ミトコンドリアのタンパク質翻訳速度とマウスの寿命
我々の生存は、細胞内に住みついた小さな侵入者に依存している。その長きにわたって共存している幻のような存在は、かつては自律的な生物だった。20億年以上前、ある細菌が別の細菌を食べようとして失敗したとき、両者の新たな関係が築かれた。それが進化して、最終的に、一方が他方の細胞内小器官「ミトコンドリア」となったのである。この小器官が宿主細胞の小さな代謝工場となったおかげで、宿主は分化のための十分なエネルギーを生成できるようになった。細胞や組織の複雑なネットワークを広げることが可能になり、それを基礎に複雑な生命体を形成していった1。では、この内部共生関係が崩れたとき、いったい生命体には何が起こるのだろうか。その崩れが寿命に及ぼす意外な影響について、今回、Riekelt HoutkooperらがNature 2013年5月23日号451ページに報告した2。
長い年月にわたり、ミトコンドリアはかたくなにその独自性を維持しようとしてきた。ミトコンドリアは、独自のDNAを持ち続け、細胞の残りの部分とは無関係に増殖してきた。メンデルの遺伝法則にも従わない。現在、この小器官は1つの細胞に数百、場合によっては数千個も存在し、融合と分裂による絶え間ない物理的流れの中で生きている。つまり、別々のミトコンドリアがくっついて1つの大きなミトコンドリアになったり、1つのものが突然分裂したりすることもある3。
しかし、共生している間にミトコンドリアは自律性の大部分を失い、その基本的構成もDNAの細胞内分布も変わってしまった4。今では、ミトコンドリアを構成するタンパク質の多くは細胞核がコードし、ミトコンドリアDNAがコードするタンパク質は13個にすぎない。これは、ミトコンドリアを構成する全タンパク質の1%未満だ5,6。
ミトコンドリアを作るためには、核はどのミトコンドリア遺伝子がいつ必要なのかを知らなければならない。また核は、どの種類のミトコンドリアを作るかも判断する必要がある。というのは、それぞれの組織ごと、あるいは細胞内の部位ごとに、タンパク質構成が大きく異なるミトコンドリアが存在するからだ7。核は環境の変動にすばやく対応し、ミトコンドリアが代謝に必要となると、それを作り始めなければならない。さらに、細胞は、ミトコンドリアを作るために必要な遺伝子を速やかに翻訳して、細胞質のタンパク質を生成しなければならない。また、できたタンパク質を折りたたんでミトコンドリアに運ぶための十分なシャペロンタンパク質も必要になる。このように、ミトコンドリアの構築と維持は極めて骨の折れる仕事である。ミトコンドリアの形成と機能に必要なタンパク質を、適切な比率で間違いなく生産するためには、ミトコンドリアと核との複雑なコミュニケーションが不可欠だ。
そのような変動のひとつひとつを細胞が全て追跡するなど、不可能と思われる。それゆえ細胞は、ミトコンドリアに影響を及ぼすようなストレスに対して、それを検知して応答する「専用の複雑な仕組み」を進化させた8–10。核がコードするタンパク質とミトコンドリアがコードするタンパク質の生産量に不均衡が生じると、恒常性を回復させるための防御機構が速やかに起動する。そのとき、ミトコンドリアは核に向けてシグナルを発し、核がコードするミトコンドリア遺伝子の発現量を変化させることによって、ミトコンドリアの増殖量を変化させる。このシグナルは、ミトコンドリアがそれ以上傷つかないようにするため、ストレス関連タンパク質ネットワークの翻訳量も増加させる(図1)。
Houtkooperらが着目したのは、まさにそのような防御機構の1つ、「ミトコンドリア折りたたみ異常タンパク質応答(UPRmt)」の活性化だった2。そして、ミトコンドリア翻訳装置の部分的な機能喪失が、単一の祖先系統に由来する数十匹の近交系マウスで2.5倍もの寿命延長と相関することを発見したのだ。とりわけ、タンパク質翻訳に関与するミトコンドリアリボソームタンパク質(MRP)の1種、Mrps5をコードする遺伝子多型に、この系統の寿命延長との相関が認められた。線虫(Caenorhabditis elegans)でも、ミトコンドリアの翻訳をドキシサイクリンにより抑制すると、寿命の延長とUPRmtの活性化が認められ、その効果は用量依存的であった。
研究チームは、MRPの機能の喪失により、ミトコンドリアと核がコードする電子伝達系(ミトコンドリアのエネルギー工場)の構成要素に関して、相対的な量の不均衡が生じているのではないかという仮説を立てた。この不均衡により、二次的にUPRmtが活性化している可能性もある。さらに、重要なのは、この効果は相互的だということだ。つまり、ラパマイシンやレスベラトロール(ミトコンドリアではなく細胞質の翻訳の停止を伴う薬剤だが、ミトコンドリアの形成を調節して細胞の代謝状態を変化させる)を加えるだけでもUPRmtが活性化して寿命が延長したのだ。
この研究は極めて示唆に富むが、端緒にすぎない。知られているかぎり、多くの状況でミトコンドリアの機能不全は決して有益ではない。ヒトの場合、ミトコンドリア遺伝子の変異は、衰弱性で寿命を縮めるさまざまな疾患の原因となる11。またこれまで、ミトコンドリア遺伝子の変異が哺乳類の健康増進や長寿と関連付けられたことはない。そのため、MRP機能の自然な変化を寿命の延長と結びつけるのは、常識外れと思われる。
ミトコンドリアの機能とそのタンパク質の合成を調節することは、必然的に複雑である。このため、MRPの喪失が電子伝達系のさまざまな構成要素の全体的なモル比にどう影響するのかを調べることが重要と考えられる。ミトコンドリアの増加に影響する他の変化が、UPRmtに依存して寿命に影響するかどうかも調べるべきだ。それでも今回の論文は、核とミトコンドリアとのコミュニケーションのバランスが、細胞の恒常性維持にとってどれだけ必要であるかを教えている。
20億年の協力関係を経た今もなお、ミトコンドリアと核とのコミュニケーションは生命体の寿命の重要な決定要因なのかもしれない。当然ながら内部共生では、全体に大きな利益をもたらすために、異なる機能的要素の要求の間に均衡が必要だ。我々の細胞はこの均衡の喪失に極めて敏感なようで、迅速かつ効果的な防御が必要になっている。加齢研究の分野では、加齢を引き起こす要因にUPRmtが与える特別な影響を解明し、そのような応答が極めて複雑な生物の世界でどれだけ広がり共有されているのか、明らかにする必要がある。また、加齢で発現する疾患がUPRmtの誘導でどのように緩和されるのか、より深く解明することも必要だ。
翻訳:小林盛方
Nature ダイジェスト Vol. 10 No. 8
DOI: 10.1038/ndigest.2013.130822
原文
Beneficial miscommunication- Nature (2013-05-23) | DOI: 10.1038/497442a
- Suzanne Wolff & Andrew Dillin
- Suzanne WolffとAndrew Dillinは、カリフォルニア大学バークレー校分子細胞生物学科(米国)およびハワード・ヒューズ医学研究所(米国)に所属。
参考文献
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- Houtkooper, R. H. et al. Nature 497, 451–457 (2013).
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