、木の枝に切り込みを入れてその中に卵を産み付ける。6~10週間後、木の枝で孵化した新しい世代の幼虫は、親ゼミの死骸で覆われた地面へと降り、土の中に潜って2030年までそこで過ごす。

昆虫の中でもほとんど無防備な部類の周期ゼミは、一斉に大発生することで捕食者を圧倒して子孫を残してきたという考え方に、生物学者たちはおおむね賛成している。さらに一部の研究者は、このセミは、捕食者の生活環と同期しにくいように生活環を素数年に進化させたと考えている。しかし、これらの考え方では、生き残っているのが13年周期と17年周期のものだけであることに説明がつかない。

Koenigは、鳥との相互作用がこの難問の「解」の1つかもしれないと考えている。Koenigと米国農務省林野部(ウェストバージニア州モーガンタウン)に所属するAndrew Liebholdは、45年分の北米鳥類繁殖調査データ(North American Breeding Bird Survey; W. D. Koenig & A. M. Liebhold Am. Nat. 181, 145–149; 2013)を分析し、周期ゼミが羽化する年には鳥の個体群が縮小することを発見した。鳥はセミを捕食するため、Koenigは当初、逆のパターンが見いだされるものと予想していた。現在彼は、セミの大集団が森林に長期的な変化を引き起こし、結果として13年または17年後に鳥の数が急減するのではないかと考えている。そのメカニズムはわからないが、10%の窒素を含む大量のセミの死骸が一因ではないかとKoenigは指摘する。その死骸は、森林植物の生育を急激かつ一時的に促進する養分となり、これが後に鳥にとっての望ましくない状態を生むのかもしれない。「これはまだ『おかしな仮説』なのですが」とKoenigは認める。

幼虫は羽化を同期させるため、何らかの方法で「地中で過ごしている期間がどれだけになるか」を把握しているはずだ。マウント・セントジョセフ大学(米国オハイオ州シンシナティ)の昆虫学者Gene Kritskyは、幼虫は春に樹木が葉をつけた回数を数えているようだと話す。というのも、年次集団XIVの一部が1年早く羽化した2007年、それに先立つ冬に大規模な雪解けがあって樹木が葉をつけたのだが、寒さが戻ったことで樹木はいったん葉を落とし、春にあらためて葉を出していたからだ。しかし、セミが産み付けられてから何年経つかを「記憶」する仕組みは、いまだに誰にもわからない。

また、セミの生活環の切り替えを可能にする生物学的メカニズムを解明するための研究も進められている。Cooleyが参加している研究チームは今年、DNAマーカーの分析結果を発表した(T. Sota et al. Proc. Natl Acad. Sci. USA 110, 6919–6924; 2013)。彼らはその中でMagicicadaの系統樹を作製し、いくつかの主要な種の集団がそれぞれ繰り返し13年および17年の集団に分かれていったことを示した。研究チームは、そうした種が持つ共通の遺伝的メカニズムによってこの分岐が説明できるのではないかと考えている。

同じくその研究に参加しているコネチカット大学の進化生物学者Chris Simonは、その結果を追跡するために、セミの生活環のさまざまな段階で活性化している遺伝子のRNA転写物の配列解読をするなど、複数の遺伝学的手法を用いた研究を予定している。彼女は特に、周期ゼミの羽化周期に時おり見られる4年の短縮または伸長の傾向について詳しく調べたいと話す。そうした「はぐれ者」は捕食されやすく生き延びられないことが多いが、Simonや他の研究者は、そうした時期を誤った羽化が過去の年次集団の新生につながったのではないかと考えている。「速やかに種分化を起こす方法の1つといえます。周期ゼミが持つ時間を飛び越す能力は、これまで他の生物では確認されていなかったものなのです」とSimonは語る。

このタイムトラベルの実例は、現在大発生中の年次集団IIの生息域から500km以上離れた米国中北部のシンシナティで、まさに進行中かもしれない。先週Kritskyは、2000年にはぐれ者に出会った場所で数千匹のセミが出現したことを記録した。2000年といえば、シンシナティで17年ゼミの年次集団Xの大発生が予測されていた年の4年前に当たる。

今年同じ場所にセミが現れたことから、Kritskyは、地球温暖化のような環境変化が早い羽化を引き起こしている可能性や、17年ゼミの年次集団Xの一部個体が遺伝的要因によって生活環を13年に切り替えた可能性を考えている。2000年のはぐれ者の一部が17年周期に戻っているかどうかを知るには、あと4年待たなければならない。そして年次集団Xの本隊が現れるのは2021年の予定だ。

そのときKritskyは68歳になっている。周期ゼミは世代時間が長くて研究が容易でない、とKritskyは話す。「答えはたくさん見つかっていると思われるかもしれませんが、そんなことはありません。5世代ですら、見ることのできた研究者はごくわずかなのです」。

翻訳:小林盛方

Nature ダイジェスト Vol. 10 No. 8

DOI: 10.1038/ndigest.2013.130816

原文

Long-lived insects raise prime riddle
  • Nature (2013-05-30) | DOI: 10.1038/497545a
  • Richard Monastersky